第9話 俺の婚約者

「いつもスマンな、アカツキや」

「別にかまわないよ。持ちつ持たれつだし」

「ホホ。じゃあ後で野菜持ってきちゃるよ」

「助かるよ。今日ちょうどエヴァンスさんたちが泊まりに来るからさ」

「ならちょいと奮発しちゃろ。じゃあな、ありがとよ」

「お大事に~」


 熊の解体、フランシスに挨拶、そしてロレントの薬の調剤と順調にタスクをこなしたアカツキは、後はラリーたちのための薬を作るだけとなっていた。だが、ここでふとアカツキは気付く。


「……そう言えば、何がいるか聞いてなかったな」


 いつも卸しているのは、朝に一粒飲めば晩御飯まで腹持ちする『糧食丸』、毒に犯されにくくなる、あるいは解毒にも使える『除毒丸』などが主である。とくにいつでもご飯が食べられるわけではない職業であることから、晩まで腹持ちする糧食丸はいつもストックしていると聞いている。あと毒は命に関わるということで、除毒丸も常に持ち歩いているらしい。


「多分このへんだと思うんだけど……直接聞いた方がいいか」


 アカツキの作る薬は、市井に出回るポーション類とは違い、水分が少ないため非常に長持ちするのが最大の特徴だ。しかし、消費期限がないわけではないので、出来立てを渡したいと思うのは至極当然という考えをアカツキは持っている。長持ちするから出来合いを渡せばいいというのは、アカツキの職業倫理が許さないのだ。


「多分村長のとこだよなぁ。市を開く打ち合わせするだろうし」


 であるならばと、アカツキは村長のところまで足を運ぶことにした。


 アカツキの家から、村長の家に向かう途中には、カリーナ聖教の教会がある。


(……?)


 何故だかその時にアカツキは、ちょっと教会に寄ろうと思った。フィオナの働く姿を見たいと思ったのが1つだが……


(なんでだろうな。ちょっと行かなきゃならない気がするんだよな)


 どうしてだかわからない。だがアカツキは、そんな虫の知らせとも呼べない何かに従い、教会へ行くことにした。






 教会へたどり着いたアカツキが見たものは、見知らぬ金髪の見た目好青年の男が、フィオナの手を取り膝をついて、手の甲にキスをする場面であった。

 今まで同世代が村の中にいないことから、危機感を感じなかったアカツキ。見知らぬ男がフィオナに触れているのを見るだけで、一気に頭に血が上った。


「フィオナぁっ!」

「! アカツキ!」


 フィオナの名前を叫びながら、怒涛の勢いで彼女の元へひた走るアカツキ。一方でフィオナは、一瞬だが目の前の金髪の男、ルシードに気を奪われていた。

 今まで当然だが、フィオナはアカツキとしか仲が深まるような生活は送っていなかった。必然、付き合いは家族同然となり、ドキドキするような感情とは無縁だった。母親とそういった話をすることもままあったが、実際に顔が赤くなるような出来事といえば、母フランシスに茶化されたり、村の年上の住人に茶化されたりするくらいであり、実際歳の近い異性に、こういった風に接触を持たれたのは生まれて始めてであった。冷やかされるのも顔が赤くなるのも、アカツキに好意を持っているが故であったが、目の前の男ルシードに感じるものは、アカツキに対するそれとは少し違うように感じたフィオナ。


 ばつの悪さも伴い、手を引っ込めるフィオナに対し、ルシードは余裕の対応をする。


「フィオナさん。彼は?」

「ええと、その……」


 そう言えば、アカツキとの関係は何だったかと考えるフィオナ。お互い好意を持っていることは間違いない。しかし、アカツキから好きだと言われたこともなければ、自分からも言ったことはない。漠然と将来一緒になるのだろうなと思ったくらいで、対外的にはっきりしているものといえば、『ただの幼なじみ』と言っても何ら言い過ぎではない。


 フィオナがしどもどしているうちに、走って来たアカツキがフィオナとルシードの間に割って入った。


「ハァ……ハァ……んんっ、フィオナに何してんだ、アンタ?」

「人聞きが悪いね。挨拶だよ、挨拶。王都では普通だよ」


 ルシードはアカツキを見て、完璧に田舎者だとバカにした対応を取る。いくら王都だって、所構わずひざまづいて、手の甲にキスをするなんて挨拶するわけがない。だが、リリューで生活が完成しているアカツキに、王都の常識などわかるわけもないところから、怒りは急速にしぼんでいく。


「え? あぁ……そうなんですか……」


 疑うことを知らないアカツキは、一度目は人を信じるという選択を必ず取る。ただしそれを裏切った場合、激烈な報復に出るのだが、それが顔を出すのは、随分と時間がたった後の話。故に今回のルシードとの邂逅では、そう言った部分は顔を出さなかった。


「じゃあ……いったい貴方は、フィオナに何を?」

「その前に1つ聞きたいんだけど……キミと彼女はどういった関係なんだろうか?」

「関係……」


 今まではぼんやりとした好意だった。ただこのまま将来一緒になるのだろうなといった、流された末の選択。別にそれが嫌なわけではない。間違いなくアカツキはフィオナに好意を持っている、いや、はっきりと好きだと断言出来た。たった今、ルシードがフィオナにキスをするシーンを見せられて。


 そして、言葉にする。決意を。覚悟を。


「フィオナは……俺の一番好きな女性であり、婚約者です。なのでいくら挨拶とはいえ、そういったことをされるのは不愉快です」

「えっ……」


 フィオナにしてみれば青天の霹靂。結婚しようと言われたこともなく、ただ漠然と流れに身を任せていただけだった。ところが今はっきりと「好き」と言われ「婚約者」であると宣言されたフィオナは……悶えた。


「~~~~~~~~~っ」


 両ほっぺに手を当て腰をグネグネするフィオナ。唐突に甘々空間が出来上がったことに、ルシード以下、空気だったシャロンとロクサーヌも困惑した。


 しかしルシードとて3人目を見つけたのだ。引き下がるわけにもいかなかった。選択基準は、フィオナが借り受けているシスター服を、大幅に盛り上げる胸。そして、10人中、5、6人が可愛いという、手の出しやすそうな中の上な感じが、ストライクなのであった。


 ―――何しても問題なさそう、といった意味で。


 なので、この場に乱入してきたアカツキの存在は非常にうっとおしく感じていた。

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