第11話 行きたいと言うなら行かせてやりたい
「へぇ……じゃあ、勇者はフィオナちゃんを従者の資格ありと見たわけか」
「……そうみたいですよ」
結局あの後、一言も口を利かずに家まで帰ってきた2人。フランシスが訝しんだが、「詳細はフィオナから聞いてください」と言い残し、自分の家に帰ってきたアカツキは、布団に寝っころがるともやもやしたものを抱えたまま眠ってしまった。
起きたのはもう日が落ちる寸前。ラリーたちが仕事を終え、アカツキ宅へ来たときには、不用心にも鍵をかけ忘れていたらしく、勝手知ったるとばかりに宅内をうろつき、寝ているアカツキを起こしたというわけである。
慌ててご飯の支度をしようとしたが、バラした熊の肉しかないことに気付き慌てるも、玄関の前に野菜が置いてあったとエリノーラが家の中まで持ってきてくれて、急いで晩御飯の支度。とはいえ、料理といえるようなものを出すでもなく、全てを鍋にぶち込むごった煮が農民飯の基本なので、それを提供する。冒険者飯も似たようなものなので拒否感もなく、さあ飯だという時にいつもは村長のところでもてなしを受けているエヴァンスが乱入して現在、という状況である。
「それより、もう村長のところまで話が行ったの?」
「だから、ここまで来たんだよ。商人にとって噂話は商売のタネになるかもしれないからね」
「……今回はさすがにないでしょ」
「いやいや。どこでどうつながるか分からないからね。一応当事者から聞こうと思ってさ」
そう言いながら肉をつつくエヴァンス。元々五人前のつもりだったので肉が少々足りなさそうだが、一掴みで何枚も持っていくエヴァンスに、「遠慮」という言葉は備わっていないらしいと感じたアカツキは、台所へ後日食べようと思っていた肉を追加で鍋に投入した。
少し意気消沈していたラリーたちの瞳が輝く。どうやら依頼主であるエヴァンスに強く言えなかったようだ。
「まあ……結果だけ言えば、さっきエヴァンスさんが言った通りだよ。手の甲に口づけなんかしてやがった。王都でのあいさつだって知らなかったら、とっととぶん殴ってたよ」
「「「「「……」」」」」
「?」
自分の言葉に相槌すら出ないことに、「おや?」と思ったアカツキは、周りを見る。すると全員が額に手をやり、「なんてこった……」という顔をしていた。
「どうしたの?」
「……アカツキ。王都でもそんな挨拶はしないぞ」
「え?」
「当然よぉ。そんな男がいたら、あたしならひっぱたくし、エリノーラならグーで殴った挙句、追加で踏みつけるよぉ」
「そうだな。あと目ん玉抉るか、耳を削ぐか、鼻をふさぐか、髪をむしるかするな」
「手の甲にキスしただけで!?」
「当たり前だろうが! ラリー! お前、乙女の柔肌を何だと思ってやがる!」
「いや……お前を女扱いなんてしな、ぐはぁ!」
無言でラリーを殴りつけるエリノーラ。追い打ちで目がつぶれないように目を突き、耳を掌打で潰し、鼻をつまみ呼吸をできないようにして髪を引っ張る。そのすべてを踏みつけながら行った。
「おぉ……有言実行」
「見てないで助けてくれぇ!」
ラリーの悲鳴がアカツキの小さな家に響き渡った。ラリーはこの日身をもって学ぶ。
―――口は災いの元、と。
「……それで? アカツキ君はどうするつもりだい?」
途中わちゃわちゃしたものの、結局はそんなに話すべきことがあるわけでもなく、詳細を話したところで、さほどの時間は取らない。なのでまだ食べている最中ではあるが、話せることは全て話したアカツキ。
エヴァンスの問いには、もうすでに答えは出ていた。
「フィオナが行きたいというなら、行かせてやりたいと思います」
「いいのか? 話を聞いた限りじゃ、あまり誠実な感じはしないぞ、勇者というのは」
「そうだねぇ。その場をしのぐために適当なウソついてるしぃ。アカツキくん、フィオナちゃんのこと好きなのよねぇ?」
「まぁ。はっきり自覚したのは、勇者のアレのせいですけど」
「……皮肉なもんだな」
冒険者組の意見をよそに、アカツキはすでに答えを出していた。
そもそも、引き留めたいとは思うものの、本当に婚約者というわけではない。なぜ今まで、そこへ思い至らなかったのかと、後悔すらしている。ようは、現状に甘えていたのだと、今ははっきりとわかっていた。
なので、一つエヴァンスに確認した後、フィオナ宅へと向かうアカツキ。
「……せめて、答えだけでも聞いておきたいな」
先ほど勇者と対峙した際に、とっさに出た言葉ではあるが、まぎれもなくアカツキの本心である。
「……どうしよう」
フィオナは、ここらでは見たことがないほどの美男子であるルシードに、「キミが必要だ」と言われ、心が揺れていた。
なんだかんだで、周りから冷やかされてはいたものの、既定路線でアカツキと一緒になるのだろうなと漠然と思っていたのも事実。そこへきて、ルシードの勧誘とアカツキの告白じみた宣言を受け、フィオナの心中は大混乱に陥っている。
神父には、行った場合と行かなかった場合のことを考えなさいと言われたが、行けば最前線に放り込まれ、瘴気に対処することになるだろうし、行かなければじわじわ迫ってくる瘴気に犯され、噂に聞くアレクサンドロスのリビングデッドのような感じになるかもしれない。
「結局、行くしかないのかもしれない……」
アカツキが来るまでにルシードから聞いたのは、「女神の加護を授かり、広がりつつ瘴気の元を断つこと」である。行くことにした場合、フィオナには女神の加護が与えられるため、瘴気に対する力を得られるとルシードは言う。
だが拒絶した場合、女神の加護がないまま瘴気が迫ってくるのを見ているしかない。もちろんフィオナが行かなくても、誰かが代わりに入って対処してくれるのかもしれないが、その場合には自分たちのことは、他人に全てを委ねることになってしまう。
「もう、答えは決まったようなもんだよね」
カイルとフランシスにはすでに話を済ませてある。「好きにしなさい」と言ってくれた。あとは「アカツキ君とちゃんと話をしなさい」とも。
「~~~~~~~~~」
『フィオナは……俺の一番好きな女性であり、婚約者です。なのでいくら挨拶とはいえ、そういったことをされるのは不愉快です』
婚約なんてしていない。でも伴侶はアカツキだと思っていたフィオナ。一瞬ルシードの美形さに心を揺さぶられはしたものの、アカツキのその言葉に一気に引き戻された。
「にゅふふ……婚約者……」
枕に顔を伏せ、ベッドでごろごろ転がるフィオナ。アカツキの独占欲に気を良くしたフィオナは、ごろごろが加速した。
だが……
「……なにやってんの? お前……」
「あ、アカツキ……」
誰も見ていないと思ったので、限界突破状態だったフィオナ。猛烈な恥ずかしさに毛布をかぶり、出来るだけアカツキから離れようとする。
「後生だから、見逃してよ~」
「ダメだっつの」
「後生だから~」
「……ちょっといいか? 昼間のことだけど」
「……うん」
悶えている場合ではなかった。
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