第14話 出立

 フィオナが勇者と共に行ってから、一週間。薬師の仕事は元々村長の嫁(おばば)が担っていたため、引き継ぎもそんなに大してかからなかった。

 少しの荷物を肩にかけ、村の出入り口で、何人かの村人に見送られているアカツキ。


「……なんかすんません」

「いいのよ、アカツキちゃん。愛しいフィオナちゃんの為なんでしょ?」


 にこにこ語るおばばに、アカツキは少々照れながらもほっこりする。


「まぁ、そうですね」

「じゃあ、いいじゃないの。元々あたしがやってたんだから、大丈夫よ。村のことは任せなさい」

「……うっす」

「アカツキくん。帰って来たかったら帰って来ていいからね。ウチはもうアカツキくんを息子だと思ってるんだから」

「ありがとうございます。フランシスさん」

「俺は息子だとは思ってないがな」

「あなたの意見はどうでもいいのよ」

「「「……」」」


 渋い顔をする、アカツキ、カイル、村長。カイルはともかく、村長にも何か覚えがあるようだ。


 快く引き受けてくれたおばばと、息子と呼んでくれたフランシスに感謝しつつ、アカツキは隣に立っている村長に挨拶をする。


「じゃあ、行ってきます」

「うむ。気を付けていけよ。王都までは馬車で二日ほどだが、徒歩だと5、6日かかるからな。道沿いに行けば危険はない」

「基本?」

「うむ。道をそれれば、動物なら良いが魔物が出るやもしれん。万が一、いや億が一の可能性だが、亜種が出るやもしれん」

「亜種って……災害種のこと?」

「そうじゃ」

「……いくらなんでも出ないでしょ」

「そう言って、いくつもの村や町が滅んでおる。”五大災害種は居所が判明しておるが、それに近いものがあちこちで出没していると、この間エヴァンスから聞いた」

「……」


 ”災害種”というのは、動物が瘴気を取り込み魔物に、そして魔物が瘴気を取り込みすぎるとさらに上の存在へと昇華……といえば言いすぎか、綺麗に言いすぎか。人の手に負えないほどの力を得た”災害種”へと、更に進化していく。通常種とは攻撃手段が違ううえ、サイズや弱点が通常種とは変わってくる場合がある。

 いくつか災害種は存在が確認されているが、中でも絶対に手を出すなと接触禁止が謳われているものがある。それが―――


 ―――五大災害種


 というものだ。


 9つ首の竜もどき”ヒュドラ”

 双頭の番犬”オルトロス”

 意地汚く食料ヒトを食い荒らす、空の翼人”ハルピュイア”

 神の怒りをかった元人間”メドゥーサ”

 迷宮の主”ミノタウルス”


 それ以外にも各地には準災害種級と言われる魔物が、多数存在している。中には五大に匹敵するものもいると言われているが、定かではないがエヴァンスが村長に話したということを聞くと、目撃情報はあると考えてよかった。


「とはいうものの、実際には盗賊くらいしか出んよ。安心して行け」

「……盗賊は安心できる要素じゃないでしょ」

「お前なら何とかなるじゃろ」

「ひでぇな……」


 斜め上の方向に信頼されすぎて、腰の据わりが悪いアカツキ。

 だからといって、アカツキとしてもそんなに盗賊に対して、危うい感情を持っているわけではない。

 なので、村長の次の言葉には過剰に反応した。


「盗賊は金になるらしいぞ」

「おっけ。見つけ次第、全員生け捕りだ」


 それを村人の前で宣言できるくらいには、自信があったようだ。


「いくら持ってても困ることはないしな」

「うむ。足りなくて困ることはあるのだから精々励むがよいぞ」

「ははは……じゃあもう行くよ」

「おぉ……さっさと帰ってくるんじゃないぞ。男だったらきっちり一旗揚げてこい」

「うん。ありがとう、村長。行ってきます」


 そんな軽口を聞きながら、村を後にしたアカツキ。

 しかし彼が出て行ってから、心配そうにおばばがこんなことを言っていたことを、アカツキは知らなかった。


「……アカツキちゃんってポーション作れるのかしら?」

「え? なんだって?」


 老人らしく一度で聞き取れない村長。もう一度聞くと、『ポーションが作れるのだろうか?』とおばばは言ったのだと正しく認識し、アカツキの仕事場の中を思い出す。更に遡りセキエイがいた頃のことまで。


