第17話 冒険者ギルドにて -1-

 盾の前で交差する剣と杖。

 シンプルだが、「いかにも」な紋章の描かれた看板が掲げられた建物が目の前にある。


 冒険者ギルド組合だ。


 私とアヤは、両開きの扉が解放されたままになっている入り口から脚を踏み入れる。

 中は結構広くラウンドテーブルと椅子が数セット設置されているが、それでも余裕をもって行き来できるだけの余裕がある。

 入り口正面から幅広く確保された通路のいちばん奥にカウンターがあり、カウンターの向こう側には受付嬢が数名、等間隔で配置され冒険者を待ち受けているのが見える。

 右の壁には大きな掲示板が据え付けられ、おそらくは依頼内容が書かれているであろう羊皮紙が数十枚貼り付けられている。


 冒険者らしい者たちはそれなりにいるし依頼も豊富にあるようだが、その装備は店売りの数打ちばかりで、使い込まれた様子もない。顔にあどけなさを残す若い――言ってしまえば新人――冒険者がほとんどだ。

 これは、さすがに王都の面目もあり、近郊の危険な生物が軍によってほぼ駆除されているのが大きな要因になっている。

 軍が動くことによって、せいぜい食肉の確保といった、軍が見逃す「狩り」程度の依頼しか出てこないのだ。

 そのため、冒険者として登録して間もない新人が受ける「街の小間使い」的な依頼がほとんどになってしまう。

 結果として、初心者ノービスから脱したと感じられる程度に経験を積んだ者、あるいは腕っぷしに自信のある者は、より報酬額の大きな依頼――つまりはより危険な依頼――を求め王都を出ていくのである。


 もちろん、中には王族や高位貴族からの依頼も少数出てくるのだが、そんな依頼を駆け出しの冒険者に任せる訳にはいかない。

 そこでそういった依頼を狙う上位の冒険者も王都には滞在しているが、こうなると依頼は「量より質」である。

 報酬も巨額であり、準備の時点から慎重さが求められるので依頼の受諾から達成までにそれなりの期間を要する。

 依頼主の社会的地位を考えると、失敗して顔に泥を塗る訳にはいかないのだ。

 確実な依頼の達成はほぼ義務と言ってもいい。

 自然、ギルドに顔を出す頻度も減り、このギルドで「初心者」が目立つことに拍車をかけることになる。


 ――カウンターに向かって歩いていると、こちらに視線が集まるのを感じる。

 敵意、という訳ではなく、興味からの視線だ。

 というよりこれは……アヤへの視線が多い。


 私は魔力を外に漏れださせるようなことはしないし、アヤも十分に抑えられている。

 他人の魔力を感じ取るような体質、能力を持っていれば別だが、私たちがその持っている魔力によって目を引いてしまうようなことはない。


 なので、視線が集まるのは、アヤの整った容貌に対して――のようだ。

 これはある意味仕方ないとも言える。

 彼女が視界に入れば、可愛いから美しいへと移り行く少女の魅力的なおもてを、誰もが思わず目で追ってしまう。

 この国ではめずらしい、艶々つやつやと流れ輝く黒髪に目を奪われる者も多い。

 幸いなのは、ふたりともローブを羽織っていたために、すらりとしつつも女性らしい曲線を描くアヤの身体に不躾な視線が絡みつかないことか。

 もっとも、俯き加減でもシャープな輪郭を失わず、凛々しさをも感じさせる彼女のあごのラインは、スタイルの良さを感じさせるに充分ではあるのだが。


 そんな視線を受け流しつつ、私たちはそのまま左端のカウンターまでたどり着き、対面に座る受付嬢に話しかける。


「新規にギルドに登録したいのだが、ここでいいだろうか」


 私の問いかけに受付嬢は、

「大丈夫ですよ。ちゃんとこちらに来て下さってありがたいです。中にはドカドカ入ってきて、そのままど真ん中で長い時間邪魔になってることに気付かない新人さんもいるんですよ。だから、あなたたちは第一印象とっても良好です!」

 そういいながら、茶目っ気を感じさせる笑顔を向けてきた。


 新たな「初心者」の緊張を和らげるような笑みに親しみを感じさせるとともに、相手を見極めようとする油断のならない優秀さも漂わせる。そんな受付嬢である。

「それは良かった。よろしくお願いするよ」


 ――初手のやり取りには満足してくれたようだ。彼女は早速、新規登録の手続きにかかる。

「冒険者登録にはひとりにつき銀貨1枚かかりますが、よろしいですか?」

 受付嬢が訊ねてきたので「もちろん大丈夫」と答えようとした瞬間――

「あ! 登録料は私が出します!」

 アヤがいきなり話に割り込んでくる。

 彼女が何をしようとしているのかを理解した私は、

「待てアヤ――」

 止めようとしたが……遅かった。


 おそらく、宿代の話が出てから気にしていたに違いない。

 アヤは、握りしめていたをカウンターの上に、ぱちん――と置いた。


 金貨。

 ——つまり、「10万エン」である。


 幸いだったのは、受付嬢はギルド勤めという職場の特性上、金貨を目にすることにある程度慣れていたことだ。

 彼女は驚いて大きな声を出すことなく速やかに金貨を引き取り、むしろ声を抑え周りに聞こえないよう

「……お預かりしますね。――お釣りは銀貨8枚です。お確かめください」

 と冷静に返してくれた。


 私はアヤに声をかける。

「アヤ」

「はい?」

「新参の冒険者が、必要以上に目立つのは控えた方がいい」

「?」

 言われたことの意味が分からず、アヤは、え? という表情で私を見ている。


 ……こういうところから、だな。

 これもちょうどいい勉強になる。 


「成人して間もないであろう年齢の、初めてギルドに登録に来た新人がいきなり金貨を出すのはかなり目立つ。大金を持っていることを知られるのも良くない。それにアヤは品のいい顔立ちをしているから、『貴族様のお遊びか』などと邪推されると後々の行動に面倒や不便が出てくる恐れもある」


「もしもこれが街中の屋台だったら、釣りを用意するのも簡単じゃないし、かなり目立ってしまっていたぞ。無用のいざこざに巻き込まれる原因になる」


「あ……ごめんなさい」

 しまった、とアヤは口を押さえたあと、謝りつつしょげかえってしまう。

 まぁ、ミスはミスである。

 とはいってもだ。

 気合いを入れなおしての一発目が失敗では、これから萎縮してしまうかもしれない。


 ふと視線を横にやると、受付嬢が苦笑しているのが目に入る。

「これからは気をつけよう。アヤなら大丈夫だ。それに――」

 ――この受付嬢なら、協力してくれるだろう。

「今回は運がよかった。冷静な受付のお嬢さんに感謝だな」

 そういうと、カウンターの向こうから、

「貸し、ひとつですからね」

 受付嬢がアヤに冗談交じりに微笑みかけてくれる。


「……ありがとうございますっ」


 つられて照れ笑いするアヤに私もほっと息をつき、受付嬢に会釈で頭を下げる。

 彼女もそれを汲み取ってくれ、笑顔で応えてくれたのだった。

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