第13話 はじめの一歩

 ガラガラと音を立てて、リリューを離れていくキャラバン。その中には、勇者との同行を決めたフィオナの姿もあった。勇者たちの乗る馬車から身を乗り出し、いつまでもこちらに手を振るフィオナに、アカツキも手を振り返した。


 ―――いつまでも。姿が見えなくなるまで。


「行っちゃったね。良かったの? アカツキくん」

「……アイツが決めたことだし。それに……」

「それに?」

「……なんでもないです」


 村人全員で見送っている中、隣に立っていたフランシスが、アカツキに気になったことを聞いた。しかし、アカツキから帰ってきた返事はそっけないものだ。

「やっぱりさびしいのかな?」くらいにとらえたフランシスはそのままアカツキをそっとしておく方向で行くことにしたようで、そのまま黙ってキャラバンの行く末を見つめた。なおカイルもこの場にはいるが、黙ったままなので誰も相手にしていない。


 では、アカツキの内心がどうであったかといえば……


(まさか、村や家族に何かがあると困るからとは言えんだろ……)


 あの夜が明けた後、フィオナは村長宅の勇者の元へ行き、同行することを了承した。勇者は狂喜乱舞といった状態で正直怖かったらしい。善は急げとばかりに、とっとと出立を次の日に決め、たった今、村を出たというわけだ。

 これから従者が揃ったとリーネット国王に報告後、リーネットの南、正確には南東にある聖教総本山へ赴き、教皇と聖女の立会いの下に、加護を受けるという予定であるらしい。


「つか、聖女とかいるんならそっちを出せばいいじゃないかよ……」


 それなら、面倒なことにならなかったのにと、アカツキは呪いのかかってそうな独り言を、ぶつぶつとつぶやく。何か妙なオーラを出し始めたアカツキに気付いたのは、エヴァンスだ。


「どうしたんだい? アカツキくん」

「……いや、ちょっと何でだろうって思ったことがあって」


 確かにそんなのがいるなら、ただの見習いシスターのフィオナなんかよりよっぽど、勇者の役に立ちそうである。


「本当に、なんでなんだろう……?」


 アカツキの疑問は空へと溶けてゆく……






「で? アカツキはこれからどうするんじゃ?」

「どうって……なにが?」

「なにがじゃないわい。お前さん、フィオナに宣言したらしいじゃないか。『フィオナの隣に並び立てるような男になるんだ!』とかなんとか」

「村長が何でそのことを知ってる……?」

「フィオナが、うちで勇者と話しとる時にそんなことを言いよった。まあ見てる方が恥ずかしくなるようなもんじゃったのう。あてられた勇者様たちが苦々しい顔しとったわい」


 キャラバンが見えなくなったところで、通常の生活に戻ろうと各人定位置へと散っていく最中、アカツキの今後が気になった村長は、いろいろブッこんだセリフをブッこんできた。「ほほほ」とジジイらしい笑いをする村長。一方で青臭い宣言をしたことを知られたアカツキは、動揺して顔が真っ赤になっていた。


「ほぉ~、それはそれは、結構なことで」


 とエヴァンス。


「若いっていいわね~」


 とフランシス。


「……」


 カイルは無言。


 等々、各人様々な様子を見せながら村へと足を運ぶ。

 憤懣やるかたなし、というよりどこを見ればいいか分からないと言った状態のアカツキに、ちょっと冷やかし気味の合いの手を入れたエヴァンスから、提案があった。


「アカツキくん」

「なんですか、もう……」


 ふてくされるアカツキに苦笑するエヴァンス。


「どうせならさ、王都に来てみないか?」

「王都に?」


 気を取り直し、どういうこと? という顔をするアカツキ。


「この間、『国家薬師』の話をしたの覚えてるかい?」

「あぁ……俺が作った薬が売れないのは、資格がないからって話だったっけ」


 どこともなく空を見上げ、当時の話を思い出すアカツキ。


「実はもうすぐ年に一度のその試験があるんだよ」

「なんとまあ、いいタイミング……でも俺、勉強なんかしたことないよ?」


 父セキエイから教わったことは勉強だと思っていないアカツキ。


「大丈夫。字が読めて計算ができるなら何の問題もないよ」


 その程度で試験に受かるのかとアカツキは訝しむ。だが、この後のエヴァンスの一言で納得した。


「もちろん、薬の作り方はある程度知っていないとダメだけどね」

「そりゃ、そうですよね」


 何の知識も持たない者が、薬の販売許可証も同然の国家薬師の資格など、得られるわけもない。

 エヴァンスは片目をパチリとつむり、茶目っ気たっぷりに言った。


「初めの一歩としてはちょうどいいんじゃないかなって思うな、僕は」

「ホントはいつでも”アカツキ印”が仕入れられるのが目的なんでしょ?」

「あら、バレた?」


 ちろりと舌を出すエヴァンス。おっさんの仕草なので全然かわいげがない。アカツキはフィオナにそれをして欲しかった。


「まあ、わからんでもないけど」

「でも、試験を受けるのも勧めるよ。うまくいけば王城秘蔵の”霊薬のレシピ”も見られるかもしれないし」

「なにそれ。めっちゃ気になるんですけど」

「まずは、試験に受かってからの話だよね。まぁ、強制はしないよ。ゆっくり考えてみると良い」


 村の中央には広場があり、そこまでやって来た一同。そこに置いてあった馬車から、荷物を取り出し始めるエヴァンス。


「さあ、市の準備するよ。手伝ってくれ、ラリー君たち」

「「「へぇ~い」」」


 昨日はゴタゴタして、市は開かれなかったのである。誰のせいかといえば、もちろん勇者のせいだ。

 やることなすこと奴が中心になってしまうので、もともとの予定が変わってしまうことも多々あるのだ。

 そういったわけで、広がり始めた商品を前に、ぼんやりと先ほどのエヴァンスの提案を頭にリフレインするアカツキ。


 ―――はじめの一歩


「確かに、闇雲よりはいいか。薬師なんだし、路線も間違ってないしな」


 すでに行く気になっていたアカツキは、村を出るための算段を練り始めた。

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