第一章 幽閉されし姫君

第4話 いつもの日常

 夜会より遡ること約3年。大陸を表から、そして裏から支配する北の王国『アレクサンドロス』は、突然溢れた瘴気によってわずか7日で滅びた。


 千年は繁栄が約束されたと言われた国が、である。


 王国中を瘴気が覆い、生きとし生けるものへ影響を与えた。


 元から居た魔物は、より強く。食べられる獣は魔物へと。それぞれ存在が移行した。


 濃すぎる瘴気は、人の内臓を蝕み生体活動に影響を与えた。徐々に体は動かなくなり知らない間に冷たくなっていく。


 農作物や植物は、瘴気の影響を受け異常な進化を遂げた。突然意思を持ったかのように、根っこを足のように動かし地上を蠢く。生っていた実を弾丸のように飛ばし、枝葉は自在に動き生者を攻撃する。


 そうしてできた死体に、瘴気は入り込み死体は再び息を吹き返す。


 ……否、無理矢理死んだまま生きている状態へと、引き戻される。意思はあるようだが支離滅裂であり、生きているようだが、実際には死んでいる。


 こうして原因が不明なまま千年王国アレクサンドロスは、滅国へと死に変わってしまった。空気は澱み、水は穢れた。魔物、怪奇植物。生きた者は存在しない。


 滅国アレクサンドロスを支える国民はもちろん―――


 ―――死者のみである。






「おはよう! アカツキ! いい天気だよ、今日も」

「ん~……」

「ほら! 早く起きて! もう朝ごはん出来てるから」

「……ん」


 今は初春。まだまだ朝晩に冬を感じさせる季節である。当然アカツキは、布団を死守しようとするが、起こしに来た存在は、そうはさせじと布団を引っ張る。


「フィオナ~……勘弁してくれえ……」

「早く起きなさい! アンタのためにわざわざお母さんが、1人分余計にご飯作ってくれてるんだから!」


 そう言われると弱い14歳のアカツキは、目をこすりながらも体を起こした。フィオナはそれを見届けると、にっこり笑ってもう一度挨拶を交わす。


「おはよう」

「……おはよう」

「着替えてさっさと来なさい。早くしないと片しちゃうから」


 そういうと軽快に部屋を出て行くフィオナ。口笛を吹き足取りは軽い。


「……何が楽しいんだか」


 そういうアカツキの顔も、穏やかな笑顔をかたどっていた。






「いつもすみません」

「いいのよぉ。未来の息子が遠慮なんかするんじゃないわよ」

「……俺はまだ認めてない」

「あなたに発言権なんかあるわけないじゃない。バカなこと言ってないでさっさと食べなさい。片付かないでしょ」

「……」


 着替えてフィオナ宅へお邪魔するアカツキ。フィオナの母、フランシスはすでにアカツキとフィオナの仲を確固たるものとしているのか、アカツキを息子と呼び、父カイルは、娘を持つ男親にありがちな「娘が欲しくば俺を倒してみろ」的な雰囲気を出そうとしていたが、速攻フランシスに全否定され、一方的に罵られていた。次に言葉が続かない。


「ハハハ……」

「もう! お母さん何言ってんの!?」

「照れるんじゃないわよ。アンタだって、朝から一緒にご飯食べられてうれしいんでしょ? 部屋まで起こしに行くなんて、アンタは新妻か!」

「~~~~~~~!!!」


 お年頃の娘さんを新妻扱いし、いじり倒すフランシス。両手の人差し指はウィンク付きで「ビシィ!」とフィオナを打ち抜いている。一人娘は言葉にならない叫びを放つ。顔が真っ赤である。


 それらを見ていたアカツキは「家族っていいな」と、親子3人で完成している家族を見てうらやましく思っていた。


 アカツキは今、一人で父親セキエイが残した薬屋を切り盛りしている。母親は物心ついたときにはすでにいなかった。『サキ』という名前らしかったが、アカツキには今一つ実感がわかない。

 父親が残したと言ったが、別に死んだわけではない。唐突にいなくなったのだ。書置きも何も残さずに。それが3年ほど前の話である。ひょっとしたらという覚悟だけはすでにできている。

 薬を作るための”煉丹術”は、幼き頃より徹底的に仕込まれていたので、薬屋をやっていくことには問題がなかった。


「今日は、どうするの? アカツキ君」

「……今日は、ロレントのじいちゃんが、腰に効く痛み止めの塗り薬が欲しいって言ってたから、それの調合ですかね。材料がないから、山に取りに行かなくちゃならないんですけど」

