第23話 エヴォリュース到着

 エヴォリュース。

 サイスを首都とし、優れた経済力を持つ国である。

 国家としては後発で、人口はさほど多くない。国全体の人口を合わせてもペリシュ王都の人口にも満たない。

 さすがに首都のサイスはそれなりに大きな、都市と呼ぶにふさわしい規模だが、国内のほとんどの領域は無人の平野と森林が占めており、町と町の距離も離れている。

 そんな国がなぜ、豊かな国になったのか。

 あるいは、なぜ、あの野心旺盛なペリシュ王国と隣接していながら攻め込まれずにいられるのか。


 それはこのエヴォリュースという国が、「冒険者国家」、あるいは「冒険と商いの国」と呼ばれることに起因しいてる。


 もともとこの地域は、貴族たちの群雄割拠の時代でさえ入植が放棄、放置されていた。

 強力な魔物が跋扈し、人間が入りこめなかったからだ。

 それを冒険者たちが長い時間をかけ切り拓き、討伐した魔物から採取した貴重で高価な素材を買い取りに、商人たちがこぞってやってくる地に育てあげたのだ。


 当然、黎明期の冒険者には相当の技量が求められ、各地からも未開の地で『冒険』するために腕に覚えのある者たちが集まった。

 年月を重ねるにつれ、上位ランクの「強者」も多数輩出するようになっていく。

 そんな上位ランクに上った冒険者が再び他国に散って行ったかというと、そうはならなかった。

 エヴォリュース以北から強力な魔物が流れ込んでくる上、それらを押し返しつつ未開の地を切り拓くという、何物にも変えがたい「冒険」の魅力があったからだ。

 結果、国内に拠点を構え続ける冒険者が多数を占め、町は次第に大きくなっていく。

 そしてついには、町の治安を維持し、さらに商人を呼び込むため——あるいは必要に迫られ——突出した人数の上位ランク冒険者を擁する国家が樹立された。

 もちろん、その際に冒険者ギルドの総本部がこの地に据えられたことも大きく影響している。


 国の成り立ちからして、まさに冒険者の、冒険者による、冒険者のための国。

 自身の中にある冒険者としてのプライドを刺激し、満たしてくれる国。

 冒険者にとっての心理的な母国。憧憬の国。

 そして、「強者」の国。

 それがエヴォリュースなのだ。


 ——切り拓いたとはいっても、町は広大な土地に点在する程度である。

 爆発的な人口の増加はなく、並外れて堅固な防壁で固められた町が、冒険者の、あるいは交易に訪れる商人の拠点として各地に点在している。

 手付かずの自然には他国と比して強力な魔物が数多く生息しており、町と町をつなぐ街道を行き来する商人には腕の立つ護衛が必須だ。

 この地を行き来するには、魔力を扱えること、あるいはそうした護衛を雇えることが他の国以上にシビアに求められる。


 それでもエヴォリュースの町には、商人にとって決して安くない依頼料を支払ってでも訪れる価値、見返りがあった。

 往路はエヴォリュースの特性上どうしても不足する農作物と酒を持ち込み、復路では強者が採集してくる強力な魔物の素材を持ち出す。

 片道が空荷になるような無駄もなく、持ち込んだ食物はこの国では持ち込めば持ち込んだだけ売れる。そしてエヴォリュースで入手できる素材は、強力な魔物から採れたレアな素材が多く、しかも他国で買うよりも安価に入手できるのだ。

 ギルド総本部の存在による冒険者の意識の高さ、素行の良さも好ましく、戦闘経験も豊富な冒険者を護衛として雇えるのも大きい。往復とも確実にエヴォリュースの冒険者を雇うため、拠点をエヴォリュース側に置く商人も増加しているほどだ。


 冒険者には、未知に挑む冒険と、莫大な報酬と、自らのプライドを。

 商人には、安心、安全、貴重な商材を安価に、そして多大な利益を。


 両者に互恵関係と莫大な恩恵をもたらすエヴォリュースである。

 そんな国に侵攻するなど、彼らに喧嘩を売るようなものだ。


 決して大げさではなく、これはある意味、世界の常識のひとつになっている。

 たとえ貴族や王族といえど、この二者に揃って背を向けられては、下手をすれば国の存続を危うくする事態を招きかねないのだから。


 そもそも、この世界は魔力量によって個人の「性能差」が強烈だ。「戦術が戦略を崩壊させる」存在が何人もいるかもしれない国に攻め込むなど、並みの国には恐ろしくて出来る訳も無い。それこそ、「勇者」のようなジョーカーが手札になければ。

 むしろ、「強者」を多数有するこの国が、「冒険者」という、権力を好む傾向の少ない、むしろ権力を嫌悪する者たちで構成されていることに、他国は胸をなで下ろしている状況でもある。


