第3話 王城の控室で無常を叫ぶ

 全てが終わってしまったアカツキは、1人与えられていた控室に帰ってきた。礼服を締めていたタイを緩め、ジャケットをソファに脱ぎ捨て、乱暴に座り込む。すっと息を吸い込み、思い切りため息をついた。それはそれは辛気臭い。


「……終わった、か」


 思わず、といった感じで出た本心からの一言。フィオナからの幸せそうなあの一言は、気持ちを砕くには十分すぎた。


「私、しばらく月のものが来てないの」


 いつからそんな関係になったのかはわからない。離れてしばらくは手紙のやり取りがあったが、その頻度は徐々に減っていった。五大災害種は大陸各地に散らばって存在しているため、移動が何せ多い。だから、手紙を出す暇がないのだろうな、などとのんきなことを思っているうちに、ルシードのお手付きになってしまったのだろう。


「……結構頑張ったんだけどなぁ」


 偉業を成し遂げたフィオナの横に並んでも遜色ないように、いろいろやって来たこの2年と半年。好意を向けられたことはあった。だけど、「婚約者を待っているから」とその子たちの想いを袖にし続けてきたのだ。なのに、いつの間にか高慢になってしまったフィオナは、勇者とよろしくやっていたときた。


「哀れな道化でござ~い」


 口から出てくるのは自虐。とぼけたところで虚しいだけだった。


「ハァ……なんにもなくなっちまったなぁ……」


 ひたむきに上を向き続けたこの2年半。あちこち駆けずり回り、奇妙な弟子まで取る羽目になったり、各国各地にいろいろな知己も得られた。だけどフラれた。なんて人生。忘れてしまうしかないと分かっちゃいるが、いつまでも引きずりそうで女々しいことこの上なし。


「―――とはいうものの、弟子も取っちまったし、いろいろコネもできたし……やって来たこと自体は無駄じゃないのか?」


 結局のところ、自分が『くすりやアカツキ』の店主であることに変わりはないし、フラれたところで弟子がいなくなるわけでもない。店に来てくれるじいちゃんばあちゃんたちだって、来なくなるわけでもない。ただ―――


「将来が白紙に戻っただけ、か……」


 いつか未来を夢見た幼なじみはすでに勇者の女となり、大事に子供までこさえている。そんな状態で、瘴気をどうこうできるのかという懸念はあるが、あれほど自然体なのだ、出来る自信があるのだろう。フィオナ自身が言っていたではないか。


 ―――女神の加護を受けた者と釣り合う者などいない


 まあ、そうなんだろう。世界でたった4人の特別。王族ですら勇者たちを特別扱いだ。現にレムリア王女は、景品扱いでルシードの嫁になることになる。加護を受けていないにも拘らず。きっとおもちゃにされて、孕まされて子供が王族になってと、よくありそうな話になっていくのだろう。後世ではなんだかいい話になっていたりするに違いない。


「もやもやするなぁ……」


 なんとなく、気の置けない関係になりつつあったレムリア王女が、あんなのの玩具になることに嫌悪感を抱いていると、


 ―――コンコン


 部屋の扉をノックする音がした。






「……いかがですか? おかげんは」

「……あまりよろしくないです。というか当分は引きずりそう」

「いたしかたなし、ですわね」

「……まぁ、立ち話もなんですからどうぞ」

「これはご丁寧に」


 客観的に見れば、このやり取りとてなかなか深い関係がありそうな感じではあるが、アカツキとレムリアは断じてそんな仲ではない。


「どっかその辺座っててください。今お茶を「その必要はございません!」……いたんですか、ダリアさん」

「んまぁっ。ダリアさんだなんて他人行儀な。『ダ・リ・ア』とお呼びください、アカツキ様」

「ダリアさ「ダ・リ・ア」……ダリア、お茶は俺がいれ「わたくしにお任せくださいな」……よろしくお願いします」


 アカツキの話に、食い気味に入ってくるこの女性。レムリア王女お付きの侍女『ダリア=ルーサム』という。ルーサム伯爵の次女で、リーネット城で行儀見習いをしている。いつの間にか「初めから居ましたけど?」みたいな顔していつもしれっとレムリアの側にいるのだ。

 綺麗な金色の髪を編み込んで、仕事の邪魔にならないようにして、どうやって固定しているのかわからないプリムを装備。そばかすがやや散っているがきめの細かい白い肌は、さすが伯爵令嬢といったところか。好奇心に輝く、ヴァイオレットのくりくりおめめが、妙に印象的である。ただの作業服のはずのメイド服が、やけに豪華に見えるのは気のせいに違いない。

 相手が第一王女だというのは正直荷が重そうだと思ったが、実際には王女が翻弄されるほどのお茶目さんである。ただアカツキがそれを知ったのは、レムリアが抱える問題を解決した後。アカツキが初めて会ったころのレムリアとダリアは、とてもギクシャクしていた。今ではそれは解決しているのだが……


