第8話 従者の選定基準

 アカツキは、村の入り口で今日の見張りを担当しているケネスに、何があったのか確認することにした。リリュー他農村は、戦闘職が住んでいない限り、基本見張りを持ち回りで行う。そしてリリューに戦闘を生業とするものは住んでいない。


「ケネスさん」

「ん? あぁ、お帰りアカツキ。そっちは……エヴァンスさんか。今日は行商で?」

「そうなんですよ。いつもの定期便です」

「それはそれは。いつもありがとうございます」

「いえいえ。きちんともうけは出ているので大丈夫ですよ」


 言葉だけ聞けば、何やら含むところがありそうな話だが、別に本当の話なので額面通りの受け取り方で問題はない。


「ところで……」


 ちらりと周りを見渡すエヴァンス。その視線に気付いたのかケネスは何があったのかを話す。肩をすくめ、「やれやれ」といった具合に。


「なんでも、女神カリーナに選ばれた勇者とかいうのが来ましてね。ちょっと村に泊めろと。でも村にこんな人数泊まれる場所なんかないし、とりあえず村長のとこに行ってるんですよ」

「やはりそうですか。今ちょうどアカツキ君たちとその話をしていたところでしてね」

「おや、そうでしたか。何やら有名な話らしいですね。この辺じゃあ王都の噂話なんて、てんで縁がないものですから」


 大人の世間話がしばらく続きそうだったので、アカツキはいったん自宅に戻ることにする。


「じゃあみんな。俺一旦家帰るよ。とりあえず、エヴァンスさんに布借りて拭いたけど、ちょっと生臭いし」

「あぁ、ごめんね気付かなくて」

「いいよ。じゃあ後で。みんなウチ泊まるんでしょ?」

「あぁ。問題なければ頼むよ」

「あるわけないでしょ、ラリーさん。水臭いよ」


 そう言って、アカツキは荷台に乗せてもらっていた熊を引きずり、家へと帰っていった。


 ケネスの顔が驚愕に満ちていたのは言うまでもない。






「……ぷはぁ」


 水を溜めていた甕に、布を浸し絞って体を拭いていくアカツキ。べたつきも取れたところで、数少ない着替えに袖を通し人心地つく。だぼっとした上着に裾を絞ったズボン。帯で腰を締めると、いつものアカツキスタイルとなる。


「この後は……熊の解体とロレントのじっちゃんの痛み止めと……あとはラリーさんたちの薬か」


 最優先は熊の解体、今日の晩御飯にするためである。いつものようにフィオナ宅に持っていこうかと思っていたが、ラリーたちが来るのでそちらで振る舞うことにする。あとでフランシスに今日の晩御飯はいらないと連絡することを忘れずに。

 第二にもともと頼まれていた痛み止めの調合、そしてわざわざこんなところまで買いに来たラリーたちに売るための調薬だ。おそらくエヴァンスも欲しがるので、余分に作成しなくてはならないだろう。


 とはいえ、アカツキには気になることもあった。


「―――何しに来たんだろうな? 勇者たちは」


 わざわざ行列を連れてこんな辺鄙な農村へ来たのだ。人材探しなら王都が一番のはずなんだけどな、とひとりごちる。






「ったく、何にもねえな、ここは」

「それはそうよ。こんなところに最後の従者がいるわけないわ」

「ですが、王都では散々探し回ったではないですか。見つからなかったのですし、であるならば、国中を探すしかありますまい」


 だらしなく歩く男と、杖を抱え歩く女。そして姿勢よく歩く、いったいどこを守っているのだという疑問を抱く、ぴっちりとしたボディラインの浮き出る鎧(?)を着た女。


 ガラの悪い喋り口の男は、アリソン伯の五男『ルシード』であり、杖を抱える女はこの国の第4王女『シャロン』、そして何やら扇情的な恰好をした女性は『ロクサーヌ』。世間の噂話の最先端を行く男女である。

 現在村長の家を出て、いったん村の外にある勇者たちの世話をするために存在する、キャラバンへと帰るところである。

 王都で育った3人にとって、少し大きめの農村であるリリューも、『何もない』の一言で片付くのだ。


「久しぶりにベッドで寝られると思ったのによ~……」

「ですが、救世の旅に出れば、野宿やむなしという状況もあるでしょうし、いい訓練だと思えばよいのでは?」

「だけど、ちゃんと寝られる時は寝ないと、いざって時に全力が出せないかもしれないわよ? あたし等に求められてるのは”瘴気災害の根絶”なんだから。それに全力が注げるように、あんなにたくさんの人員でキャラバンが組まれてるんだし」


 シャロンは噂話で出るような、超ワガママな娘ではなかった。全くワガママではないというわけではない。よくある親の気が引きたくてイタズラするといったレベルのワガママだ。

 末っ子であったシャロンは、王を含め兄姉たちとも接点が少なく、さみしい思いをしていた。怒られることでもいいから気をひきたいと始めたイタズラが、若干ひどい時期があり、それに巻き込まれた使用人の愚痴が巡り巡って王都の噂へとつながっていったのである。


(ったく、せっかく俺が選んだ従者で旅ができるってのによ……最後の1人だってことで、高望みしすぎたか?)