「んもう……硬いわよ、アカツキくん。もっとフレンドリィにいきましょ。あたしたちはもう親子なんだから」

「だからまだだっつってんだろ!」


 幾らお隣さんだからといって、馴れ馴れしすぎるのは良くないと、一定の距離を置こうとするアカツキに対して、フランシスときたらそれはもうグイグイ来る。一定以上の好意を持つ幼馴染の親なので、無碍にもできないアカツキは対応に困るのだが、それでも距離を詰めようとするフランシスには、実は内心感謝していた。

 ところが、娘のフィオナはそうでもなかったようだ。すでにアカツキを婿認定済みのフランシスに対して、食って掛かるフィオナ。

 だが、「勝機を得たり!」とばかりに眼光鋭くフィオナを見るフランシスの顔は、それはまあにやけていた。おばさんが口に手をやり「いやねぇ」という仕草を取っている。


「あら! この子ったら、『まだ』って言ったわよ、あなた」

「え、あっ」

「……俺はまだ認めてない」

「別にいいわよ。頼んでないから」

「……」


 どこの家も、父親の扱いなんてこんなもんである。それでも、感情をぶつける相手の居なくなったアカツキは、どことなくうらやましそうだ。しかし、それに感づかれるのも、恥ずかしかったのでフィオナに水を向けることにした。


「フィオナは今日どうするんだ?」

「え? あぁ……今日も教会のお手伝いかな。神父様が子供の相手が大変だって言ってたから」

「大変そうだもんな、神父様も」


 教会とはいうが、カリーナ聖教というのが本来の名前だ。リーネット王国の南部に独立した領地をもった『国』という扱いを受けている宗教組織である。領地はただ1つ、『カリーナ総本山』。そして各地に立てられた質素な教会だけである。税制うんぬんは諸国とはまた違うが、女神カリーナの教えを敬虔に説き続ける、稀有な組織であることは間違いなかった。

 教えはただ1つ。


 ―――余裕があるなら、助けてあげなさい


 ただこれだけである。


 フィオナはそんなカリーナ聖教の『見習いシスター』の身分を持っていた。本来のシスターは教会で生活することが修行となるため、家に帰れるのは年の瀬のみであるのだが、見習いシスターは家から通うことが出来るのだ。

 遥か遠い場所にあるという宗教組織は、身柄は神のものとし、家に帰ることなど許されないということを考えれば、ありえないほどゆるい戒律である。しかし、このいかようにも取れるゆるい戒律が、大陸の信者ほぼ全てをカリーナ聖教徒であることに拍車をかけているということは、案外気づかれてはいない。


「……教えとは真逆だなぁ」

「ホントにね」


 リリューの教会に実際余裕はない。少し前に小規模だが瘴気災害が発生し、いくつかの村がダメになってしまったからである。近隣の村の中で比較的規模が大きく、余裕があったのが、アカツキたちが暮らすリリューだった。

 村長はそんな彼らを笑顔で受け入れるが、そんなにすぐに住むところができるわけではない。なのでしばらく教会で受け入れると神父様が言ってしまったのである。


「……子供とは言い切れない歳の子の視線が、イヤらしいのよねぇ」


 頬に手を当てアンニュイな雰囲気を出すフィオナ14歳。「まぁ、しょうがないんじゃね?」とは言えないアカツキ。もうすぐ成人を迎える15に満たないにもかかわらず、フィオナが装備するはち切れんばかりの胸部があれば、色々我慢している大人には目の毒だろうなと、避難民を気の毒に思う。……が、自分が好意を抱く相手にけしからん視線を送るなど許せんと、アカツキはシモが死ぬ薬の調合を決意する。

 だが、不穏な空気をアカツキが纏い始めたことに気付いたのだろう。フィオナは釘を刺す。


「……アンタ、余計なことするんじゃないわよ」

「……ちょっと、シモが死ぬ薬を食事に混ぜるだけだ」

「ダメに決まってるでしょ!」

「……これもお前の為なんだ」

「そんな悲愴な顔で言ってもダメ!」


「なぜだ!?」という顔をするアカツキに、フィオナはため息をつく。


「いいから! アンタはロレントさんの腰の薬を作るんでしょ! さっさと食ってとっとと出てけ!」


 朝っぱらからぎゃあぎゃあ騒ぐアカツキとフィオナに、「あらあら」「……俺は認めてない」とほぼ真逆の感想を持つフランシスとカイル、これが彼らのいつもの日常であった。


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