第21話 三連星

「なんです? あんたたち」


 訝しい顔で尋ねるアカツキ。相変わらずマントのように赤眼猪を背負った状態であるため、何とも言えない絵面になっている。

 しかも、入り口に立ち尽くしているため、ギルドに用がある人たちの邪魔になっているのだが、非難の声が上がらないのは、文句を言いたい相手の相手が、厄介者だからである。


「んなこたぁ~どうでもいいのよ。いいからそれよこせや」


 3人のうちリーダーっぽい筋肉の塊みたいなやつが、静かに威圧を込めてアカツキへと要求する。その堂々としたカツアゲっぷりにゲンナリするも、ちらりと受付のほうを見るアカツキ。カウンター内の職員はおどおどと視線を反らせた。


(ほーん。めんどくさいやつみたいだな)


 リディアかルイーズに助けをと思ったが、あまり大きな声で騒いでいないためか、こちらのトラブルに気付いた様子はない。


 どうしたもんかなと思っていると、


「何すました顔してやがんだ、よっ!」


 今一のリアクションしかとらなかったアカツキが気にくわなかったのか、アカツキの腹に拳を叩きこむ小柄な男。「シャハハ」と妙な笑い方をする男である。アカツキの今の状態は、赤眼猪の前足を両手でつかみ、背中で支えるという形であるため、腹は完全無防備になっている。


 ドムッ! と比較的大きな音がするも、アカツキの表情は変わらない。


「?」

「??」

「「???」」


 お互いにおやっ? という感じになってしまったアカツキと小柄な男。実際にアカツキにダメージはないし、小柄な男には拳に確かな重みを感じたのだが、アカツキの様子が全く変わらないことに、奇妙な感覚を覚えた。


「何やってんだオメェはよぉ!」


 先ほどは比較的丁寧だったヒョロいやつが、小柄なのを押しのけ長い腕でアカツキに殴り掛かってくる。


 アカツキはくるりと背中を向け、赤眼猪を盾にした。


 ―――ぽすっ


 何とも貧弱な音を立てて、衝撃は全て赤眼猪の遺体が吸収した。従ってアカツキにダメージはない。


 そこまで騒ぐとさすがにリディア達も気付く。


「おい! アドルフ! バーナード! グレゴリー! キサマら私の連れに何をしている!」


 アドルフ(筋肉)

 バーナード(小柄)

 グレゴリー(ヒョロ)


 だということは、後から聞いたアカツキ。”三連星”と呼ばれ、流れるような連携がウリらしいのだが、今のところそんなものは全く感じられない。


「……チッ。お前らのツレかよ」

「キサマ……その言いぐさは何だ?」

「……なんでもねえよ。ちょお~っと新人に教育してやろうと思っただけだ」


 ふてくされるアドルフ。まるで惚れた女の子にかまってほしい、子供のようである。そこへいろんな元凶になるルイーズが、余計なことを言う。


「あ! そういうことか! きっとリディとアカツキくんが仲良さそうなのをどっかで見てて、気に入らなかったんだよ!」

「うん……? 俺とリディアがか?」

「何を言いだすっ! ルイ! わたしがアカツキごときを……!」

「あれあれ~? こないだギルドの連中よりぜんぜ……「わー! わー! 何を言い出すっ!」もがが……」

「てめぇ……やっぱ気に食わねえ……」


 ここは冒険者ギルドであり、仕事の話をする場所なはずなのだが、今展開されているのは、好きとか嫌いが飛び交う桃色空間であり、当事者でない者たちは甘すぎる空気に「おえっ」となってしまっている。男女を問わずに。


 アカツキは唐突に形成された桃色空間に、翻弄されていたが、同じく当事者(ただし加害者)のアドルフに指を突きつけられた。


「おい、お前。アカツキって言うのか?」

「まぁ……そうですね」

「お前に決闘を申し込む!」

「……」

「何か言ったらどうだぁ!」


「そんなこと言われたって……」と内心思うアカツキ。アカツキがここで取った行動といえば、


 ―――荷台から赤眼猪を降ろし

 ―――ギルドまで運び

 ―――アドルフたちに絡まれた


 という流れ。


 何ひとつアカツキは悪いことなどしていないのに、いきなり決闘騒ぎである。リディアが「先に受付を通しておくから、後でそれを持ってきてくれ」と言ったから、別にごねる理由もないかと、言われた通りにしただけなのに、絡まれた挙句、腹を殴られ、決闘を申し込まれるとかもう、全然ついていけてない。


「……これが都会なのか」


 アカツキのぼやきは誰にも聞こえない。






「……何の騒ぎだ?」

「あ! ラリーさん! ちーっす!」


「「ちーっす」」と頭を下げる三連星。「おう」と軽く手を上げそれに答えるラリー。


「今日はにぎやかだな」

「なにかあったのかしらぁ」

「早く酒飲みてぇ」


 ラリーの後ろから入ってくるのは、エリノーラ、アイヴィー、そしてジェイコブだ。最初に気付いたのはもちろん最初に入って来たラリー。


「あれ? おぉ、アカツキじゃねえか。久しぶり……ってわけでもねえな」

「お久しぶり……ってわけでもないね。ラリーさん」


 軽く「パァン」と掌を合わせる挨拶を交わす二人。残りの三人も軽くタッチをしていく。


「ジェイコブさんは久しぶりだね」

「おー……聞いたぞ、アカツキ。なんか面白れぇ事あったらしいじゃねえかよ」

「いや、俺にとっては面白い事じゃないよ。婚約者が他の男に性的に見られてるんだからさ」

「その”婚約者”ってのがすでに面白れぇ話なんだがな」


「にしし」と笑うジェイコブ。おっさんのくせに妙に人好きのする笑い方をする男である。


 三連星を無視し、談笑をするアカツキとラリーたちを見て、周りは困惑した。


「え? アイツなんなの? ラリーたちとあんなに和やかに話してるぞ」

「ウソでしょ……あんな四人見たことない……」


 そんな戸惑いをよそに、アカツキ達は言葉を交わしてゆく。


「それで、お前……その赤眼どうしたんだ?」


 エリノーラがアカツキが背負っている赤眼猪を指さし答えを要求する。


「なんか、襲われてた人がいたから助けたんだよ。ほら、あそこの受付のところに居る女の子二人がいるだろ?」

「おー、なかなかかわいい子たちじゃないか」


 余計なことを言ったジェイコブは、脇腹をつねられた。もちろん犯人はエリノーラ。


「いだだだだ!」

「ほぅ……コブ。アンタやっぱり若い子がいいんだ……」

「い、いや……別にそんな……」


 瞳からハイライトが消えたエリノーラは、人から見えないように脇腹をつねり続ける。「しまった」とジェイコブが気付いてももう遅い。


「この、ロリコン野郎がぁ!」

「うべっ」


 つねっていた手を離し、下から顎を殴りつけるエリノーラ。はらりとわずかに髪の毛を散らしながら、半回転しダウンするジェイコブ。「ふん!」と不機嫌を隠さずに腕を組み、プリプリしているエリノーラ。苦笑するアイヴィー。


「なぁ、ラリーさん」

「なんだ?」

「なんでエリノーラさん怒ってんの?」

「俺が知るかよ……」


 なぜか突然始まってしまった痴話げんかに、困惑するアカツキとラリー。誰もが毒気を抜かれていたが、それを良しとしない者たちがここにはいた。


「だから、決闘はどうすんだよ!」

「あ」


 そもそも自分たちがラリーたちに対して挨拶をしたから、流れがぶった切れたのだが、それを知らないふりをしてアカツキのせいにする三連星は、割と見苦しかった。

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