第27話 0
島村との電話を切ってから、論理爆弾が不発に終わったことを愛に説明した。だが愛は「嘘でしょ」と繰り返し、信じようとしなかった。
「はったりに決まってるわよ」
僕はその場で、コンピュータから爆弾を作動させる信号を送ってみた。
何も起こらなかった。
愛は横から手を伸ばし、送信キーを何度も無駄に押し続け、やがて納得すると、突然自分の携帯を取って島村に電話した。
「覚えてらっしゃい。あんたのところに入るのなんか、簡単なんだから。中をむちゃくちゃにしてやるからね」
愛は島村を口汚くののしり、最後に「うるさい」と叫んで電話を切った。パッチリと見開いた目尻がつり上がり、凄みのある、鬼の顔になっていた。僕は、同棲相手だった登紀子が僕との別れ際に逆上した顔を思い出した。
愛はベッドに腰掛けると、ひとつ大きく息を吸い、身震いした。「何よ偉そうに。たかが外務省に、何ができるっていうのよ」
僕は愛を見守った。見ていると、逆にこっちの気持ちが落ち着いてきた。不発の論理爆弾に替えて、空井を助ける別の方法を考えなければいけない。
「どうして気がつかなかったのよ」愛は僕をにらんだ。「キミの方ができると思ったから任せたのに、囮のシステムに爆弾仕掛けたって、しょうがないじゃないの」
「でも、ケージに誘導されたのは、愛さんですよ。あの時は愛さんひとりではしゃいでたけど、だいたい、あんなに簡単にあそこを通れるはずなかったんだ」
「キミがお手上げだったから、私がやったんじゃない。それをずっと後ろで見てたでしょ? その時、何かおかしいって、どうして気がつかなかったのよ?」
「気がついてましたよ。何か妙な感じだった」
一度静まりかけた怒りが、愛に戻った。「気がついてた? どういうこと? 知ってて言わなかったのね。おかげで百万円がパアになったじゃないの」
「言いましたよ。言ったけど、脳天気にはしゃいで、聞く耳持たなかったのはそっちでしょう」
「脳天気? 誰が脳天気よ! 空井君があんなになってる時に、脳天気でいられるわけないじゃない」
愛はふいに両手をジーンズの膝の間にはさみこんで、顔を伏せた。
「……何か考えましょうよ、別の方法を」僕は言った。
愛のジーンズの太ももに、涙がポタポタと落ち、黒い染みを作った。
「わたし、これに賭けてたのよ」愛は鼻をすすった。「もし失敗したら、捕まってもいいと思ってた。百万円は、全部カードで借りたのよ。返すのに、何年かかってもかまわない。そのかわり、空井君を、絶対に普通に戻す気だった……。そうして、ずっと一緒にいるつもりだった。天才じゃなくったってかまわない。三流のプログラマーだって、いいの。だけど……もう全部だめになった」
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