「あら、こんなところにおっぱいが!」

「もがが!」


 いきなり抱きついてきて、アカツキを胸に押し付けるダリア。


「あら、ごめんあそばせ。わたくしのおしりがついアカツキ様のご尊顔に!」

「むぐぐ!」


 アカツキを無理矢理ひっくり返し、わざわざ顔に座るダリア。


 などと、お茶を入れる前にわざわざ余計な性的トラブルを発生させる。ちなみにレムリアといえば、さすがは姫。ここまでできないらしく、ハンカチーフを噛み千切らんばかりに悔しがっている。

 乳、尻共に常人をはるかに上回るものを蓄えているため、アカツキはムスコの活火山化を押さえるのに一苦労する。伯爵令嬢とは思えないはっちゃけっぷりに、辟易していたアカツキだったが、たった今放たれたダリアからの一言によって、気付かされることになる。いつの間にかクールに紅茶を入れている。


「アカツキ様」

「……なんでしょ? セクハラは勘弁してほしいんですが……」

「何を仰ってるんです? もう婚約者はお亡くなりになったではありませんか」

「……それは言いすぎじゃないですか?」


 いくつかセクハラを終え、背を向けお茶を入れていたダリアは、突然首だけがこちらを向いた。「ひぃっ」とつい口から悲鳴が出たアカツキを、誰が責められよう。腰からねじれているならともかく、首こちらを向いている。その姿勢のままアカツキに言葉の刃を突きつけた、否、突き刺した。


「いいえ。フィオナ様はあのエロ勇者を選んだのです」

「がはっ」

「なので、死んだことにしたほうがいいのです。……我々のために」

「え? 何か言いました?」

「何でもございません」


 アカツキは胸を押さえ、見えない血を吐く。ビチャビチャと見えない血反吐がカーペットを浸す……ような気がする。心にダメージを負ったアカツキに、ダリアの言葉は若干聴き取りづらかった。

 未だ首だけがこちらを向いたダリア。しかし手元は狂わず紅茶を入れているのだから、無駄にハイスペックなご令嬢だ。






「どうぞ、粗茶ですが」

「「……」」


 王城に備えてある紅茶が粗茶なわけがないのだが、ツッコミを入れると面倒なことになりそうなのが見えたので、黙って飲むアカツキとレムリア。ダリアも立ったまま自分用に入れた紅茶を小指を立てて飲んでいる。もちろん座って。普通はあり得ない。ただこの人ならばたった一言で解決する。


―――だってダリアだから。


とても万能な言葉である。






「アカツキ様もこれから大変でございますわね」

「……? どういう意味ですか?」


 大変なのはアンタの相手だ、という言葉をぐっと呑み込み、聞き返すアカツキ。すまし顔でダリアは続ける。


「今までアカツキ様は、”治癒の巫女フィオナの婚約者”というのを理由に、夜這ってきた女どもを、言葉で殺害してきたわけですが」

「人聞きが悪すぎますよ」

「事実ですので……今さっき、あなたは公衆の面前でこっぴどくフラれたわけですが」

「ぐぅっ……」

「ちょっとダリア! もうちょっと言い方! そんなにホントのこと、ポンポン口にしちゃダメでしょ!」

「……」

「あっ」


 歯に衣着せぬ言い方で、アカツキを追い込むダリアだったが、フォローに回ったレムリアの言葉も、アカツキを背中から撃ち込む。わりと遠慮のない一撃に、言葉が出ないアカツキ。口の端から紅茶が漏れている。


 アカツキの持つカップに注がれた紅茶に波紋がたち始める。手元が細かく震えているからだ。やがてアカツキは俯き、前髪で表情が見えなくなる。2人は下からアカツキの顔を覗こうとするが……


「んだぁー、オラァ! そんなに面白いか! 俺がフラれんのが! えぇ!?」

「あ、アカツキ様……?」


 がばあっと立ち上がり、吠えた。ついにキレてしまったようだ。


「あぁ~あぁ~そうだよ。フラれちまったよ! とんだ道化だな! はっ! な~にが、『僕には婚約者がいるので、あなたの想いには応えられません』だぁ! 言わなきゃよかった、コンチクショウ! いっぱいいたんだ! 今まで! ぜ~んぶ断って来たのに! あんのクソ幼馴染めぇ~。カリーナ聖教のお手伝いのくせに、浮気、二股、ご懐妊ときた! 俺も手を出せばよかった!」


「くそったれが~!」と、思いのたけをぶちまけるアカツキ。いろいろと過去にあったようだが、ここで言わないほうが良かった。


「いっぱいいた……?」

「手を出せばよかった……?」


 王城の控室で、無常を叫ぶアカツキに、瞳におかしな光を宿した少女が2人ゆらりと立ち上がる。


「アカツキサマ……?」

「ソコノトコロクワシク……」

「えっ?」


 まるでアンデッドの如く、アカツキにまとわりつくレムリアとダリア。わちゃわちゃとなりながら、アカツキは正気に戻った頭で2人と出会った頃のことを思い出していた。


(……そう言えば、この2人って出会った頃はこんなに表情豊かじゃなかったな)


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