第23話 風呂
「ここが私の家だ」
下級市民区の平屋建ての立ち並ぶ区域をしばらく歩くと、家や道路のつくりが変わって、二階建ての家屋が立ち並ぶ上級市民区域へと入っていく。そこからしばらく歩いたところにリディアの家があった。
もちろん二階建てで、部屋もそこそこある。数十分かかるというほどではないが、それなりの稽古ができる広さの庭もあり、豪奢な門もある。さすがに門衛がいるなどということはないが、騎士爵家に門衛など別にいらない気もするアカツキ。そもそもが戦う家系であるわけだし。
「……さすが爵位持ち」
「ほぇ~……」
騎士爵という平民とは違う身分の家を、初めて見たアカツキは関心を。どうあっても実家を見せてもらえなかったルイーズは、初めて見たお屋敷を見てアホの子のような反応をしている。
リディアが門に手をかけると、「あ、そうだ」とばかりにアカツキ達を振り返る。
「ちょっとここで待っててくれるか? 父上たちに話を通しておきたい」
「あぁ……そりゃそうか」
「あ、あたしもいいの?」
ルイーズのセリフに苦笑するリディア。
「そんなものいまさらだろう。ちょうどいいから家族に紹介するよ。私の相棒だってな」
「リディ……」
感極まったのだろう。ドバドバと涙を流している。ちょっと引いたアカツキであった。
「君が我が愛しの愛娘を救ってくれた男だね! 私は、デイモン。ウィルミントン家の主だ!」
ちょっとお腹の出た、ウェービー金髪ヒゲダンディが暑苦しく握手を求めてきた。「愛し」と「愛娘」が若干かぶっているが、門前のデ・ヴァールトといい、教育のレベルが低そうだなと失礼なことを思うアカツキは、そんなことおくびにも出さずに、にこやかに握手に応えた。
そしてデイモンの隣には、品のよさそうなブラウンの髪を軽くまとめた、リディアにそっくりな女性が佇んでいた。デイモンの隣に居なければ、リディアと普通に姉妹でいけそうである。
「妻のモニカです。ウチの娘が危ないところを……」
憂いの表情が艶めかしく、天然で男を引き付けそうな表情がヤバい。なんだか「もっと俺を頼ってくれ!」という気分にさせられる。
「……」
「おい、アカツキ」
どすっ
「おうっ……」
再び脇腹に肘を食らい、正気に返るアカツキ。ジト目で見てくるリディアにちょっと焦るアカツキ。客人二人は無難に挨拶をこなした。面白味も何もない。
やけに上機嫌なデイモンと、相変わらずの憂い顔のモニカと共に、夕食をごちそうになったアカツキは、与えられた部屋で食休み中、風呂を勧められたのだが……
「……こんなとこでなにをどうするんだ?」
人ひとりが足を延ばして座れるくらいの、湯船と呼ばれる入れ物の中に、ひたひたにまで入っているお湯。湯船の手前には椅子が二つあり、何だかいい匂いのするぬるぬるした固形物が、椅子の前の棚に置いてある。
村では、川で汲んできた水に、浸した手拭を絞り、体全体を拭くというのが体を清めるということだった。
こんなたっぷりのお湯がある場所で、何をしていいかが分からないアカツキ。
屋敷にただ一人の女中のおばちゃんに、「風呂とは何か?」という説明もなく案内され手拭を渡され、裸で立ち尽くしていると、「失礼するぞ」とからりと扉が開く音が聞こえた。なんだと首だけ後ろを振り向くとそこには―――
「……リディア……様?」
「じ、じろじろ見るなっ。その様子だと風呂の入り方が分からないんだろう? とりあえずその椅子に座れっ」
「……」
「だからっ、じろじろ見るなっ」
何だか薄くて濡れたら透けそうな服(湯着)を着たリディアが、しきりに裾の長さを気にして必死に引っ張っているのだが、伸び縮みする繊維ではないので、あまり意味がない。あちこちに隙間があって中身が見えそうな感じが、アカツキの未熟な性を刺激する。
(ダメだって! フィオナに申し訳がたたないだろ!)
