第10話 選択肢

 ………………。

 どのくらい、時間が経っただろうか。

 アヤは俯いたままだ。


 ――日本に帰っても誰も自分を知らない。友人はもちろん、親兄弟でさえも。


 あまりにも受け入れがたい話だろう。

 行方不明でもなく、認定死亡でもない。


 アヤの名は誰の記憶の中にも、誰のスマホのアドレス帳にも無い。

 忘れられたでもなく、残されていない、でもなく、「無い」のだ。


 ある意味、「殺される」以上に非道な仕打ちだ。


 聞けば、アヤは16才だそうだ。

 日本ならばまだ子供と言っていい歳だ。そんな年頃の女の子が、大人でもとても受け入れられない事態にさらされているのだ。

 酷な、あまりにも残酷な話である。


 だが、考えなければならない。


 もちろん、考える時間が必要だ。

 しばらく立ち止まるのも良いだろう。


 しかし、最低限の情報も必要だ。

 彼女が、再び自分自身の足で立ち上がるために。


 言葉を発せられないままのアヤに、私は話し始める。


「アヤ、そのまま聞いてくれ」

「…………」

「何も言わなくていい。すぐに答えの出せるようなことじゃない」

「…………」

「これから、いくつか仮定の話をする。アヤが考えるためにに必要なことだ。だから、聞いてくれ」

「…………」


「まず、アヤが日本に戻った場合だ」

「この場合、今のアヤが得ている能力は徐々に減衰していく。体内に蓄積した魔力が残っているうちは迂闊なことはできないが、しばらく経てばさほど気にならなくなる。魔素がほとんどないから、魔力が供給されないんだ。だから、身体についてはさほど心配しなくていい」

「むしろ面倒なのはこちらだ。日本は社会制度がしっかりしているから、戸籍や経歴の証明が出来ない。だから、日常生活において不具合や不都合の出ることが多いだろう」


「次に、この世界を選んだ場合だが――」

「アヤにとって、この世界にはいい思い出はないかもしれない。しかし、これからを生きやすくはある。得た力をそのまま活かせることもそうだし、向こうの世界――日本と比べ文明は遅れていても、生きる上での自由度は高い。その分、責任もより個人にかかってくるのは確かだが。……こちらはこのくらいか」


「あと、もうひとつ。――まずは自分の目でちゃんと確かめ、その後どうするか……そのまま日本で生きるか、それとも、またこちらの世界に戻ってきて生きるか――を決めても構わない」


 私の話に、アヤの肩がピクリと震える。


「ただ、日本に戻る場合、あるいは確認したいという場合も……想像よりも、現実に相対する方がはるかにつらい。それは覚悟しておいてくれ」


 そこまで言うと、私は席を立ち扉に向かう。

 その途中、アヤの側で足を止め――


「いずれにしろ、出来る限りはフォローする。今の話も含め、しっかり考えてくれ」


 彼女の肩に軽く手を乗せながらそう言い、私は部屋を立ち去った。


 ――――――。

 ――――。

 ――。


 翌日、まだ朝早い時間。

 私の部屋の扉がノックされる。


 扉を開けたそこには――


「おはようございます」


 目に赤みを残しながらも、しっかりと声を出すアヤが立っていたのだった。

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