第14話 これから -2-

 しばらくの間、アヤと一緒に行動することが決まった。


 当面は、アヤがこの世界で生きていくための知識と資金を獲得することが目的となる。

「では、だ。アヤ。提案なんだが――」


「王都にいるうちに、冒険者ギルド組合に入ってしまわないか?」


「冒険者ギルド――ですか?」

「前に話しただろう? 冒険者という職業があって、それが冒険者自身にとっても貴族にとっても利があると」

「はい」

「だが、依頼を出すにしろ受けるにしろ、双方が個別に探して回るのは手間がかかりすぎる。そこで作られたのが冒険者ギルドだ」

「――いちいち面倒だから以後は『ギルド』ということにしよう。この方が一般的だしな」


「ギルドは国や貴族、町や村からの窓口となり依頼を受け付ける。で、ギルドに登録されている冒険者に仕事として依頼をあっせんする。その際、ギルドは依頼報酬からいくらかの手数料を取って運営資金に充てる。これが基本的なシステムだ」


「依頼者にすれば依頼相手を自分で探す必要がない上に、依頼の内容に合った金額の目安を提示してもらえ、しかもその内容に見合った冒険者が集まるから依頼を、ひいては目的をかなえやすくなる」


「冒険者は、手数料がかかる分報酬は減るが、自分で依頼を探すよりはるかに効率がいいし、自分の腕に見合った仕事を適価で請けることができる。win-winな関係、というやつだな」


「で、だ。この冒険者ギルドに登録すれば、『ギルドカード』が発行される。商人なども同じようにギルドを作っているが、簡単に言えば『これを持っている人はうちのギルドに登録してますよ』という証明書だ」


「冒険者は、一か所に拠点を設けて稼ぐにしても、その町を頻繁に出入りする。場合によっては、いろんな都市や村を渡り歩く機会も多い」

「しかし、町や村にしてみれば、本人がいくら自分は冒険者、あるいは商人だと言っても、強盗や詐欺師じゃないなんて見て分かるものじゃない。だから、当然そんな輩を簡単に出入りさせる訳にはいかない」


「そこでギルド証だ。ギルドは、魔術によってギルド証の持ち主情報を統合して共有しているんだ。犯罪者として手配が回れば、どの町に行っても本人とカードを門の魔術具に触れさせた時点でバレる。血液と魔力を登録するから、他人のカードを使うことも二重登録も出来ない。身分証として信用されるのも納得だろう?」


「あともうひとつ。他人が使うことが出来ず、魔術によって日本でいう『オンライン』で情報の共有をしている。そして、依頼によっては報酬も相当の額になり、現金の持ち運びにはいろんな面倒や危険が発生する。という訳で――」

「まさか、キャッシュカード?」

「そうだ。おかしな話だろう?魔法によって社会や文明の発展が阻害されると同時に、ある意味向こうの現代社会並みか、それより進んでいる面もあるんだ」

「へぇ~~」


「という訳だから、街中にいる今のうちにギルドに加入してカードを作ってしまおうと思うんだ。カード無しで町を出入りするのは面倒だからな」


「……あの、リュウさん」

 大方説明を終えたところで、アヤが申し訳なさそうにちょこんと手を上げる。

「なんだ?」


「そのギルドカード? を使うと、国や貴族に居場所がバレませんか?」


 考えてみると当然の危惧なのだが、よく気づいたものだ。

 これも話をしっかりと考え、理解しながら聞いてくれている証左だろう。


「いい質問だ。――国を跨いで存在していることや、冒険者をスカウトしようとする国や貴族への公平性を保つという名目で、ギルドはある程度の独立性は持っている」

「……とは言っても、まぁ、これは建前だ。当然、金を出して依頼するイコール出資者スポンサーだから、大口な相手ほどその意向を無下に出来なくなるのは仕方ない」

「もちろん、対応する者によってかなり差はあるだろう。しかし、登録する限り、100%隠し切るのは不可能だと考えた方がいい」


「じゃあ――」

「しかし、いつまでもそれを気にして、いちいち手間をかけるのははっきりいって時間の無駄だ」

「……いいんですか?」


「ああ。気にするな。その可能性と利便性をはかりにかければ、後者の利益の方が大きい。それに、頻繁に外を出歩くような者がカードを持たず、いちいち門で検査を受ける方がよほど怪しまれる。そもそも、冒険者として金を稼ぐには登録は必須だしな」


「あ、確かに」

「それに、あの時使った『制約オース』にも抜け道はあるが、あれだけ効果をその身で受けた上で懲りずにまた手出ししてくるのなら、次はもう手加減しない。そして、もちろん——」


「アヤも、自分で自分を守れるよう強くなってもらう。そして何より、この世界で生きていくための知識や常識を学ばなければいけない」

「あと、アヤが信頼できる仲間を見つけられればもっといいな。いくらフィジカルに強くなろうとも、ひとりじゃどうしても限界がある」

「そこまでできれば、向こうが手出しして来ようがアヤなら撥ね返せる」

「――はい」 


 私の言葉を聞き、アヤは決心を固めるように膝の上の手をぎゅっと握る。

 そして私は、これもまた――いや、もっとも重要なこと――を切り出す。


「アヤ」

「……はい」

「この世界は、アヤが生きてきた世界よりも、はるかに人の命が軽い。簡単に人が死ぬ」


「相手を殺し、相手に殺される——アヤも、その両方を覚悟しなければならない」


「っ――」

「例えば、野盗」

「!……」

「基本的に襲ってきた者を殺しても罪には問われない。向こうは殺して奪うつもりで来ているのだから、こちらも相応の対処をするのは当たり前、という考え方だ」

「…………」

「ましてや、アヤは女性だ。野盗にしてみれば『二度美味しい』獲物になる。意味は……分かるだろう?」

「はい……」


「自分が『そうなる』ことを想像出来ない人間は、現実に『そうなる』。そういう世界なんだ」


「アヤがこの世界で生きることを選んだ以上、絶対に必要だ。自身の尊厳を奪われたくないのなら、『覚悟』しなければならない」


「…………はい」


 厳しい物言いになってしまうが、これはどうしても必要なことなのだ。


 アヤは、王女の命令によって「強制」され、を経験した。

 それが、アヤにとって大きなトラウマになっている可能性がある。

 しかし逆に、アヤのこれまでの社会観念上は絶対不可侵であった禁忌を破ることへの罪の意識を軽減する可能性も、ある。


 いずれにしろ、実際に差し迫った状況になった時、その「覚悟」の有無はもちろん、その一歩前、覚悟について考えるという意識の有無も重要なのだ。


 それに、このアヤという人物を見れば、決してたがが外れるようなことはないと信じられる。


「アヤ」

「は、はい」

「『決める』ことは重要だが、考えるあまり『焦り』になっては余計な失敗をする。私もいる。サポートはするから、しっかりと地に足をつけて行こう」


「はい」

 私の目を見て頷き返すアヤに向かって微笑むと、アヤも頬を緩ませる。

 ――これなら大丈夫だろう。


「では、アヤ」

「はい」


「早速だが、ギルドへ行こうか」

「はい! リュウさん!」


 ――――――。

 ――――。

 ――。

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