「ふんっ」と自分で自分を殴るという高難度テクニックを惜しげもなく使用し、己のリビドーを沈めにかかる。だがしかし、血気盛んな14歳、目覚めた性はそう簡単には収まらない。
どうしようと焦るが、そこに座れという指示に、これ幸いと乗っかることにした。とっとと座って「静まれっ、俺の分身っ」と必死に祈る。
日ごろの行いが良かったのか、ちょっと硬度が柔くなって半勃ちくらいに収まり、ホッとしたのもつかの間、
「お背中流します」
「ひぃっ」
何で敬語なんだと思うヒマもなく、いきなりお湯を背中にかけられ、驚く。だが、すぐに心地よい温度に体から力が抜ける。
「ちょっと石鹸もらうぞ」
「おぅっ」
後ろから乗り出され、何やら柔らかいものが背中に当たる。しかもどうにも気持ちがいい。再び滾るムスコ。
しゃくしゃくと後ろから音がするが、決して振り向いてはいけない気がして、ただ無になり、ひたすら前を見続けるアカツキ。なんとしても血気盛んなムスコを沈めなければならない。
そうして、背中を洗い始めたリディア。アカツキの緊張も大概なことになっていたが、それは徐々に収まってゆく。
「……っ、……っ」
背中から伝わる一生懸命さ。直に触れられることで、アカツキにはその真摯さが流れ込んでくるように伝わってくる。荒ぶる奴はすっかりと静まっていった。
鳴りを潜めたムスコに安どしていると、リディアが口を開く。
「どうだ? 気分は?」
「あぁ……この世にはこんないいものがあったんだな。知らなかったよ」
「だろう? 私がルイと宿に泊まらないのはこれが理由だ。数日出かけるなら別だが、入れる時に風呂に入らないというのは、どうにも気が済まないんだ」
気持ちはわかりすぎた。こんな物知ってしまったら、村の生活なんぞクソである。
「……どこが落ち目なんだよ。こんなのに入れる時点で、全然落ちてないだろ」
「……まぁ、いろいろあるんだよ」
「……そうか」
言いたくなさそうなので、聞くのをやめるアカツキ。それにしても背中が気持ちいい。気が緩んだアカツキは、せっかくだから気になっていたことを聞いてみることにした。
「ところで、だ」
「ん?」
「どうしてここまでしてくれるんだ?」
「……」
背中を洗ってくれている手がピタリと止まる。なんとなくだが、言おうかどうしようか迷っている気がするアカツキ。
再び動き出す手と共に言葉が聞こえてきた。
「……姉さまもそうだが、私は強い男に憧れる」
顔を見ていないので何とも言えないが、切なげな印象を受ける。あの軽薄そうな勇者が強いとは到底思えなかったのだが、シリアスに水を差すのもなんだということで、アカツキは黙っていることにした。
「だからルイのピンチにどうすることもできず、ただ闇雲に剣を振ることしかできなかった私を、颯爽と救ってくれたお前に、ものの見事に憧れているのさ」
「……」
「急に言われても困るだろう。だが、私にとってはそれだけ衝撃的だったのだよ。鎧も剣も身に付けず、ダボダボの服を着ただけの男前とすら呼べない顔の男が、ランクCの魔物をほとんど傷もつけずに倒してしまった。あの情景が忘れられない。力というものに憧れる私には、武器も魔術も使わずにあれだけの力を振るえるお前に、無性に惹かれるんだ」
「……」
―――ぼふっ
アカツキは急速に恥ずかしくなった。フィオナにすらそんなことを言われたことはない。「だらしない」「しょうがない」と母親のように面倒を見てくれていたフィオナと違い、毎日積み上げた煉丹術の出し殻みたいな技術を、べらぼうに褒められたことに、アカツキはとてつもなく恥ずかしくなってしまった。
そして―――
―――バタァン!
湯船に入る前にのぼせた。焦るのはむしろリディアのほうである。
「キャアアアア、ちょっと! アカツキ! しっかり! おーい! ポーラさん! ポーラさぁん!」
その後ひと騒動になってしまったことをアカツキが知るのは、次の日の話である。
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逆に「立ち上がれ! 僕の分身!」というのもあり。
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