アヤ
第8話 「魔素」と「魔力」、「貴族」と「平民」
「リュウさんは、日本の方……なんですか?」
と、アヤの問い。
王女との会話の中で私自身が肯定し、日本式のお辞儀で挨拶もしたりと、そのように受け取る要素は十二分にあった訳だが、彼女自身も口に出しておきながら半信半疑、いや、否定されると思いつつの言葉だろう。
まさに、「お前のような日本人がいるか」と。
だから私も素直に答える。
「いや、あの場ではそれらしいことを言ったが、違う。私は、もともとはこの世界の者だ」
――――――。
――――。
――。
時は少し前にさかのぼる。
城の外に転移した後、私たちは宿を二部屋とった。
この状況でふたりで落ち着いて話せる場所となると、他に選択肢がなかったのである。
ちなみに、王族たち為政者としては、侵攻開始と同時に「人間の力の結集のため勇者が召喚された」と派手派手しく発表し行いを正当化するつもりだったのだろう。アヤを召喚したことは秘匿されており、街中を歩いていても見咎められることはなかった。
それからそれぞれの部屋で一息ついた後、私の部屋でテーブルをはさんで椅子に腰かけ、ふたりしてお茶で唇を湿し――アヤの口から出たのが冒頭の言葉であった。
「さて。いろいろと疑問も、私に聞きたいこともあるだろうが、恐らくはそれに関係もしているので、まずは私から話させてくれ」
「はい」
アヤの同意を得て、私は話し始める。
「まず、この世界の『国家』のほとんどが、長い歴史を経てもどうして絶対君主制のままなのか、考えたことはあるかな?」
「いいえ……どうしてなんでしょう?」
いきなり歴史の授業が始まり肩透かしのようではあるが、アヤは素直に聞き返してくれる。
「それは、この世界では、個人に与えられる能力に、アヤのいた世界よりもはるかに不公平でどうしようもない程の差があるからだ。そして、その差を生み出しているのが――」
「『魔素』と『魔術』だ」
あぁ、と納得するように小さく頷くアヤ。
私は言葉を続ける。
「この世界には『魔素』が非常に濃い密度で満ちている。その魔素を『魔力』に変換できる素養を持つ者――総人口比では圧倒的に少数だが――それらの者は、持たない者に比べ圧倒的な力を発揮する。驚異的な身体能力や、『魔術』という超常の現象を発生させる能力、といったかたちで」
「そして、その力はかなりの確率で血統に受け継がれる」
「最初は大きな力を持つといっても『個』でしかなかった者が、歴史を重ねるともに一族として力を増し、富を成し、権力を握った」
「彼らは『貴族』を自称するようになり、領地を持ち、広げ、争い、そしてより力の大きい者に束ねられ――を繰り返した。最たる者は、国を興すまでに至った」
「対して力を持たない者は、貴族に反抗することなどとても出来ない。普通の人間がアメコミのヒーローに力勝負を挑むようなものだからね。だから、貴族の領地内に生きる力持たぬ者は、貴族に税を納め、見返りとして庇護を受ける存在――つまり『平民』になった」
「……というのが、大雑把なこの世界の成り立ちから今までだ」
「持つ者が『貴族』、持たざる者が『平民』。その間には決して覆せない絶対的な能力差がある」
「これが、共和制や民主主義という体制に移行しにくい、いや、そもそも発生さえしにくい要因になっている」
「こういう言い方は嫌な気分にさせてしまうかもしれないが、この世界での力を持つ者、持たぬ者。貴族と平民。『同じ人間だ』というには力の差があまりにも大き過ぎるんだ」
「『魔術』を『電気』に置き換えて考えるのもいいかもしれない。その有無で、生活の豊かさや便利さに、比較するのも馬鹿らしいほどの差が生まれる。貴族がそれを独占でき、平民は例え知識を得ても作り出すことが出来ない。この世界が今のような階級制度社会に固定されてしまうのも、ある意味必然だろう」
「もちろん、貴族にしても、平民がいるからこそ領地経営が成り立ち、貴族が貴族として生きられる――ということを理解しておくのは当然だ。特権を持つ貴族には義務が伴う――ノブレス・オブリージュ――だったかな? と言いつつ繰り返すことになるが、やはり……」
「魔力を扱う力の有無によって、圧倒的で覆しようがない、不平等で不公平な、厳然たる『格差』が存在する」
本来ならば、日本に生まれたアヤには理解しがたい話だろう。
この世界に来てからも、おそらくはほとんどを城の中で過ごし、市井の人たちとは接点もほぼないに違いない。
しかし、彼女はこの世界に来るまでは「普通の人間」だったのだ。
そして、この世界に来て、自身の魔力の素質がいかに恵まれたものなのか、そしてその魔力をもって発揮される力がどれほどのものなのか、身をもって実感している。
