第18話 冒険者ギルドにて -2-

 ――――。

 受付嬢の話は、ギルドの制度についての説明に移る。


「まず依頼についてですが、あちらに見える掲示板に、依頼票を貼り出しています。まず見ていただきたいのは各依頼票の右下で、赤か青の印が押されています。赤の印は1パーティーのみ受付の依頼なので、そのまま掲示板から依頼票を剥がして受付に持ってきてください」

「青の印は複数パーティーを募集している依頼になります。これは、印の横に数字が書かれてますので、受付でその番号の依頼を受けたいとお伝えください」


 ——ちなみに、この世界の識字率はかなり高い。

 事前にアヤにも確認したが、

「あ、大丈夫です。基本的にローマ字でしたから……」

 との回答だった。

 そうなのだ。言語が日本語であり、文字はアルファベットでローマ字表記なのだ。数字も10進法のローマ数字となっている。

 要は、「KAKIKUKEKO」、「1、2、3」である。なんとも都合のいい話だが、これはもう「そうですか」という他ない。昔召喚され英雄となったのであろう日本人に感謝するのみだ。よくぞ広めてくれたと。

 とはいっても、では計算は? と聞かれれば、九九さえもなく日本と比べると惨憺たるものなのだが。

 この辺りは、大衆があまり教養を身に着けることを良しと思わなかったのちの為政者がわざと広めなかった可能性も……という考えも浮かんでくるが……これこそ邪推か。


 受付嬢の話は続く。

「カウンターで手続きが完了すれば、そこで初めて正式に依頼を受けたことになります。手続きをせずに依頼票を持ち出すと、たとえ達成条件をクリアして戻ってきてもその依頼を達成したことにはなりませんし、加えて罰金が科されます」


 これは当然だろう。

 基本的に早い者勝ちではあるが、だからこそ秩序を守らなければ大きな混乱を招くのだから。


「討伐、採集、護衛……依頼は様々な種類がありますが、討伐は達成条件とされた獣や魔物の討伐証明部位、達成条件になっている部位——お肉とかですね——を持ち帰ることで達成となります。採集は、当然ながら採集物を持ち帰ることで達成となります」

「護衛など、依頼者と一緒に行動する場合は、お渡しする依頼票の写しに依頼者のサインをもらってギルドに提出することで達成となります。街から街への移動時の護衛の場合は、行き先にあるギルドで依頼達成の報告が可能です」


「ギルドでは、依頼者から依頼を受け付ける際に、達成難易度を推定して依頼をランク分けしています。下位から順番に――F、E、D、C、B、Aの6段階になります」

「加えて特殊ランクとしてSランクがありますが、これは災害指定クラスの魔獣討伐など『偉業』レベルですね。そうそう出ることはありません。A、Bランクも達成するのはかなり難しいものとなりますし、数も限られます」


 ここで一旦話を止め、受付嬢は私とアヤを一瞥する。

 私は彼女の視線を受け止め、頷いて先を促す。アヤも同様だ。

 私たちが話をしっかりと聞き理解しているのが分かったのだろう。受付嬢は満足したように頷き返し、説明を再開する。


「そして、登録された冒険者の方にも、同様のランク付けがなされます」


「これは、冒険者各人が、依頼内容が自分に達成できるものなのかどうかの判断基準となります。基本的には、自身に与えられたランクと同じランクの依頼を選べば失敗しにくく、かつ自分の腕に見合った報酬を受け取ることが出来るとお考え下さい」

 そう言いながら、受付嬢は私たちの顔を窺いつつ、こう付け加えた。


「ランク付けされるのはあまりいい気はされないかもしれませんが、ランクアップが冒険者のモチベーションにもなっているのですよ?」


 新参者の気持ちを慮った気遣いである。

 申し訳なさそうな表情を浮かべたあと、ごめんね、という表情で笑みを浮かべる受付嬢。

 これまで数え切れないほど繰り返してきた経験の積み重ねであろうが、この気遣いと笑みに新人冒険者が情にほだされるのも理解できる。

 間違いなく、この硬軟織り交ぜた巧みな話術は、受付嬢が総じて見目麗しい容姿の女性ばかりということと合わせ、男性比率がかなり高い冒険者をギルドという枠組みに縛る手段として用いられているのだろう。

 ――男は単純、とギルドに確信されているようで微妙な気もするが、それはさておき。

 受付嬢の話はさらに続く。


「それに、冒険者として経験を積んでランクを上げていけば、指名依頼が入ることもあります。名指しの依頼なので取り合いもなく、かなりの好条件で出てくることがほとんどです。何より、指名依頼が来るというのは、ある意味冒険者として認められたというステータスにもなります」


「なるほど。確かにそれは自慢できそうだ。……ちなみに、各ランクの人数の大体の割合は教えてもらえるのかな?」


「はい、およそなら大丈夫です。E、Fランクが全体の4割、Dランクが3割、Cランクが2割で、A、Bランクが1割といったところですね。Dランクになれば一人前、Cランクなら中規模ギルドのトップクラスになります。小さな町のギルドにはCランクより上の冒険者が不在というところも結構あります」


「ちなみに、冒険者のランクにもSランクは存在しますが……Sランク依頼を複数回達成して生き残った冒険者しか認定されないそうですから——」

「気にしなくていい、と」

「はい。——冒険者になったばかりの今は、と言っておきますね」

 笑顔でこくりと頷く受付嬢。言葉を付け足すことも忘れない。


 これで一般的な説明はひと段落したようで、

「なにか質問や気になることはありますか?」

 とこちらに訊ねてくる。

 では――


「自分のランクより上のランクの依頼を受けることはできるのか?」


 私の質問は「ありがち」だったのだろう。

 こういう質問をしてくるのは、腕っぷしに自信をもって冒険者になりに来た跳ねっ返りか、実際に実力のある者か。

 私がどちらに見えたのかは定かではないが、受付嬢はちょっと釘を刺すように厳しい表情を造り、注意しなければならない点を指摘する。


「依頼者が冒険者のランク指定をしていなければ、上位ランクの依頼を受けることは可能です。急ぎではない依頼にはそれなりに見られますね。ただ――」

「ただ?」


「特に同時受付が1パーティーに限定されている依頼は、ほとんどの場合、失敗すると違約金が発生します。そのパーティーが失敗するとその分依頼の達成が遅れてしまう訳なので。特に高ランクの依頼には高額の違約金が発生することがままありますので、金銭的にあまり余裕のない下位ランクの冒険者がいたずらに上のランクの依頼を受けて失敗すると……違約金を払えず、そのまま借金奴隷にということもありえます」


「なるほど……そこは自己責任、自分の実力も分からずに欲をかきすぎる奴はギルドも面倒見きれん、ということだな」


「まぁ……そうですね」

 露骨な言い様に苦笑する受付嬢だったが、ちょうどその時、彼女の手元に小さな魔術具が届けられた。


「ギルドカードの発行準備ができたようです。魔力と血液の登録が必要になるので、ちょっとちくっとしますけど協力してくださいね」


 魔術具に触れながら魔力を流し、血液を一滴、カードに垂らして登録することでカードが本人専用に登録されるというものだ。

 カードと同時に、ギルドの冒険者情報をすべて統合し共有している魔法具にも登録される。


 ……と、ここで。

 私は、先ほどアヤが金貨を出したことで言いそびれてしまっていた「あること」を確認しなければならない。

 できれば有耶無耶にしてしまいたいものではあったのだが……。


 私は受付嬢に話しかける。

「すまない、この段になってで申し訳ないんだが、いくつか訊ねたい」

「大丈夫ですよ。なんでしょう?」


「登録された情報に、有効期限はあるのか?」

「カードの有効期限、ということでしょうか。それでしたら、一定期間依頼達成の記録がつかなければカードは無効になります。下位ほど期間は短くなりますが、Fで月に5回、Eで3回。Dになると2か月に1回、同クラスの依頼を達成していれば大丈夫です」

「まぁ実際には、この回数だと冒険者のみで生きていくにはきつい収入になるので廃業する方以外はクリアしている回数ですね」


 必要なことを簡潔ながらも補足しつつ答えてくれる受付嬢に、さらに訊ねる。

「上位は?」

「上位は、A、B、Cがそれぞれ3年、1年、半年です」

「……Sは?」

「ええと、Sは、確か――無期限です。ある意味、名誉クラスとも言えますから」


「カードを失くした場合は?」

「ギルドに最後の登録情報は残ってますから、再発行になります。この場合は、銀貨7枚の再発行料金がかかります。情報を管理している魔法具はもちろん、カードも本来は銀貨1枚で買えるようなものじゃないんです」

「他の何よりも確実に本人証明になるものなんだから、それもそうか。最初の銀貨1枚は、門戸の解放と期待も込めた値段、ということか」

「そうですね。無効になっただけなら銀貨1枚で有効に戻すことができますが、ランクがひとつ下がります。どのランクでもそうなるので、どちらにしてもかなり厳しいペナルティですよ?」


 ふむ。

 となると――


「では、カードの期限ではなく、ギルドに登録された情報自体は、どのくらい前から残ってるんだ?」

「それは……私の知る限り、ずっと――です。ギルド発足と同時に魔法具も導入されたと記録がありますので、多分最初からじゃないかと。少なくとも、数百年分はあるんじゃないでしょうか」

