第15話 蚊帳の外

「ぐぅぅぅぅぅぅぅっ……」


 超大質量による赤眼猪の踏みつけにより、ルイーズは視界が歪み始めた。痛みとそして涙で。


(……こんなところで終わっちゃうのかな)


 背中に感じる圧力が大きくなっている。人の体では、もうそろそろ耐えられない圧力が背中にこれでもかと掛かっている。


(……考えが、あまかっ)

「だぁぁらっしゃああああああ!」


 聞いたことのない雄叫びと共に、ゴガァ! という音と共に背中に感じていた殺意は消える。「ブルルルォォ……」という悲しげな悲鳴を上げた赤眼猪は、ズドォン! という音を立てて、砂煙をあげた。


「な、なに? 何が起こってるの?」


 絶体絶命のルイーズを救った正体不明の出来事に、困惑するリディアは周りをキョロキョロするが、強いて言うならゆったりした服を着た、このへんの人種とは思えない黒髪黒目の少年しかいない。


 勿論良心に苛まれた、アカツキである。

 手にもった手ごろな石をポンポンしながら、ルイーズとリディアの元へと近づいていた。


「あの~……お怪我はありませんか?」

「え?」

「いや、だから……お怪我は……」


 割と命の危機ではあったが、のほほんとしたアカツキの問いかけに、ルイーズは少々背中が痛かったが、何だかよくわからない感情に支配され、強がって答える。


「いや! 大丈夫!」

「……そうですか。なら、手助けはいりますか?」

「え?」


 再びルイーズ困惑。今度はリディアもである。完全丸腰、装備もへったくれもなく、ただの一般人にしか見えないアカツキの確認に、さすがに冒険者としてのプライドが傷ついたルイーズとリディア。


「大丈夫よ! あたしたちは冒険者なんだから! 何だったらそこで見てなさい!」


 そう言ってはじかれた剣を拾いリディアは、アカツキの投石により横向きに倒れた赤眼猪に向かい、剣を振りかぶりながら接近する。


(お~……マジで隙だらけだなぁ)


 脇も甘く、握りも甘い。いつまでも横倒しになっている赤眼猪ではない。そもそもが動物が瘴気を取り込んだ魔物であり、生物としての格もただ戦いに関してはワンランク上の強さを誇る。いくら横向きだからといって、警戒もなく近づいて良いものではない。


 アカツキはラリーたちから聞いたことを思い出す。


『冒険者はな、臆病じゃなきゃ生き残れないんだよ』


 どこか遠くを見ながら、いつかアカツキに言って聞かせてくれたことを思い出した。それに当てはめるなら、彼女たちの行動はとても危うい。だが、ルイーズとリディアだけでやろうと思ったのは、アカツキが丸腰であったことが原因である。


『一般人を巻き込むわけにはいかない』


 そう言った気高き精神を持つ、珍しいタイプの冒険者ではあった。もちろんアカツキは、戦力になると思ったから提案しただけである。なのでいつでも介入できるように、ちょっと離れたところでスタンバイしている。

 逆に言えば、冒険者組からすればなんで逃げないのかという話になるのだが、はっきり言ってそれどころではなかった。


「やぁぁぁぁ!!」


 よせばいいのに雄たけびを上げるものだから、赤眼猪も即座に気付いたようだ。そこからさらにゴロリと転がり、リディアの振り下ろしを回避。何度か転がると、4本足で再び大地を踏みしめた。

 そして、3人のほうを向くが、赤眼猪が警戒するのは、投石によって、己にダメージを与えたアカツキであり、その殺意は自然とアカツキのほうへと向く。


 アカツキは、その殺意をしっかりと感じ、ルイーズたちに声を掛けた。


「どうしてもっていうなら止めないけど、もしいいなら俺に任せてくれない?」

「何言ってるの!? 丸腰で赤眼猪を相手になんかできるわけないじゃない!」

「でも、ソイツが見てるのは俺だよ?」


 確かに赤眼が睨みつけるように見ているのはアカツキであり、ルイーズとリディアは相手にされていないと言ってもいい。


「命あっての物種って知りあいの冒険者に言われたんだけど、あなたたちはそうじゃないの? 騎士みたいに誇りを胸に死んでいくの?」


 アカツキの眼光が、赤眼を押しとどめているのでわりと会話が成立する。


「だが! しかし!」


 リディアの叫びにも、アカツキは動じない。


「まぁまぁ。俺がしくったら、後は2人で何とかしてくれればいいよ」

「……お任せできるのでしょうか?」

「お任せください。たぶん大丈夫」

「たぶんって……」


 そう言うと、アカツキは2人より前に出て、赤眼猪と対峙した。


「いいよな? お前も」

「ぶるるるぅ……」


 未だ警戒しているフシはあるが、アカツキをただ敵として認識しているのは、間違いない。


「じゃ、やろう。お前の牙と肝は、薬にできるんだ。ククク……ホント、魔物さまさまだ」

「……」


 どういうわけか、赤眼は後ずさる。真っ赤に染まった瞳でアカツキを見る赤眼猪は、薄くなった理性でこう思った。


『アレは、獲物を見る目だ』、と。


 こうして薬の材料に巡り合えたアカツキと、たまたま巡り合ってしまった不憫な赤眼猪のサシのケンカが始まるのであった。


 勿論ルイーズとリディアは蚊帳の外である。

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