 かくして、エヴォリュースという国は他国からの侵攻を受けず、その上で各国、各都市の冒険者ギルドにある程度の独立性をもたらしているのである。


 ——こうした成り立ちを経た結果として、エヴォリュースの町に住む人々に開拓以前からの土着の者はなく、冒険者、あるいは商人が町の発展とともにそこをついの住処とした者たちがほとんどだ。


 そして、このことが、エヴォリュースという国が、この世界において非常に稀有な、貴族による支配という制度を採らない「合議制国家」を築き上げるいしずえとなった。


 では、執政を行うのは誰か。

 当然、冒険者ギルドである。


 正確には、冒険者ギルドと商人ギルドから選出された代表たちによる合議制だ。

 しかし、現状は冒険者ギルド——というよりもサイスの冒険者ギルド長、つまりギルド総帥グランドマスター——が強権を持ち議会はそれを追認するという状況となっている。


 日本社会の常識から見れば、結局はグランドマスターによる独裁体制にもなりかねない危うい状況にも見える。

 しかし、力で全てを勝ち取ってきた冒険者と、取り引きでのし上がってきた商人という、両極端な者たちの寄り合いである。無益で無意味な対立を防ぐにはある程度の集権も致し方なし、というところだろう。

 ただ、商人たちは、多少素材の仕入れ値が上がろうが他国で十分な利益が出せる。

 冒険者たちにしても、商人は素材の引き取り手であるとともに、貴重な農作物と酒の運び手なのだ。

 いくら肉類は自給自足できるとはいえ、他の食糧事情の大半を商人たちに頼らなければならない。

 これがこの国の何よりの泣き所なのだが、そのおかげで脳筋冒険者が暴走することがなく、程よく釣り合いが取れているともいえる。

 このような双方の利益のバランスを擦り合わせ、治安維持を主とした貴族支配制の国よりもはるかに低率な徴税という小さな政府の運営により、非常に不満の少ない執政となっているのが現状である。



「——と、エヴォリュースについてはこんなところだ」

 私の一通りの説明を聞き、あや

「結構進んでる国なんだね」

 と感想を口にする。

「政治の仕組みとしては進んでいるともいえるが、冒険者と商人ばかりの国で、人口が少なく平民の村が無いから出来る形態だな。そこに暮らす者が自衛のすべを持ち、一方的な搾取が出来ないからこそ、需要側と供給側が対等な資本主義、擬似的だとしても民主制が成立する」


 なぜこのような話をしているかというと、私とあやのふたり、特に問題もなく国境を越え、エヴォリュースのサイスに到着したからだ。

 今はちょうど宿を確保し、ギルドに到着したところである。


 サイスでいちばん巨大な建物がギルド総本部だが、冒険者の利用するギルド自体はそれに隣接したほどほどの大きさの建物である。当然ながら、私たちが入るのも総本部ではなく冒険者ギルドだ。


「うわぁ。ガラスだ。しかも自動ドア!」

 その入り口前で、あやが驚きの声を上げている。

 ギルドの入り口はあやの言葉通り、ちょうど腰のあたりから上半分ほどが大きなガラスの嵌め込まれた自動ドアになっていた。

 人の検知は足元で感圧、ガラスも全面ではなく一部——と、日本と比べるとデチューンされているものの、いずれにしろこの世界では初めてお目にかかる代物だ。あやが驚くのも無理はない。


 開いたドアから、ふたり並んで足を踏み入れる。

 中の作りは基本的に王都のギルドと共通だ。パーティーで相談できるようなラウンドテーブルと椅子のセット数組、奥にカウンターが見える。

 清潔に保たれてはいるが、強力な魔物が多いため、総本部のある都市のギルドとはいっても実用性を重視した無骨な造りになっている。

 日中で混み合う時間帯ではないはずだが、それでも賑わいがある。

 新顔の私たちが気になるようで、向けられる視線も多い。

 やはりあやの容貌に魅入られている者が結構いるが、これは仕方のないところだ。しかし見るからに卑俗な視線を向けてくる者は少なく、これは全体にランクの高い冒険者が多いということなのだろう。

 そんな中、私たちはカウンターに向かって歩みを進めていく。


 私が訪れたことで、「尋ね人の依頼」は無事完了となるはずだ。

 あやはもちろん、私もギルドカードを提示しない訳にはいかない。

「さて、エレンには余計な騒ぎにならないよう伝えてくれるよう頼んでいたが……」

 彼女を信じつつも、不安を完全に取り除くことはできずそう呟いた、まさにその時。


「あ〜〜〜〜! リュウさん! アヤさん! やっ……ときたぁ〜〜〜〜!」


 フロア中の視線を一身に集めるほどの、大きな叫び声が響き渡った。

 私たちも、その声の主——カウンターの向こう側で椅子を倒しながら立ち上がり、こちらを指差す受付嬢——に視線を向ける。

 そこには……


「エレンが、なぜここに?」


 ————。

 ——。

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