第12話 満天の星空のもとで
村の中にはちょっとした丘があり、村全体を見渡せた。そんな場所に二人きりでやって来たアカツキとフィオナ。夜空に星が満ちてはいるが、ロマンチックに浸る間はなかった。
これから話そうとしている内容は、端的に言えば別れ話である。もちろん嫌いになったとか他に好きな人が出来たとかそういったものではない。
―――世界を脅かす災害に立ち向かうため、女神の加護を得て旅立つ
すでに寝巻に着替えていた2人は、少々肌寒く感じるものの距離感は体温を感じるほどではないが、小声が聞こえるくらいといった感じ。ようは微妙な距離感ということである。
そんな距離も空気感も微妙な中、アカツキが話を切り出す。
「……行くつもりなんだろ?」
「……うん」
主語は省かれてはいるが、世界救世の旅の話である。
「やっぱり、自分が行かないとダメなんじゃないかなって……」
「ひょっとしたら、フィオナ以外の人にも才があるかもしれないよ?」
「……ルシード様が言ってたの。『あまり時間がない』って」
アカツキが来るまでに、いくらか話をしていたらしく、その時に聞いたようだ。
「従者を選ぶ猶予は一か月。もう3週間は立ってるみたいで、ここで見つからなくて他へ行っても、せいぜい一つか二つ町や村を回るしかできないみたいなの」
アカツキの心中はこうだ。
―――バカじゃねえの
3週間も王都で何やってたんだとか、そもそもなんで一か月なんだとか、忌々しく思ってはいたものの、今更の話であるし、行った先でフィオナのようにうまく見つかるかどうかも分からない。実質フィオナしかいないようなものだ。
フィオナもそれに思い当ったようで、ここで拒否すれば彼らが救世に失敗した場合に、家族や村に被害が及ぶかもしれないと思えば、拒否するという選択肢はすでに失われてしまっている。
「だから、行く。行くしかない」
「……まあ、仕方ないのか」
「うん。拒否できない」
世の中にはいくら頑張ろうが品行方正に生きようが、どうしようもないことがいくらでもある。今回の話はそういったものであると、アカツキはようやく納得した。
成人も迎えていないのにやけに物わかりがいい気もするが、養ってくれる親が失踪し、叩き込まれた技術で生きようとした時に、酸いも甘いもそこそこ経験したアカツキは、どうにもならないことにうじうじしても仕方がないということは、すでに経験として学んでいる。
「心配だなぁ……」
「……どうして?」
「手の甲にキスされてたろ?」
「……うん」
思い出したのか顔が赤くなるフィオナ。それを見てイラッとするアカツキ。
「……アレ、ウソらしいぞ」
「えっ!?」
「だから……王都での流行の挨拶だとかいうのウソらしいぞ」
一瞬とはいえ気を取られたあの挨拶が、まさかのデタラメと聞きフィオナの心中も複雑なものとなっていく。だがそれを認めたくないのか食い下がるフィオナ。
「……どうしてわかるの?」
「エヴァンスさんから聞いた」
信頼のエヴァンス印。片田舎を回る行商人の信頼は確かである。
「じゃあ、あれは……」
「ただのキザな挨拶なんだろ」
気にくわないとはいうものの、あれで自分の気持ちが自覚できたアカツキの心中も複雑である。
初対面でその場しのぎのウソをつかれたフィオナも。
「はぁ……それでも行くんだろ?」
「……だいぶ行きたくなくなってきたけど、やっぱり行かないと村が困るかもしれないし……」
「……じゃあ、さ」
「うん?」
微妙な空気になってしまったが、ロケーションは抜群である。ポケットからあるものを取り出したアカツキは、片膝を突きあるものを掌に載せ、祈るようにフィオナに告げた。
「俺と、婚約してくれないか?」
「今頃どうしてるかなぁ」
アカツキの家で借りた部屋で、アイヴィーとエリノーラは語り合う。
「うまくいかないはずないだろ。アイツら両想いのくせしてじれってぇ。あたしにもロマンチックをよこせってんだ」
「ふふ……」
「……なんだよ」
「コブさんと良い感じなくせに」
「! ……なんで知ってる?」
