第24話 余話 其の3 とある受付嬢の受難・1

 リュウさんとアヤさんのふたりを送り出してから3日。

 直後からしばらくの間は、ギルド総帥グランドマスターからいつ問い合わせが入ってくるのかとビクビクしていたのだけれど。


 考えてみれば、依頼が出てから30年あまり。

 ……30年よ? 言葉ならひと言で済んじゃうけど、考えるとすごい期間よね? 私が生きてる期間より長いんだから。

 おっとそこ! 具体的な年数に触れるのはアウトだから。分かればよろしい。オケ?


 で、しかもその間、何度も偽物の訪問で腹を立てたって話でしょ?

 もう、わざわざ自分から依頼がどうなってるか調べたりなんてしないんじゃないかしら。


 このままふたりが何事もなく向こうに無事到着してくれれば、こっちに戻ってきたときにお金を返せば良いだけだし。

 白金貨はちょっと、うん、ちょっとだけ。本当よ? 惜しい気もするけど、グランドマスターに尋問受けるなんてのと比べればずっとましよ。


 まぁ、だから……うん、きっとそう。

 この依頼出してること自体、もう覚えてないに違いないわ。


 あぁ、なんだかものすごく楽になった気分。

 ここ数日の、胃に穴が空きそうなくらい思い悩んで怯えていた自分がバカみたい。


 ……なぁ〜んて、そんな風に考えていた時期が、私にもありました。


 ありました、ともさ……。


 ——————。

 ————。

 ——。


 朝の喧騒がひと段落つき、手隙になったお昼前。

「今頃あのふたり、どの辺かなぁ」

「ふたりって、エレンがこの前冒険者登録を受け付けたふたりのこと?」

 私が何とはなしにそう呟いていると、隣のソフィが話しかけてきました。

 ソフィは私がギルドの受付嬢になって以来、ずっと一緒に働いている同僚です。

 とても気が効くし周りへの細かな気配りもできる女性で、受付嬢としてライバルでもあったりします。

「うん、そう」

 私が頷くと、ソフィも思い出すように言葉を紡ぎます。

「髪の毛の色とかこの辺じゃあまり見ないタイプだったけど、ちょっとびっくりするくらい可愛い子だったよね。これからどんどん綺麗になるだろうし。……冒険者やらなくても、それこそ此処ここで受付嬢になればあっという間に売れっ子よね、あの子なら」

「そうよねぇ」

 私はぼんやりとソフィに応えながら、考えを巡らせます。


 ——アヤさんも確かにそうだけど、もっとびっくりしたのはリュウさんの方なんだけどね。まぁ、言えないんだけど。


 なんて考えていると、ソフィがさらに言葉を続けます。

「それに比べると、もうひとりの男の人の方は冴えなかったわよね」

「え?」

 ソフィから続けて出てきた言葉に、私は意識を引き戻されました。

 リュウさんが、冴えない男の人?

 そう言われるほどリュウさんだって悪くなかったはずだけど。

 ううん、むしろ平均よりカッコよかったよね? ごつくはないけど、しっかり鍛えてるのが分かる体つきだったし。

 決して「あのランクだから」って訳じゃなくて、周りから「新参冒険者」と見られてたとしても、十分将来性があるように見えたはず。

 ていうか、正体? を悟らせないっていうのも実はすごいことなんだろうなぁ。


 私が考えている間にも、ソフィの言葉は続きます。

「だって私、女の子の顔ははっきり覚えてるけど、男の人の方は思い出せないもの」

「そうなの?」

「うん」

 ……ちょっと、おかしくない?

 私もソフィも、受付嬢というお仕事上、多くの冒険者と接することになります。

 だから会った人なら誰でも覚えてる、という訳にはいかないけれど、それでも印象的な冒険者はしっかり記憶に残ります。

 それに、優秀な受付嬢といわれるには、相手の印象、顔、名前を早く覚えるのは必須の技能でもあります。

 自分で言うのもなんだけど、私はそれなりに頑張ってるし成績も残してるつもりです。他の受付カウンターが空いていても、わざわざ私に報告するために待っていてくれる冒険者がたくさんいるくらいに。

 そんな私がライバルと認めているのがソフィで、しかもあの時ソフィは隣にいました。

 そのソフィが、顔も思い出せない?

 考えてみればあの時、私、決定的な言葉は口にしなかったけれども、ものすごくびっくりしたし、そのせいで結構怪しい動きも何度かしたはずです。

 なのに、隣にいたソフィに全然気づかれなかったし、後から何か聞かれることもなかった。


 ……そんなこと、あり得るのかしら?

 もしかして、リュウさんが何かしてた?

