旅立ち
第16話 道すがら
宿屋を出た私とアヤは、ギルドに向かって歩いている。
ふたり並んで歩いていると、アヤが問いかけてきた。
「あの、リュウさん」
「ん?」
「お金のことなんですけど……宿代とか全部出してもらってて……」
慌ただしい状況が落ち着くにつれ、気になりだしたのだろう。話題は、私が二人分さっさと支払ってしまった宿代や食事代についてだった。
実のところ、手元――正確には収納空間内――には十分な量の貨幣があり、加えて、換金すれば莫大な金額になるであろう資材や宝石も入っている。
それこそ、アヤが独り立ちするために必要な事柄のうち、資金についてはここから融通しても微々たる目減りも感じない、と言えてしまう程度に。
――アヤにとっても、金の問題はすぐにさして重要ではなくなるはずだ。
彼女が自身の力をしっかりと把握し引き出せるようになれば、冒険者として上位に
もっとも、だから金銭の扱いにだらしなくなってもいいという訳ではないので、今の考え方さえ持っていてくれればそれで問題ない、というところだ。
「ああ。気にしなくていい。といっても、アヤもこれから暮らしていく資金は自分で稼がないとダメな訳だが……そう言えば、アヤ」
私はアヤの問いにひと言で答え、そのまま話題を変えにかかる。
「……ありがとうございます」
アヤもこの件については譲り合い押し付け合いのになりそうだと感じたらしく、戸惑いつつもぺこりと頭を下げる。
「――それで、えっと、なんでしょう?」
歩きながらの会話だということもあり、すぐに頭を上げ私の隣に並びなおした彼女は、今度は私の質問を聞く体勢に入った。
「城で暮らしていたなら、自分で金を使ったことはほとんどないんじゃないか?」
「……そうですね。一応、いくらかは持っておけって金貨の入った袋を渡されたんですけど、結局自分でお金を使ったことはないです。外に出た時も、そういったことは全部周りの人が準備してくれてたので……」
やはりな、と私は内心で頷く。
しかし、金貨のみ、か。近くにいたのが王族でもあるし、仕方ないか。
この分では貨幣の価値基準も恐らく説明されていないだろうな。
「では、歩きがてらこの世界の貨幣について説明しようか」
「お願いします」
「まず貨幣の種類だが、下から
「ただ、街中での普通の生活では金貨はあまり、白金貨はほぼ使う機会はない。それだけの額を扱うとなるといずれかのギルドに所属してカードを使った方が安全だからだ」
「え……」
アヤの口から小さな声が漏れるが、私は話を続ける。
「端数は売り物の数を調整して硬貨に合わせるのが基本だ」
「硬貨の種類が少ないからというのもあるが、こちらの世界は識字率が高い割に、日本に比べて教育水準はかなり低い。だから、いちいち細かく計算するよりも、青銅貨何枚、銅貨何枚、と勘定するのが一般的になっている」
「一応、前に話に出たように『エン』という単位はある。が、多少上品なところでも、直接値段を伝えるのを嫌って同じようにしている所が多い」
「現状で『エン』という単位を使うのは、商人や貴族たちの帳簿上くらいかもしれんな」
「物価は……これまた都合のいい話だが、日本とさほど変わりない。一応説明すると、青銅貨が100エン、銅貨が1,000エン、銀貨が10,000エン、金貨が100,000エンとなる。白金貨は1,000,000エンだ」
「――ちょ、ちょっと待ってください、リュウさん」
と、説明していると、珍しく途中でアヤが割り込んできた。
「どうした?」
「リュウさん、宿で金貨出してましたよね?」
「ああ」
「それって、あの宿って、すごく高いところだったんじゃないですか!?」
「まぁ、上級に近い冒険者か貴族が使う程度の宿ではあるな。じゃないと、部屋にまともな椅子やテーブルがあるところなんて少ないんだ。落ち着いてふたりで話し合いができる場所が欲しかったからあの宿にした」
「なるほど……じゃなくて! そんなにお金出してもらってたなんて――」
今度は食い下がってくる。
金貨が10万エンと聞き、日本で暮らしていた時の物価感覚に照らし合わせ気が
「気にするなと言っただろう? アヤはこれから大変なんだ。金があればあるほど楽になる、というのはどの世界でも変わらない」
「でも……」
「そんなに気になるなら、しっかり稼いでから美味いものでも奢ってくれ」
「う~~……わかり、ました……」
渋々そう答えるアヤ。
そんなアヤを眺めながら、フォロー……という訳でもないが、私は言葉を付け足す。
「それに、だ」
「?」
「確かに金も必要だが、アヤにはこの世界での知識、常識を身につける方がもっと重要だ」
――と、会話に区切りをつけた頃合いで、ちょうどギルドの建物が見えてきたのだった。
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