 何やら女神カリーナの神託が下ったと、王都の実家でただれた生活を送っていたルシードが、聖教の神官に連れて行かれた王都の教会。そこで確かにルシードは聞いたのだ。


 ―――従者を選び、災害の元を断て、と


 集約すればそれに尽きるが、実際には会話できる場を持たれていた。細かく聞けば、現在大陸で誰も手が出せないでいる”五大災害種の討伐”、そして”滅国アレクサンドロスを覆っている瘴気の元を断つ”。以上の二点を何とかしてほしいとルシードはお願いされたのである。

 貴族の五男坊など、はっきり言って価値がない。長男は家を継ぐため、次男は長男に何かがあった時のスペア、それ以降は体を張った騎士や、商才があれば商人、力だけで成り上がりたければ冒険者になるなど、ようは己で身を立てるしかないようなそんな立場である。貴族であることのメリットなど小指の先ほどもなかった。


 そこに来て、たなぼたな女神の託宣である。実家は突然ルシードを持ち上げた。現当主から次期当主まで。顔を見るだけでしかめっ面を隠そうともしなかった、使用人までルシードをヨイショする。

 ふてくされて何かと問題を起こしがちだった末っ子が、急に価値を持ったことによる掌返しに五男坊は嗤うしかなく、わずかな逡巡の末、女神の言い分を承諾した。その際にルシードが要求したのが……


(まさか、誰でもいいなんてな……)


 与える加護は、”神剣の加護””魔導の加護”、そして”治癒の加護”の3つ。それに該当しそうなら、誰でもいいからカリーナ聖教総本山に、一か月以内に連れて来いと、女神カリーナは言った。

 教会で託宣を受けたルシードは、その足でリネルルカ王宮へと連行された。そして詳細を話すことを強制される。その際に洗いざらい話すことになった。ただし、一つだけ話さなかったことがある。それが、


 ―――誰でもいいから、という部分だ。


 ルシードは女癖が少々悪く、一週間で毎日違う女と関係を持つということもざらであった。後始末は実家がしてくれるので、後先考えずに手を出すのである。

 そんな女に目がない男が、従者という勇者に従うものを3人誰でもいいから選べというのである。こんなチャンスはなかなかない。

 1人目のシャロンは王から『魔術の才があるから』という理由で、無理矢理付けられた。さすがに救世の旅の援助をしてもらう手前、「ノー」とは言えないので、承諾。

 2人目のロクサーヌは、剣を使う者がいるならということで、足を運んだ城の練兵場。そこで、鍛錬が終わってからも剣を振り、汗を流す姿が美しいと思ったルシードが声を掛けたのだ。実際剣よりドレスを纏うほうがいいとおおっぴらな陰口を叩かれていたロクサーヌは、非常に美人であった。何より体を動かすにも拘らず、出るところは出て引っ込むところは引っ込むといった、引き締まりつつ抱き心地がよさそうなところは、非常にルシードの好みだった。

 シャロンは正直、抱き心地という点ではルシードの好みではなかった。顔は抜群でかわいいと思っていたが、まだ14歳でさすがに手を出すには抵抗がある年齢だった。妙なレッテルは張られたくないルシード。そもそも王族の娘に手を出すのはどうだろうという、妙な常識も邪魔をした。

 ロクサーヌの実家の思惑もあり、2人目もあっさりと決まったが、3人目がなかなか見つからなかった。それでも1か月という期間は刻一刻と迫る。なので思い切って王都を飛び出し、一番初めに訪れたのがここリリュー村であった。


「ったく、間が悪いな。住むとこ失くした村人を迎えたところだったとは」

「なかなか、太っ腹ではありますな。なんだったら、蓄えがないと言って、突っぱねる村長も割と多いと聞きますが」

「ちょっと行ってみましょうか。最後は治癒の巫女ってことだし、シスター辺りが狙い目じゃない? 一応王都でも見てきたんでしょう?」

「……まあな。正直、旅に連れて行くには厳しい感じだったな」

「まあ、すぐに見つかるわけでもありますまい。見るだけは見ておきましょう」


「主に顔と体の問題で」などとは決して口にしないルシード。自分の好みの女だけで旅がしたいというのは、絶対に口にしてはいけないことだと、ゲスな性根でも思い至れる。ロクサーヌの進言により、一行はリリューの教会へと足を運ぶことに。


 そんな一行が、たどり着いたリリュー村の教会。そこでは難民に笑顔で対処する、ある少女の姿。他にもシスターはいたが、ルシードの目にはその少女しか目に入っていなかった。

 ルシードの様子がおかしいことに気付いたシャロンとロクサーヌは、ルシードに疑問を呈する。


「ルシード様? どうかされました?」

「なにか目につくものでも、おりましたかな?」

「……いたぞ、3人目が」

「「はぁ!?」」


 何の偶然か、王都を出て一つ目の村でルシードの目にかなう従者候補がいた。恐ろしいほどのタイミングの良さだと従者たちは思ったが、実際にはルシードの好みの医療従事者であれば誰でも良いので、タイミングが良すぎるとかそんなのはルシード次第なのである。


 運命の邂逅はこの時果たされる。ルシードの目に留まったシスターとはもちろん……


 ―――アカツキの想い人、フィオナその人である。

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