 私にはまったく分からなかったけれど、なにか魔法を使ってた、とか……。

「エレン?」

 名を呼ばれて、私は再度意識を引き戻されます。

「ぁ、え、ええ。ごめんなさい、ソフィ」 

 愛想笑いを浮かべながらそう言った、まさにその時でした。

 ギルドに、ひとりの新たな訪問者が入ってきたのです。

 その訪問者は、他には目もくれずカウンターに向かって歩いてきて、そして私のいるカウンターの真ん前まで来ると——


「エレンという受付嬢は、貴様か?」


 と、訊ねてきたのでした。


 …………はっ!?

 いけない、いけない。

 唐突で意外な問いかけに思わずフリーズしちゃってました。

 いえ、いきなり私を名指しだったことにももちろん驚きましたが、それだけなら私も止まっちゃったりはしません。

 じゃあ、なぜ?

 それは、他のところに、もっとびっくりしちゃってたからです。

 そう。なんと……


 訪問者は、ちっちゃな女の子なのでした。


 その女の子は、カウンターの向こう側から——なんとか頭の上半分が見えるくらいだけど——きつい視線で私を睨んでいます。

 私は立ち上がり、彼女の姿が見えるようカウンターに乗り出します。

 そこいる女の子は——


 歳は12,3歳くらい?

 きらきらと輝くような金髪が、頭の後ろで濃紺のリボンでくくられています。

 ボリュームのある髪はとてもそれだけでは収まらず、そこから左右に分かれくるくると踊っています。

 私を吟味するように見つめるその目は、見るからに勝気そうな大きな碧眼。

 でもって鼻に引っ掛けるような丸眼鏡、あれって眼鏡としての役割果たしているのかしら?

 服……いえ、ドレスは艶々と光を反射し、一目で仕立ての良いものだと分かります。

 おまけに、この尊大な口調。

 もしかしてお貴族様——とちょっと遠慮したい考えも浮かんできますが、なによりも——


 ここまで記号の揃った幼女、本当に存在するんだ!


 決して口には出しませんが、それが私の第一印象でした。

 その幼女ちゃんは、腰に手を当て、上から覗き込むようになった私を「ふんす!」と擬音が聞こえてきそうなくらいに胸を反らしながら睨んだままです。

 う〜ん。

 さすがに、新しい冒険者の登録——じゃあないよね。


 私は努めて冷静に、優しく言葉を返します。

「ええ、そうですよ。私がエレンだけど、お嬢ちゃんはどちら様かな? どうして私の名前を知っているのかな? それと、冒険者ギルドになんの御用なのかな?」

 私の問いかけに、その幼女ちゃんは、

「チッ」

 え? 今この子舌打ちした? 私今、舌打ちされた?

「えっと、あの……お嬢ちゃん?」

「ハァ〜〜〜〜……」

 今度はため息!? しかもそんな大きな!?

「ミリアじゃ」

「え?」

わしの名じゃ! 聞いて分からんのかこの阿保ぅ!」

「ひゃあ! ご、ごめんね!? ミリアちゃん!」

 ……むむむ。

 どうして私はこんなに一方的に罵倒されて謝っているんでしょうか。

 こんな幼女に気圧されるなんて、えある冒険者ギルド受付嬢の名折れです。

 気を取り直し、私は幼女ちゃん改めミリアちゃんに尋ねます。

「それで、私になんの御用かな? ミリアちゃん」

「………………」

 私の問いかけにミリアちゃんは、しばらく無言で私を睨みつけ——

「ハァ〜〜〜〜〜〜…………」

 なんと、さらに長いため息です。

 そりゃあもう思いっきり、心底呆れた、というような。

「え〜、と……」

 私もさすがに困り果ててしまいます。

 きっとこめかみには、たらり、と汗がひと筋流れているでしょう。

「——のか」

 ぼそり、と、ミリアちゃんが不服そうに声を漏らしました。

「え?」

 反射的に聞き返す私。

 きっとこれがいけなかったのでしょうね。


 ——目の前の幼女様は。

 いえ、うん、でもね?

 ——混乱するばかりの私をよそに。

 そんなこと、分かる訳ありませんよ。

 ——こめかみに青筋を浮かべつつ。

 ええ、ええ! 分かる訳ないじゃないですかぁ!

 ——力一杯、こう叫んだのでした。

 だって、ねぇ? そんな——


「貴様はギルド総帥グランドマスターの名も覚えておらんのか! このたわけ! もうええからさっさとリュウを出せぇ〜〜〜〜!」


 ————。

 ——。


 終わった。


 さようなら、私の青春。

 さようなら、私のキャリア。





 …………こんなの、あんまりよぉ〜〜〜〜〜!!

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