第20話 冒険者ギルド

 検問では、さして何が起こるでもなく、アカツキが銀貨5枚の税を取られただけである。「たけぇ!」とアカツキは内心思っていたが、王都という貴人が多く住む場所のため、入るのにもやや高めの税となっているのだ。

 幸いにも、おばばからこっそり餞別にもらった、いくらかの金子の中から払うことが出来、アカツキは無事にリネルルカ内部へと入ることが出来た。


「ふぉぉぉ……これが王都か……」


 見上げるほどに大きな建物がいくつも並び、きっちり整備された道は、人が馬車を恐怖に感じない程度のスピードで走り、道の両端には市が構えられ、そこへ人が何人も群がっている。


 ほけっとマヌケな顔で往来を見続けるアカツキに、リディアは声を掛ける。


「そう言えば、アカツキよ」

「……」

「アカツキくんっ!」


 どむっと脇腹をいかれたアカツキは「おうっ」と殴られた場所を押さえ、蹲る。恨みがましい顔を、いつの間にか荷台から降りたルイーズへと向け、屈んだまま話を聞く。


「……何すんだよ、ルイーズ」

「リディが何か聞いてるよ」


 アカツキがリディアのほうに顔を向けると、「やれやれ」という顔でもう一度アカツキに声掛けした。


「泊まるところに、あてはあるのかと聞こうとしたんだ」

「……ない」


 エヴァンスに勧められてここまで来たが、彼にその話の返事をしたわけではない。ラリーたちもおそらくここにいるはずだが、どこを定宿にしているかという話をしたこともない。


 話を勧められ、行くことに決めた後のことは全く無計画であり、よくよく考えてみれば、かなりピンチといえた。


 しかし、良いことはしておくもので、救いの手を差し伸べる女神が側にいた。


「良ければウチへ来ないか?」

「え?」

「礼もしていないしな。アカツキ一人くらいなら何とでもなる」

「えぇ~! いいなぁ! いいなぁ!! あたしもお邪魔したい~」

「ええい! お前には言ってない! だいたい、定宿があるだろうが!」

「そんなぁ~、いいじゃんか、ちょっとくらい!」


 アカツキへの施しのつもりが、ルイーズまで食いついてきて、やいのやいのと往来でやり始める女子二人。リディアの胴体にしがみつくルイーズを、手で押しのけているその様は、有体に言って醜い。


 アカツキはぽそっと声を掛ける。あまり知りあいだと思われたくなかったが、もう手遅れの様なので、仕方なく話しかける。


「……なぁ」

「なんだ! アカツキ! 今ちょっと立て込んでるんだ!」

「いいじゃんかよぉ~……!」

「みんな見てんぞ」


 アカツキの一言でピタリと止まる二人。『ギギギ……』と錆びついた鉄製の道具のように周りを見ると、往来の流れが止まり、ほほえましいものを見るような住人たちの姿が。二人して真っ赤な顔で俯く。


「とりあえず荷台のアレも何とかしないといけないし、冒険者……ギルド? だっけ。そこまで行ってみないか?」


 いつの間にか普通の話し方に戻ったアカツキは、荷台を指さし提案してみた。

 恥ずかしさが限界を超えてしまっている二人は一も二もなく頷き、一路冒険者ギルドを目指す。


 実は二人ともがアカツキと同じ14歳。恥というものに抵抗があるお年頃なのである。






「ここが冒険者ギルドだ」

「ほぅ……これがそうなのか」


 ラリーたちが話してくれた冒険者の活動拠点。自由に働きたいものが利用する、互助組合である。きれいに言えばその通りなのだが、腕っぷしが強く街の人間に迷惑をかけるような輩も中には存在する。ただそのような者は、上の等級に上がることはできずに良くて中級、”C”程度までしか等級を上げることはできない。それより上は、腕っぷしに加えて、ある程度のマナーが要求されるからだ。

 そういう扱いに燻り賊やチンピラになり下がるものもいないわけではない。


「じゃあ、ちょっと行って来るぞ」

「それ、後で持ってきてね」


 アカツキにそう言い残すと、リディアとルイーズは先に受付へと向かった。


「さて、と」


 討伐した日の夜に、首を掻っ捌き木にぶら下げておいたおかげで、血抜きは万全。余計な傷もなく、まさに極上の素材である。解体してしまうと持ち運びが大変だということで、このまま持ち込むことに。討伐してすでに三日以上たっているので、牙だけ欲しいという交渉は済んでいる。肝も無事ならもらえることも。


「よ、っこいせ……っと」


 赤眼猪の腹を背中に乗せて、一気に持ち上げるアカツキ。アカツキの身長に対し、赤眼猪のほうがはるかに大きいので、足を引きずることになってしまうが、別にもう死んでいるので気にしないでズルズルと引っ張っていく。


「お、おい……アレ」

「赤眼じゃねえかよ……ついに仕留められたのか?」

「見かけないやつだな。アイツがやったのか?」


 そこそこ出入りのあるギルドでそんなものを引きずれば、目立つことこの上ないのだが、冒険者たちのひそひそ話を気にした様子は全くない。


(大げさだなぁ……)


 頼まれた通りに運び込もうとして、ギルドの両開きの扉を押し開けようとすると……


「ええっ!? 赤眼猪!?」


 受付に座っている綺麗なお姉さんが、リディアの前で叫んでいた。






「ど、どういうことですかっ?」

「いや……どうも何も、ちょっとシグリットまで行ったあと近道しようと思って、森を抜けようと思ったんだ」

「……森って、『ルマフの森』ですか? あそこは、今出た赤眼猪がうろついてるから、D級以下の人は極力入るなって言われてたじゃないですか!」

「あ、うむ。そうだったな……」


 バツが悪そうに頬を掻くリディア。ちなみに森を突っ切ろうと言ったのはルイーズである。「なかなか見つからないんだから、大丈夫だよ!」とのたまった結果が、背骨を砕かれそうになるというペナルティである。

はらはらと受付嬢とリディアを見る元凶ルイーズ。入り口でぽけっと突っ立っているアカツキ。そして面白そうに行く末を見守っている冒険者たちとギルド職員たち。誰が一番迷惑かといえば……


「おう、兄ちゃん。景気のよさそうなもん背負ってんじゃねえか」

「それ俺たちが狙ってたんだよね。良かったら俺たちにくれない?」

「シャハハ。ついでに俺らがやったことにもしといてやんよ」


 アカツキに絡んできたたちの悪そうな冒険者たちが、今のところ一番迷惑そうである。

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