第24話 朝稽古
「ふっ、ふっ」
「もっと腰に力を入れろ! 腕だけで振るんじゃない!」
「はい!」
次の日、庭には監督しているデイモンと素振りをしているリディアの姿があった。日が昇って少ししかたっていないというのに、リディアはすでに汗みずくである。振り方の甘さは別として、かなり真剣に取り組んでいるのは傍から見ていてもわかる。
そこへやって来たのは、昨日風呂場で倒れ込んだアカツキだ。あくびをしながらも日課の鍛錬をすべく、顔も洗わないままやって来たのだ。
それに気づいたのは監督役のデイモン。集中しているリディアはアカツキに気付いた様子はない。
「おぉ、おはよう、アカツキくん」
「あ、おはようございます、デイモンさん……」
「? どうした?」
「あ、いえ、その……」
アカツキは昨日の風呂場での出来事が、非常に気まずかった。顔を歪め頭を掻いていると、素振り中のリディアと目がバッチリあってしまった。
「……」
「おはよう! アカツキ! 昨日はよく眠れたか?」
「あ、うん」
お互い気まずいだろうと思いきや、そう思っているのはどうやらアカツキだけのようだ。娘と風呂に入ったことを知っているであろうデイモンも、なぜか怒った様子はない。なんとも収まりの悪い気分で、視線をさまよわせていると、デイモンから質問を受けた。
「アカツキくん。こんなに朝早く、どうした?」
「あ、ちょっと朝稽古したいんですけど、お庭を貸していただけないかと思いまして」
「うん? 君は何かをたしなむのか?」
「そうですね。俺は薬師なんですけど、どこに居てもどんなものでも材料を採取できるようにって、親父に体術を叩きこまれてまして……」
「ほぉ……そのおかげでウチの娘は助かったのだから、君の父上には感謝してもしきれんな。かまわないよ、そこらへん使ってくれ」
「ありがとうございます」
しっかりと頭を下げ、礼を言うアカツキ。そしてそのまま、庭の端っこにある木の側へと向かって行く。自分の周りをしっかりと確認すると、右足を引いて半身になり、左手を突きだし、膝を軽く曲げて腰を落とし、右手を目いっぱい引き、体勢を固定する。
そして目をつむったまま深呼吸を始め、体の内側、丹田を意識して空気を送り込むイメージで剄を体中に循環させ始めた。
「……リディ」
「ふっ、ふっ……はい? なんでしょう?」
「彼は……何者なのだ?」
「え?」
デイモンの監督に従ってひたすら剣を振っていたリディアは、庭の木のほうから何かを感じた。そちらに振りかえると……
「なんと……」
目にする限り、ただゆらりゆらりと拳を突き出したり、蹴りを繰り出したりといった動きだが、異常に遅い。秒で動く動作が1分、2分と掛かっている。アカツキが稽古を始めてから10分足らずのはずだが、まるで何時間も動いていたかのように、膨大な汗をかいている。何よりもおかしいと感じるのは……
「なんだ……? この気配は……?」
「強化法を使っているのでしょうか?」
「いや……彼から魔力の残滓は感じない。だが、圧倒的に格上の魔物の前に立たされたかのようなこの存在感は……?」
アカツキを外から見る限り、体が光っているとかあからさまな現象は特には起こっていない。だが、体から靄のようなものがあふれ出ており、アカツキを視界に入れると、その向こう側の背景がうっすらとくもって見えている。
「すぅぅぅぅぅ……はぁぁぁぁぁぁ……」
アカツキはより深く己に潜り込む。より深く、もっと深く。そして体中に行き渡ったところで、
「ふっ!」
弓のように引き絞った右拳を、体重移動と共に突き出した。
ゴォォォォォォアアアァァァァァ!!
「のわぁ!」
「キャア!」
「えっ?」
突き出された拳と共に、剄が吹き出し、辺り一面に豪快な風が巻き起こった。当然庭にいたデイモンとリディアもそれに巻き込まれ、吹き飛ぶまではいかないが、突風をまともに食らったように後ろにひっくり返ってしまった。
「え?」
己の拳が引き起こした惨状を見たアカツキは、犯人(?)である右拳を呆然と眺める。
「……なんでこんな威力になるんだ?」
リリュー村でも同じ稽古を行っていたが、これほどの威力は出なかったのである。頭の中に「???」と浮かべて、どう謝ったもんかと考え始めた。
とりあえず「汗だくになってしまったので着替えてきます」と逃げるように部屋へと戻り、さっきの出来事を振り返るのだが、理由がさっぱりわからない。「うーん、うーん」とうなっている所でおばちゃんの女中さんが「朝ご飯だよ」と迎えに来てしまった。タイムリミットである。
「それで……さっきのことを説明してほしいのだが」
そら来た、とアカツキは内心苦い思いを抱く。結局朝飯時はなんだか妙な空気を醸し出し、モニカのみが「なんでこんな空気になってんの?」といった具合で、終始葬式のような空気になっていた。
食事が終わり、さあ受付がどこにあるかエヴァンスさんにでも聞いてこようと意気込んだところで、デイモンとリディアにつかまった次第である。
「ええと、その……まずは謝らせてください。すみませんでした」
一方的に怒鳴りつけず、まずは理由を聞かせてほしいと理性的な対応をしてくれたデイモンに対し、素直に頭を下げることにしたアカツキ。許されなくてもせめて誠意は尽くしたいと思ったが、その場を取り繕って逃げ出したアカツキに、誠意もくそもない。
「いやいや、別に窓が割れたわけじゃなし、誰かがケガをしたわけでもなし。それは別にかまわんよ。ただ引き起こされたあの突風がなんだったのかが知りたいだけなんだ」
こんなできた人が、何で落ち目の騎士爵とかになってるんだろうと疑問に思ったが、さすがに会って二日でそんな部分に踏み込むわけにもいかないので、疑問には蓋をし、正直に答えることにした。
―――わかりません、と。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます