第19話 頭がアレな貴族
王都リネルルカは、渇いた土色の城壁で囲まれた、円型の都市である。都市の一番奥に王城が位置され、その周りを上級貴族が、さらに外側に下級貴族、上級市民、下級市民と徐々に城から遠くなるように、位置づけられている。
城の裏側にも壁が作られているが、そこからしばらく荒野が続き、そこにもリネルルカからしか行けないように、ある程度の距離がある壁で仕切られている。山からあふれてくる魔物が南側に散っていかないようにという配慮である。その向こう側には山高く、谷深い山脈がかなりの規模で横たわり、北側との行き来を遮断している。
その北側というのが、通常よりもはるかに濃い瘴気に犯されている土地、滅国アレクサンドロスなのだ。
アレクサンドロスは、圧倒的な武力を従え、豊富な資源を惜しげもなく使い、他国に対し圧力外交を強いていたため、リーネットでも何度も遷都計画が挙がったようだが、さすがのアレクサンドロスも北の山脈を縦断することは容易ではなかったようで、ついぞそこから攻め入られることはなかった。
結局ずるずると計画が後ろへと流れ続けているうちにアレクサンドロスは滅んでしまったが、代わりに瘴気が充満し始めているというわけである。
今のところ、数の少ない魔導師と聖教の神官で、瘴気を何とかしようと研究しているようだが、あまり芳しくないというのが現状である。
「―――という感じの街なんだ」
「へぇ……」
割と熱が入り気味のリディアに対し、そっけない返事をするアカツキ。というのも……
「なっが……」
昼少し前に正門に辿りつき、もうすでに日が落ち始めている。何度か、馬車が出たり入ったりしているが、歩きで来た人のほうはあんまり流れが良くない。アカツキ達の順番はまだまだ先のようである。そんな状況に置かれたアカツキ達。特にアカツキは並ぶ、という行為自体が初めてである。何もしないで立ち尽くすというこの状況は、何とも言い難いだるさを感じている。
そんな時に、荷台に乗ったルイーズが、はたと気づいたそぶりを見せた。
「そっか。今は……」
「ん? 何か理由が分かったのか?」
「ええとね。アカツキくんが国家薬師の試験受けにここまで来たって理由と同じだよ」
「な?!」
門の姿は見えど、列の先は見えじ。もちろんそれだけではないのだろうが、かなりの数の受験者がいるようである。ちなみにルイーズがアカツキの事情を知っているのは、ここまで来るのにコミュニケーションがそれなりに取れたからである。
「マジかよ……」
「マジマジ。すごいんだよ、国家薬師って」
ただ薬を売るための免状だと思っていたアカツキは、急に不安になった。薬を作ることにはひとかどのものを持っているつもりだが、これ全部がそうだとなると、狭き門ではないのかと思ったのだ。
(何とかしなくちゃあいけないんだけどなぁ)
女神の加護を受けるフィオナに似合う男になるためには、誰しもが認める何かを得なければならないという、エヴァンスの進言に従ってここまで来たのだ。いきなり躓くわけにもいかないだろう。
「大丈夫かなぁ……」
意気込みとは裏腹に自信がなくなってくるアカツキであった。
検問を待つ並びは主に三つある。一番左端には徒歩で訪れた者たち。中央を広く取り、右端には一般の馬車で待つ者たち。そして真ん中には……
「確認できました。お通り下さい。『デ・ヴァールト子爵』様」
「フン。全く愚図愚図しおって。わしを誰だと思っとるか」
「……申し訳ありません、子爵」
「子爵『様』だ! 気を付けろ、バカ者が!」
衛兵に一発ビンタをくれた後、デ・ヴァールト某は豪勢な馬車を走らせ、中へと入っていった。ビンタをありがたくいただいた衛兵は、「お騒がせしました」と頭を右、左と下げた。そして再び、検問へと戻っていく。
「うわぁ……」
もうすぐだなぁ……と検問で何を聞かれるかとか何をされるのかとかを観察していたアカツキは、今の茶番を目撃することになった。貴族の横暴をなじるよりもむしろ、衛兵の態度に敬意を表したいアカツキ。
リディアのほうを向いて今の出来事について問いかける。
「何……です? あれ。よくあることなの……ですか?」
すっかり敬語が抜けてしまったアカツキ。しかし、『騎士爵なんか継いでいけないから自分にへりくだる必要はない』とリディアから言われていたのだが、今のを見て爵位持ちの言葉を真に受けるのは危険と判断。妙な敬語にシフトしてしまった。
気持ちが分からないでもないリディアは、苦笑しながらも敬語をやめろと言わなかった。今言ってもたぶんダメだろうという判断からだ。
「まぁ、”選民思想”っていうの? 貴族に生まれた自分は、身分が下の者には何をしてもいいっていう考えの人は一定数いるな」
『選民思想ってなんだろう?』と思っていると、そちらも説明が為された。まぁ、関係ないから別にいいかと思っていると、衝撃の一言がリディアより叩き込まれる。
「アカツキもあんなのを相手にしないといけないのだから大変だな」
「は?」
「さっきの貴族の名を覚えているか?」
「……で、ばーる……」
「ハァ……」
頭をポリポリかきながら、リディアはちゃんと教えてくれた。
「『デ・ヴァールト子爵』だ。ちなみに子爵は敬称だから『様』は別にいらないぞ」
「ん? でもアイツ『様』を付けろって……」
「ちょっと頭がアレなんだ」
リディアが頭に人差し指を向け、”クルクルパー”というジェスチャーを取る。下の身分の者からもバカにされるほどのアレ加減なのか……とげんなりするアカツキ。
「……そんな奴が、試験官なの、ですか?」
「そういうことだ」
選民思想を持ち、頭がアレなやつが、国家薬師の試験官だと聞き、やっぱり躓きそうな気がするアカツキだった。
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