第10話 伝説になるかもしれない瞬間

「僕のことを知っているかい?」

「いいえ。どこのどなたでしょうか?」

「……これだから田舎者は」


 この場合、どう考えてもルシードが悪いのだが、超常の存在である、女神カリーナに選ばれたという自負が、周りのすべてを下に見る。

 とはいえ、このままでは話が進まないのも事実。なのでまずは自己紹介することにしたルシード。


「僕の名前はルシード=アリソン。女神カリーナに選ばれた勇者だ」

「……あぁ、貴方がそうですか」

「? アカツキ、この方のこと知っているの?」

「うん。さっきエヴァンスさんから聞いた。何でも最後の従者を探しているらしいって。てことは……そちらのお2人のどちらかがシャロン様で、ロクサーヌ様ってことでしょうか?」


 従者2人は黙ったままであったが、ここに勇者がいること、村の門前に王家の紋章入りの馬車があることなどからアカツキは推察。


「そう。私はシャロン。第4王女よ」

「わたくしはロクサーヌと申します」


 シャロンはやや偉そうに。ロクサーヌは誰であろうと変わらぬ態度で。

 勇者と従者がそろい踏み。それが示す答えは―――


「フィオナ。ひょっとして、勧誘されたのか?」

「うん。キミには眠っている力があるって。キミのことを守るから一緒に来てほしいって」


 まるでプロポーズじゃないかと、憤りを隠そうともしないアカツキ。なんとなくぽやっとした雰囲気を出すフィオナのことも気にくわない。一方でルシードは余裕な態度を崩さない。


「フィオナの言った通りさ。僕には女神カリーナから依頼された大事な仕事があるんだ。彼女には女神の加護を受ける才がある。ならば僕と来るのが道理だろう」

「……俺の婚約者だと言ったはずですが?」

「それがいったいなんだと言うんだ? 確かにキミたちは婚約をしているのかもしれない。だが、そのために世界を犠牲にするというのか?」

「……世界の危機?」

「なんだ……知らないのかい? これだから田舎者は……」


 やれやれといちいちキザったらしいしぐさを取るルシードに腹立たしいものを感じるものの、ルシードは女神に選ばれた存在であり、後ろにいるシャロンは王族である。やたらめったら噛みついたら、問答無用で斬り捨てられる可能性もあるので、自信はあっても殴り掛かるわけにもいかない。

 結局「ぐぬぬ」とうなるしかないわけである。


 ご丁寧にルシードは一から説明をしてくれた。


 誰でも知っている情報として、大陸最北端をかなりの範囲で牛耳っていた滅国アレクサンドロスには、領内全てがあちこちでたまに起こる瘴気災害を、はるかに上回る濃度で瘴気が満ちているということは、周知の事実だった。


 ところがその瘴気がアレクサンドロスと面していた国に、徐々に侵食しているというのである。このまま放っておけば、大陸全土が瘴気で満ち、人が住めなくなってしまう。それを何とかするために選ばれたのがルシードであり、彼をサポートする3人の従者なのだと。そのうちの1人がフィオナであると。


「フィオナ。キミはシスターなのだろう? 世界をこのままにしておいていいのか? このままではそこの彼との生活すらできなくなるのかもしれないのだよ?」


 ただ、フィオナの乳を好きにもてあそぶためだけに、世界を天秤にかけるルシード。いろいろ隠してはいるもののウソは言っていない。言っていることはぐうの音も出ないほどの正論だが、心根がゲスすぎる。


 しかし、フィオナにゲスさは伝わらない。伝わるころには何もかもが終わっているだろう。むしろ、救世のために自分をここまで必要としてくれることに、フィオナは感動すら覚えていた。


「まあ、今すぐに返事をしろと言っても、重要な岐路であることは間違いない。だから、今日は一旦引かせてもらうよ。よく考えて返事をしてほしい」


 そう言うと、踵を返し後ろ手で「スチャ」っと右手を上げて去っていく。従者たちも後ろをついていく。そのまま村の外のキャラバンへと向かって行った。


 その姿を手を組み、見送るフィオナ。それを見て、もやもやするアカツキ。そしてさらに外側から、まるで劇を見るかのように見守っていた難民たちと、神父。


「いいもん見たべな」

「んだんだ。オラ達伝説の生き証人じゃなかんべか?」

「聖女様誕生の瞬間ってか?」


 ざわつく難民。いろいろあってふさぎ込んでいたが、超レアなシーンを見たことでテンションが上がりまくる。


 一方冷静だったのは神父である。ボーっとしたままのフィオナに声を掛けた。


「フィオナさん、大丈夫ですか?」

「あ……神父様……」


 魂が抜けたかのようなフィオナをいたわる神父は、フィオナの肩を掴んだ。


「神父様……?」

「良くお考えなさい。あなたは実際にはシスターではありません。総本山からそういった神託が下りたというお触れは回ってきてはいましたが、なるたけ協力するように言われたのは、家を出て修行をしている教会関係者だけです。あなたが望まないのに行く必要はありません」


 神父なら、ぜひとも行くべきと言うのが普通だろうに、口から出てきた言葉は「別に行きたくないなら行かなくてもいい」という、フィオナを慮ったもの。


「ですが……」

「今は、興奮状態にあるだけです。行かなかった場合に起こる影響、行った場合に起こる影響、とにかく自分が動くことで何が変わるのか、きちんと考えなさい。あなたはアカツキ君との関係をどうするつもりなのか。少なくとも、好意をはっきりと示したアカツキ君とはきちんと話しておきなさい」

「……」

「その上で残る、あるいは彼らと共に行く、どちらを選ぶのかはあなた次第です……後悔の無いようにしなさい」

「……分かりました」


 神父はフィオナから手をはなし、アカツキのほうへ向く。


「アカツキ君。彼女を家まで送ってあげなさい。フィオナさん、今日はもういいから。あと、キチンと話しなさい。後悔の無いようにね」

「分かりました……」


「行こう」「えぇ……」声を掛けあい、家へと戻るアカツキとフィオナを見送って神父は、空を見上げ女神に問いかける。


「……女神カリーナよ。どうしてフィオナさんなのですか? 教会の者では祈りは足りませんでしたか? なぜ、彼らを引き裂くようなマネをするのですか……」


 神父のつぶやきが空に消えても、女神に届いたかどうかは定かではなかった。

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