「そうか……そうか……」

「どうかされましたか?」


 ……これは、どうにもならなさそうだ。


「リュウさん?」

 受付嬢に加え、歯切れの悪い私の態度に、アヤもこちらを気遣い窺うような視線と言葉を投げかけてくる。


 仕方ない。

 あまり使いたくはなかったが、の伝手に頼るしかないか——。


「受付のお嬢さん、君の名を教えてもらっても?」

 顔を上げた私からの唐突な質問に、受付嬢は驚きつつも答えてくれる。

「え、ええ。私の名は、エレン、です」


「では、エレン」

 いきなり名を呼ばれ、エレンは警戒しつつも返事をしてくれた。

「は、はい」

「君を信用してのお願いだ。――実は、私はすでにカードを持っている」

「え?そうだったんですか?――じゃあ、銀貨1枚お返ししないと――」

「あ、あぁ。それはあとでアヤに返してやってくれ。そして、君個人に、これを受け取って欲しい」

 私はエレンの手のひらに硬貨を1枚乗せ、握りこませる。

「っ!し、しろ――っ」

 掌の内の硬貨を見て危うく大声を出しかけたエレンだったが、私が自分の唇に人差し指を当てて制することでなんとか踏みとどまってくれた。

「勘違いしないでくれ。賄賂ではない。『ギルドのエレン』にではなく、エレン個人に対しての口止め料だ」

「そして、ひとつ依頼を受けたい。もちろん口利きして欲しいとかじゃなく、普通に出ている依頼をだ」

 固まっているエレンにそう伝える。


 それと――。

 今度はアヤに視線を向ける。

「すまない、アヤ。目的地をエヴォリュースのサイス市にしたい。隣の町ではなく、国を移動することになる。勝手に決めて申し訳ないのだが、構わないだろうか」

「は、はい。私は土地勘も無いのでリュウさんの希望があるならそれで構いません」

 アヤは特に何か不満を言うこともなく頷いてくれる。

「すまない、恩に着る」


 ……アヤがこう答えるしかないであろう状況を分かっていながら尋ねるのだ。

 申し訳ない気持ちでいっぱいではあるが、今回は仕方ない——そう自分を納得させる。


 再度エレンに向き直り、訊ねる。

「エレン」

「は、はい」


「30年ほど前から、ずっと未達成のままの依頼があるはずだ。達成報酬は銀貨1枚。額が少ない上に情報もほぼ皆無。正直誰も見向きもしないだろう依頼だ。ただ、依頼人が――」


ギルド総帥グランドマスター!」

「っと。知っているのか。さすがだな」

「いえ、というかあれは……」

「どうした?」

「どこのギルドでも尋ね人の依頼票をまとめたファイルのいちばん古いところに閉じられてますから……新人としてギルドに入ると、どんな依頼があるか、やっぱりみんな最初にファイルを見るんです。受付の仕事をするなら、誰でも不思議に思いますよ」


 手の内の硬貨が気になるのだろう。

 そわそわしながらもエレンは教えてくれる。


「掲示板でも隅っこの方とか、目につきにくかったり手の届かないような所にずっと貼ってありますし、ギルドによっては剥がれても気づかないなんてところもあるそうです。いたずらだと間違われて捨てられる時さえあるとかで——」

「しかも、当時そのことを先輩に聞くと必ず渋い顔されたから、どうしても記憶に残っちゃったんですよね」

「渋い顔? ……それはまた、どうして?」


「その依頼、『グランドマスターの憂さ晴らし』って言われてるんです」


「……なんだそれは?」

「報酬は安いんですけど、探し人ですから依頼の達成はグランドマスターが直接確認します。だから、依頼を達成する気なんて最初からなく、ギルド総帥グランドマスターという立場ある人物に渡りをつけたいだけという不埒な考えの者も出てくるんです。それで、偽物を立てて会いに行った人たちみんなが――」

「?」

「激怒したギルマスに、【語尾に『にゃ』がつく呪い】をかけられて帰ってくるという依頼なんです……男女関係なく」

「うわぁ……」

 ドン引き——もとい、微妙な表情になりつつ、アヤが思わず声を漏らす。


 なにバカなことをやってるんだあいつは……。

 思わず漏らしそうになった呆れを私は飲み込む。


 エレンはといえば、神妙な顔をしてその依頼の内容を思い出しているようだった。

 そして、

「確か、尋ね人の名前、は……っ!?」

 どうやら思い当たったらしい。

 奇怪なものを見つけたとでもいうような視線をこちらに向けたエレンに、私は頷き、告げる。



「その依頼を受ける」

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