第7話 勇者とその従者たち

「勇者?」

「そう、勇者」

「なんです? 気あるってこと?」

「いや、ちがうかな。どう言えばいいのかな……アカツキ君が薬師であるように、ラリー君たちが冒険者であるように……まあ勇者って言う職業かな」

「? 意味が分からん」


 勇気など大なり小なり誰でも持っているだろう、というのがアカツキの正直な感想であり、わざわざ女神の神託で勇者に任命するなど、全くもって意味が分からなかった。


「まあとにかくカリーナ聖教は、ある貴族の五男坊を勇者として任命したんだ」

「女神に言われて?」

「まあ、そういうことだろうね」


 とにかく、勇者というのが女神に選ばれたというのはわかったアカツキ。


「アリソン伯という貴族の息子でね。細かいところは良くわからないんだ」

「ふぅん……なんでそんな人が勇者なんてものに選ばれたの?」

「さてねぇ。まあその五男坊『ルシード=アリソン』っと『様』は、3人の従者を探していらっしゃるのさ」

「従者?」

「まあ、共に戦う仲間って感じじゃないかな。どうやら勇者に選ばれたことで、従者になる才能を見抜く力が備わったんじゃないかって話だよ」

「へぇ……」


 女神から声が掛けられるってだけでも眉唾なのに、勇者というのが選ばれる理由も不明。才能を見抜く力なんてものを急に宿すというのも妙な話で、何もかもが胡散臭く思えるアカツキ。話自体は知っていたラリーたちだが、人から聞かされるとこれほどまでにデタラメ感を感じるものかと、アカツキと似たような感想を持つようになっていた。


「ねえ、エヴァンスさん」

「ん?」

「その話、ホントなの?」


 アカツキの顔がめちゃくちゃ胡散臭い物を見る目になっている。苦笑しながらエヴァンスは問いに答えた。


「少なくとも、聖教からルシード様に神託が下ったって話は通っているよ。あと3人の従者のうち2人は既に見つかっている」

「あ、もうそこまで話、進んでるんだ」

「え? そうなんですか? エヴァンスさん」


 実際に『ルシード』という男が従者を2人見つけているという事実を聞き、細かい話はともかく事態は進んでいることを理解したアカツキ。ところが、その話に食い込んできたのは、おっとり系のアイヴィーである。


「あれ? アイヴィーさんは知らないの?」

「王都で出回ってる噂は、従者を探してるってところまでだもの。まさかもう2人見つかってるなんて話は、街には出回ってないなぁ」


 ぐりっと2人してエヴァンスを見る。そして無言で説明を求める。ラリーとエリノーラもアイヴィーほどではないが、好奇心を隠せないようである。別に隠すようなことでもないので、話してあげることにするエヴァンス。


「従者にしては身分が高すぎなんだけど、1人目はリーネット王国第4王女『シャロン』様だね」

「え? 王女様?」

「そう。王女様。末の姫様だね。魔術を勉強なさってるらしいよ」


 まさかの王族であることに驚く面々。それに加え、魔術の才能があることにも驚いた。世界には”魔術”と呼ばれる特異な技術があるのだが、それを使える者は人間ではかなり少ないのだ。使えるだけで、将来安泰なのである。そんな希少技能を王族が所持していることに驚きを隠せない。


「へぇ……俺アイヴィー以外の魔術師って初めてかも」

「まぁ、才能があっても、身近に教えてくれる人がいないと使えるようにはならないからねぇ」


 何だか急に遠い目をし始めるアイヴィー。ちょっと踏み込んではいけない部分の話だと、全員がノールックで意思統一をすると、もう一人の従者の話にシフトする。


「もう1人は、王都第3騎士団所属の騎士、『ロクサーヌ=ウィルミントン』という女性だ」

「第3って……あのポンコツ騎士団のこと? 実力はないけど、コネがある奴が所属する掃き溜め……」


 エリノーラの辛辣すぎるコメントに、思わず苦笑いするアカツキ以外の面子。王都では有名な話らしいとアカツキは推察する。


「そんなとこに従者の素質がある奴がいたの? 実力がないんじゃないの?」

「ロクサーヌ様は、たいしたコネもない。ご両親もただの騎士爵だからね」


 なんでも親が騎士で、何とか頼み込んで入団したらしい。上級貴族の穀つぶしのように、扱いに困るほどの家ではなかったが、実力はそこそこあったので、とりあえず第3に入れておこうという話になったようだ。そもそも、ロクサーヌ嬢は実力に目を付けられたわけではないとのこと。ではいったい何にという話になるのだが……


「……たいそう美人なんだよ」

「は?」


 何を言っているのかわからないという顔をし、たった一言で意味が分からないと表現したアカツキ。


「ようは、何がしかの儀式の時用の儀仗騎士といった感じかな。見栄えがいいとかっこ付くだろう?」

「うわぁ……くだらねぇ……」

「まったくだね。騎士がポンコツでどうするんだって話だよ」


「税金で雇われてる騎士がポンコツって……」ともう笑うしかないのか、エヴァンスさんの笑顔はとても渇いていた。


「じゃあ、あと1人がどっかにいるのか……」

「それを探しに勇者たち3人とお世話係30人が、リーネット中をうろうろしているらしいよ」

「……他の国では捜さないんですか? ……てか30人?」


 あまり話に入ってこなかったラリーが、エヴァンスに聞く。


「そ。30人。たった3人をお世話するのに。何考えてんだろうねぇ」


 女神を問いただしたい。いや、そんな何で選ばれたか分からない勇者に、わざわざ30人もつける意味を国に問いただしたい、そんな風に思うアカツキ。そんな疑問にさらっと答えてくれたのは遠い目をしたアイヴィー。


「多分だけどぉ……シャロン様がいるからじゃないかな。話は漏れ聞くし」

「あぁ、なるほど。そういえばそうだね」


 納得できる答えを得たのか、頷くエヴァンス。得心いったのか、ラリーとエリノーラもうんうん頷く。アカツキだけが答えに辿りつけないもどかしさにそわそわしだすと、ラリーが教えてくれた。


「シャロン様はな」

「うん」

「超ワガママなんだ」

「……おぅ」


 めっちゃくだらない理由だった。






 結局、そんな話をしているうちに、リリューの入り口までやって来た一同。しかし、どう見てもアカツキが出て来た時の村とは様子が違う。


「なんだ……? この馬車だらけの光景は……?」

「タイムリーだねぇ、こりゃあ」

「どういうこと?」


 入り口を埋め尽くす馬車、馬車、馬車に何があったのか不安になってくるアカツキは、何かわかったような顔を一人しているエヴァンスに尋ねる。


「さっきまで話してただろう? 勇者とその従者がリーネット中をうろうろしてるって」

「ま、まさかここに来てるってのか?」

「そうだよ。あの高そうな馬車、見てみてよ。何か紋章が書かれてるでしょ?」

「あぁ……ホントだ……」

「アレ、王家の紋章だからね」

「えぇ……」


「痛み止めの材料を取りに行って帰ってきたら、勇者がいましたとかなんだそれ……」と、アカツキはもう驚き疲れた。

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