第6話 アカツキ印

2019・4・11 改稿


「そういや、お前なんであんなとこに?」


 ラリーは至極当然の疑問を抱き、アカツキに尋ねる。別に隠す理由もないのでアカツキも素直に応じた。


「ちょっと痛み止め作ってくれって言われたんだけど、材料がなかったんだ。だから山に入って採取してたんだよ。そしたら、熊さんが出てきたもんだから……ちょうどおかずにいいと思って」

「お前、熊をおかず扱いって……」

「常識がないって怖いよねぇ」

「失礼っすね、アイヴィーさん」

「別に間違ってないだろ」

「エリノーラさんまで……」

「はっはっは」


 三者三様の反応が返ってくるが、何気に人外扱いされるのもいつものことなので適当に流すアカツキ。

 アカツキのほうも聞いてみようと思ったことがあるので、遠慮なく口にした。その程度にはこの4人とは付き合いがあるのだ。


「エヴァンスさんはラリーさんたちと知り合いなの? 今までは護衛って適当に雇ってたじゃない」

「いや、たまたまだよ。いつもみたいにギルドに依頼出したら彼らが来てくれたんだ。まさかアカツキ君と知り合いだったなんてね」

「俺らは俺らでお前から買った薬がなくなりそうだったんでな。そろそろリリューに買いに行かないとなって話をしてたんだ。そしたらエヴァンスさんの依頼があってよ」

「渡りに船だったよねぇ」

「なんだ? それ。お前いっつも難しい言葉使うな」

「エリノーラがバカなだけだよぉ」

「……んのやろぉ」


 のどかな口調に隠された……隠されてもいない言葉の刃がエリノーラを抉る。視線でバチバチやりあっているアイヴィーたちを視界から外すアカツキ。


「今日は何をお求めで?」


 あれに入っていく気はないアカツキとその他であった。






「じゃあこれからはエヴァンスさんに頼めば、アカツキ印の薬が手に入るのか」

「まぁ、そうだね。裏取引だけどなかなか人気なんだよ。アカツキ印」

「何で裏なんだよ。てか、アカツキ印ってなんだ」


 父であるセキエイの域には達していないという自覚はあるアカツキ。だが頼まれて作っているのに、裏で取引されているという事実にふてくされる。それについての説明をエヴァンスはアカツキに話して聞かせる。アカツキの疑問を無視して。


「基本、街で出回る薬には許可が必要なんだよ」

「許可?」

「そう。『国家薬師』っていうんだけどね。資格を持った薬師が作りましたって証明が必要なんだよ。まぁ、飲むものだからね。それなりに信用がある人が作った物じゃないと体の中に入れる気にはならないからさ。アカツキ君はそれもってないだろう?」

「持ってないですね。リリューの他の街になんか行ったことないし」


 アカツキの生活は全てがリリューで完結している。精々薬の材料を採取するため、先ほど熊に遭遇した山に入るくらいである。


「だからね。売れないんだ」

「……じゃあなんで、俺に調合を頼むんです?」

「……ここだけの話だけど」

「はぁ」


 なぜか声を潜めるエヴァンス。何でこんなテンションになるのかわからないアカツキ。聞き耳を立てる冒険者たち。


「王都で出回ってる回復薬、いわゆるポーションだね。アカツキ君が作る薬に比べて効果が薄いんだ」

「……国家薬師とか名乗ってるのに?」

「国家薬師とか名乗ってるのに」


 自分など父から教わった調合で、薬師の真似事をしているだけだと思っていたアカツキだが、エヴァンスの様子だとどうもそうではないらしいと思う反面、『そんなわけあるか』と思うのも本心。そんなアカツキの本心など露知らず、エヴァンスは話を続ける。


「丸薬という日持ちのする形態がいいね。ポーションは買ってもせいぜい1週間が限度だけど、アカツキ君の作る丸薬は半年くらいは長持ちするから」

「……お褒めに預かり光栄」

「ふふ。しかも、ポーションは一瓶で一回分だけど、アカツキ印は一回一粒の丸薬が何十とあるから。コスパが最高なんだよ。長持ちして、しかも数もある。そういうわけでね。おおっぴらに宣伝することはできないけれど、うちに来ればアカツキ印の丸薬は、こっそりとおすそ分けできるってことで『裏』というわけなんだよ」


 思ったよりも大事で驚くアカツキ。セキエイよりも段取りが悪く、数もそんなに作れない。効能自体はレシピ通りなので、上下するとは思えない。できることをしているだけなのに、高評価というのは少々腰の据わりが悪い。


「だから、アカツキ君は国家薬師の資格を取るべきだと思うんだよ。そしてとった暁には、ぜひともエヴァンス商会をご贔屓にしてもらいたいね」

「卸す先はエヴァンスさんのとこでいいと思うんだけど、資格が必要だとは思わないんだけどな」


 正直、リリューを出る気がないアカツキは、当然国家資格などに興味がない。実際に薬が作れるのは確かなのだし、わざわざ資格を見せびらかすこともないと思う。


「まぁ、そう言うだろうと思ってたよ。だから、これまで通りの付き合いをお願いするよ」

「まぁ、それなら」


 あまり、強制する気のないエヴァンスにホッとするアカツキ。裏で流れると知ったアカツキ印が案外高値なので、公式に出回ることを期待していたラリーたちは、心底ガッカリした。窓口がエヴァンス商会だけなので、自由に値を付けられるエヴァンスが実はほくほくしていたのは、誰も気付いていなかった。






 リリューまでまだ時間があったので、何か面白い話はないのかとエヴァンスたちに話を振ると、商人と冒険者で話題が共通したのである。


「そうだなぁ……女神カリーナの神託がカリーナ聖教のお偉いさんに下って、『勇者』ってのが選ばれたってのが、王都では一番ホットな話題かな」


 ある意味、アカツキの今後を左右する『勇者』というのが、表に出てきたのはこの時が初めだっただろう。

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