エリノーラがいうロマンチックとは、出会いがないという意味ではなく、少々頭髪が心もとなくなってきたおじさん冒険者のジェイコブと、なかなかいい雰囲気にならないという意味である。いつも二日酔いとか勘弁してほしいと思っているのだが、それでも愛想を尽かせられない自分にあきれてもいる。
「こないだ見たものぉ。いろいろする泊まらない宿から出てくるところぉ」
「! そう言うお前だってさぁ! ラリーとどうなんだよ!」
「え? ……何にもないけど」
「え?」
「……」
「あぁ……なんかゴメン……」
「いいわよぉ……ラリーはニブチンだから」
「……そうだな。我らがリーダーはニブチンだ」
アイヴィーはアイヴィーでさり気に隣に座ってボディタッチを繰り返すという、地味だが効果的な行動を繰り返しているのだが、ラリーに効果があらわれた様子はない。
「「いいなぁ……婚約」」
案外乙女な二人であった。
「アイツら、うまくいくといいですね」
「きっとうまくいくさ。ホント、念のため持ち歩いてて良かったよ。プロミスリング」
「何で持ち歩いてるんです? 売れないでしょ、そんなの」
ラリーとエヴァンスもアカツキの家の一部屋を借りていた。エヴァンスは元々今夜はアカツキの家にお邪魔するつもりだったらしい。
布団に寝っころがったまま、顔も見ずに話をする二人にぎこちない感じはない。
「以前にもあったんだよ。今持ってないかって言われてね。マリアージュリングはじっくり選ぶから、商会まで足を運んでくれるんだけど、婚約はほぼ勢いってことがままあってね。ロケーションが良すぎてとかそういうの」
「ロケーション……」
「うん? アレ、ラリー君」
「えっ? ……なんでしょうか」
「ひょっとして……いい人いたりする?」
「べ、別にそんなんいませんけど! アイヴィーのことなんか別に……」
「おや。アイヴィーちゃんが気になるのかい?」
「ぐぅっ」
ラリーは痛恨のミスを犯す。実際アイヴィーの地味アピールは功を奏し、ラリーは意識しまくりであった。昂ぶりを収めるために、娼館へ通うこともしばしば。幸いアイヴィーにばれてはいないようだが、回数が多すぎて懐がさみしくなっていることも事実。いつも同じ嬢であるため、お気に入りだと思われているフシもあった。ばれるのも時間の問題だと思われる。
「へぇ……まさかアイヴィーちゃんとねぇ」
「……できれば内緒にしてほしいです。ちゃんと言いたいから」
「今夜なんか最高なんだけどね」
「今日はアカツキとフィオナちゃんのための夜でしょ」
「違いないね。リング欲しかったら言ってよ。ちゃんと用立てるからさ」
「……その時はよろしくお願いします」
男たちの雑談はこの後も続いた……
「……あたしでいいの?」
「他に考えられない」
「これから、離れ離れになるんだよ?」
「だからだよ。フィオナを自分のものだとアピールしておきたい」
何かあの勇者はヤバい。それを感じているアカツキ。
「いつまでかかるか分からないんだよ?」
「周りにフィオナしかいないんだから問題ない」
アカツキのレスポンスが早い。すでに答えなど出ているようだ。未だ膝立ちの状態でフィオナの顔も見れないアカツキは、いよいよ正念場を迎える。
「全部終わって帰ってきたら……」
ためるアカツキ。別に意図したわけでもないのだが、緊張感が周りにほとばしる。フィオナも思わず息をのんだ。
「俺と結婚してほしい」
「……」
「……」
「……はい」
少し間はあったが、返事が返って来て、思わず顔を上げるアカツキ。目の前には満面の笑みのフィオナ。
「リング、嵌めてくれる?」
「あぁ!」
そう言って、フィオナの左手の薬指にリングを嵌めたアカツキ。リングにはサイズ調整の機能が備わっており、誰の指でも適切な大きさに調整されるようになっている。シンプルなシルバーのリングに見とれているフィオナ。
気が付くと、アカツキとフィオナの距離はほぼ無くなっていた。お互いに見つめあい、距離が近づき、そして―――
―――――唇を中心に2人の影が重なった。
この時が二人の幸せの絶頂だったのかもしれないと、アカツキが気付くのは数年後。そして、このキスが最初で最後のものとなるとは、今の2人は知る由もなかった。
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