第9話 「世界」
「家に帰れるんですか!?」
アヤが前のめりにテーブルの上に身を乗り出し、部屋に響くほどの大きな声で訊ねてくる。
当然のことだろう。
だが、期待と喜びを全身から発散させている彼女に――。
私は、告げねばならない。
「そうだな。これがアヤにとって何よりも知りたかったことだろう。だが――」
「リュウさん?」
「アヤ」
「はい?」
「落ち着いて聞いてくれ」
「……はい」
それぞれの席に改めて腰を落ち着け、深呼吸する。
アヤがじっと私の目を見つめてくるのを確認し、私は話し出す。
「私は、アヤを日本に、元居た世界に、『送る』ことはできる」
「!」
またも腰を浮かせそうになるアヤ。しかし、私は真剣な表情を変えず彼女の瞳を見つめ続ける。
――何かある、と感じたのだろう。
アヤは椅子に座り直し、私に続きを促すよう視線を合わせてきた。
私は――
「しかし――それがはたして『帰る』と言えるのかどうか……私には分からない」
「?――どういう意味ですか?」
「あの場で使われていた召喚魔法は、『魔法』と呼ぶにはあまりにも拙劣だった。とにかくこちらの世界に喚ぶことしか考慮されていない、召喚される者を無理やり向こうの『世界から略奪する』ような乱暴なものだった」
「そんな魔法を行使することは、向こうの『世界に欠損が生じる』という結果を生み出す」
「将来『持ち出された部分が戻ってくる』という前提が設定されていないせいだ。だから、世界という『システム』は、その運営に問題が出ないよう欠損部分を修正してしまう」
アヤは腑に落ちず胡乱げな表情だ。
当然だろう。これで理解しろというのが無理な話だ。
だから、私は、言葉を紡ぐ。
とても、とてつもなく……残酷な言葉を。
「地球の、日本という向こうの『世界』では、アヤが存在したという事実そのものが消去されているんだ」
「……え?」
「向こうの世界の、どの場所からも、どんな記録からも……誰の記憶からも、『アヤが存在した』という痕跡が、すべて、完全に消えてしまっている」
「え……え?」
意味が分からない、という表情を浮かべながら、次第にその顔を俯けていくアヤ。
視線はやがて下を向き、膝の上で固く握りしめた両の拳を見つめるかたちになる。
……痛いほどの静寂。
今の言葉が何を意味するのか。
理解は出来ても、理解したくない。
唇を震わせながら、恐る恐る、アヤが私に訊ねる。
「そ――それって、お父さんやお母さんにも悟にも……私が分からないって……私を知らないって……ことです、か……?」
「……そうだ」
「学校のみんなにも……」
「すべて、だ」
「そんな……だって、だって日本にも、行方不明のひとなんていくらでもいるじゃないですか。おかしいじゃないですか。どうして私だけ――っ」
「そうした者たちは、本当に行方が分からないだけにしろ、あるいはすでに亡くなっているにしろ、それでも世界の内に留まり、完結している。しかし、この異世界に一方的に召喚されたアヤは、その世界から逸脱してしまった。欠けてしまった。だから、世界はその欠損を『最初から無かったもの』として修正してしまうんだ」
「そん……な……」
――――――。
――――。
――。
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