「……あやつの工房、ポーションなんか置いてなかったのう……」

「……アカツキちゃん、というかセキエイさんもなんか動物の○んこみたいな丸薬しか調剤してなかったような気がするんだけど」

「……言われてみれば、今では全く抵抗ないが、初めて見たときセキエイにキレた覚えがあるのう……」


 割と無口めのセキエイが無表情で差し出した、○んこみたいな丸薬を思い出した村長。当時はまだ10ほど若かったため、多少今より元気であったが故に、拳を交えたことを思い出した。……村長なのにぼろきれのようにされ、セキエイの作った丸薬を飲まされ、己の体で効果を体感して、初めてアレを認めたのだ。味も問題なかった。○んこの味を知らないので、あれと同じ味かどうかはわからなかったが、別ににおいがきついわけでもなく、ただ見た目が悪いだけだったのだ。

 セキエイに改善するつもりは全くなく、アカツキに至ってはあれが普通の薬だとしばらく……いや、かなり長い間思っていたフシがある。


「……ホント、大丈夫かしら」

「……」


 とてつもない不安が二人にのしかかっていた。






「~~~♪」


 アカツキは奇妙な解放感に包まれていた。フィオナが行って二、三日は起こしに来なかったり、ご飯のテーブルで隣に座ってなかったりと、人ひとりの存在が大きいものだと感じたものだが、その後はそれも薄まっていった。

 そのことに寂しいものを感じたが、割と切り替えが早かったアカツキは、『いないものはしょうがないし、フィオナを愛していることには変わりない』と、少なくとも態度と顔には出さないでおこうと決めた。

 そしてさらに村からも離れたことで、周りに知っているものは誰もいない状態になった。このようなことはアカツキ史上初めてのことであり、そう言ったことにワクワクしていることも、アカツキ史上初めてのことであった。


「王都までは徒歩で、5日くらいとか言ってたっけ。道沿いに行けば道しるべがあるし、ちゃんと道を歩けば問題ないって村長言ってたなぁ」


 適当な鼻歌をご機嫌に歌い、道を闊歩するアカツキ。ここいらは王都に比較的近いものの、田舎といえば田舎なので周りには誰もいなかった。


「あぁ! へいわ「きゃあああああああああああああ!!!!!」……だなぁ」

「あぁ! おのれ! 赤眼猪め! ルイから足をどけろぉ!」

「ブルルルルルルァ!!!」

「へいわ・・・・・・」

「リ、リディだけでも逃げて……」

「ブルッブルッブルルルルッ!」

「……」

「そんなことできるわけがないだろう! やぁぁぁっ!」

「ダメ! リディ!」

「ブルッ!」

「あぁっ! 剣が!」

「……」

「やっぱりあたしたちには無理だったのよ、赤眼猪の討伐なんて……」

「何を言ってる、ルイ! 私たちの冒険はこれからだぞ! そんな簡単にあきらめるんじゃない!」

「ダメよ……背骨がみしみし言ってる。赤眼猪が体重をかけ始めてるわ。きっとこのまま……」

「あぁ! もう!」


 聞こえてくる出来の悪い芝居のようなやり取りに、無視という行動を取れなかったアカツキは、急いでそちらへ向かうことにした。村長に口うるさく言われていたが、自分に無視はできなかった。


 ―――良いか。お前は田舎者だから他人はまずだましてくるものだと思え。


 人生の先達からの餞別の言葉としては、なかなかひどいセリフではあるが、あながち間違ってもいなかった。むしれるところからはとことんむしる、そう言った考えの者も多いのだ。その結果ひょんなことから違うところで出会い、いきなり信頼度が底辺になってしまうということも多いのだが、それに気付いているものは案外少ない。


『まずは無心になって無視するのだ。まずはそれからだ』


 村長の言葉を思い出すが、どうにも後味が悪そうである。


「出来なかったよ……村長。それにそれをしてしまうと、俺の良心が死ぬ。あとフィオナに顔向けできない」


 婚約者と再会した時に、


『俺、トラブルに巻き込まれるのが嫌だからさ、助けを求める声を片っ端から無視してたんだ!』


 と言ってる自分を想像した。しかも相当なキメ顔で。


「……胸張れねえだろ」


 どんなにいい顔したって、セリフのチョイスが壊滅的である。どうせなら、


『どんなトラブルも首突っ込んで片っ端から解決してやったぜ!』


 それなりにヤバい奴になってしまうが、無視する外道よりはまだましだと再認識したアカツキは、悲鳴の元へとひた走る。道からはすでに逸れ、ちょっとした林のようになってきている。


「いた! 間に合ったか!」


 安っぽい革の鎧を身にまとった、若そうな女性たちが、ちょっと大きめの赤眼猪に襲われていた。

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