それだけに、納得もできてしまうのだろう。
話している間に何度も頷き、真剣な眼差しで聞き入っている。
私は話を続ける。
「だが、わずかだが、平民から魔力を扱う素養を持つ者が生まれることがある」
「当然、そうなると身体強化や魔術といった貴族と同等の力が使えるようになる」
「確かに、魔力を持つのが貴族。群雄割拠の時代はそれで良かった。しかし、歴史を重ね、国家という政治のシステムが確立されたことで、貴族には血筋や家柄など、魔力以外の条件――自家の歴史も必要とされるようになってしまった」
「なら、せっかくの魔力を扱えるという自身の才能を生かし、一攫千金を夢見、あるいは貴族になることを欲する――そうした者たちは、どうすればいい?」
「……冒険者になる?」
「正解だ。冒険者として名を上げるのが、金を稼ぐにしろ、貴族入りの第一歩として騎士団入りを狙うにしろ手っ取り早い」
「貴族たちにしても、領地内の獣退治なんかにいちいち騎士団など出していられない。軍隊にはとにかく金がかかるからな。かといって領地が荒らされるのを放置はできない――となると、兵站を確保する必要もなく基本的にすべてが相手の自己責任、必要なのは軍を維持するよりもはるかに安い依頼料だけ、さらにはあわよくば戦力の青田買いもできる――という冒険者なる存在は、利害も一致し利用価値があるという訳だ」
――さて、そろそろ本題に入る頃合いだろう。
「このように、魔力というものが人を極端に不公平に不平等にランク付けしてしまうこの世界だが……アヤは、自分の魔力についてどう思う?」
私の問いにしばらく考え込んだアヤが口を開く。
「分かりません……この世界で生まれたのでもないし、貴族や王族でもないのに、この世界の人たちよりもずっとたくさんの魔力があるって、どうしてなんでしょう? すごく速く動けるし、ものすごい力も出せるんです。魔法? も使えるし。私、日本ではこんな力まったく無かったんですよ? ……日本でこんな力があったら怖いですけど」
アヤの回答に、私は苦笑しつつ詫びる。
「すまない。意地の悪い質問だった。アヤには分からなくて当然だ。というより、アヤに答えらえると話が続かなくなって私が困ってしまう」
私の言葉に、アヤも困ったような笑みで応えてくれる。
ふぅ、と一息つき、再び私は話し始める。
「そこで今話していた『魔素と魔力』だ。それが大いに関係している」
「――?」
「実は、『地球』にも、『魔素』は存在しているんだ」
「え!?そうなんですか?」
「ただし、密度はとても薄い。この世界の魔素密度を普通の空気とすれば、地球の魔素密度は真空に近い――といっても間違いじゃないくらいにね。とても魔術のような現象を起こすようなことはできない」
「それでも、人間の身体能力にはそこそこ影響が出る。地球の人たちは、魔素の密度が限りなく薄いがゆえに、魔素を最大限に自身の力に変換する能力に長けているんだ」
「この世界の人間からすれば、生まれた時、いや、母親の胎内で生を授かった瞬間から、それこそエベレストの頂上で高地トレーニングしているようなものだ」
「だから、魔素を魔力に変換する能力はこの世界の人間よりはるかに優れているし、この世界にいる限り、これからもどんどん活性化していく」
「そんな人物をはたから見れば、まさに女神さまから選ばれし『勇者様』だろうね」
「それに、気付いていないようだけど――」
「?」
「ブレスレットが外れたのに、私たちは話している」
「え?あっ!?」
「この世界では、日本語が使われ、お金の単位はエン。距離の単位はメトル、キロメトルで、重さはグラムにトン」
「実際にはあのブレスレットを付けなくても、ほとんど日本人には違和感がないんだ。もしかすると、はるか昔から何人も『勇者』として日本人がこの世界に来ていて、彼ら、彼女らが啓蒙してきたのかもしれないね」
「まぁ確かに多少日本の影響が大きすぎる世界だとは思うが、私が知る限り、少なくとも、召喚や召喚された者の能力において『姿の見えない何者か』の介在は見当たらない、ということだ。つまり――」
「……つまり?」
「女神さま?なにそれおいしいの?てこと」
「……あの、リュウさんって、本当に日本人じゃないんですか?」
「最初に言った通り、違う。けれど――」
「――日本に行ったことは、ある」
私の言葉に、彼女の顔色が変わる。
次に彼女の口から飛び出したのは、当然、この問いだった。
「じゃあ、日本に、家に帰れるんですか!?」
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