第7話 終わって、始まる――

 さあ、終わらせよう。


 目の前には、当人たちにとっては壮大だったであろう計画を根本から覆され、憎悪と畏怖の目を向けてくる愚か者たち。


 いっそすべて消し飛ばしてしまおうか、などと物騒な考えも浮かんでくる。

 しかし、国の王族と為政者たちがまとめて消えてしまっては国がもつまい。

 この国のために命を懸けられる貴族や平民がどの程度いるかは知らないが、それでも、国家という形が存在することで一定の平穏と安定がもたらされることは確かなのだ。

 肝心の為政者たちがこの有様とはいえ、だからと言ってこの国の民すべてを巻き添えにする訳にもいかない。

 上手い落としどころはどの辺りか――。


 とりあえずは、召喚された者を為政者の身勝手な欲望に利用されないようにする、というところか。


 王女たちは、隷従の輪とアヤという切り札を失い迂闊に動けずにいる。

 睨みつけてくるだけの有象無象を放置し、私は召喚陣、つまりは魔法陣の消えた舞台を観察する。


 ――魔力を大量に注ぐと、魔法陣が発動する仕組みになっている。

 天井や壁にも魔素を収集蓄積する魔法陣が隠されているが、召喚に足る魔素さえ確保できるならこの場である必然性は特にないようだ。

 こんなものを半年間隔で使うとなると、いったい何千人分の魔力を搾り取ったのやら。恐らくは命を落とした者も少なくあるまい。

 今日だけで何度目かのため息が出る。


「これは今のお前たちには使わせられん」


 誰に言うでもなく呟き、舞台になっている部分をまるごと私がアイテム収納に使っている異空間に転送する。

 視線を戻すと、いきなり舞台が消え失せたことで、王女を含めた全員が呆けたように口を開け絶句していた。

「お前たち全員を一度に転移させることも出来るぞ? ……いっそのこと、まとめて溶岩の中に放り込めばいろいろとすっきりするな。私を超える魔力で抗えば『抵抗レジスト』が成功する可能性はあるが……見たところ出来そうな者はいないな」

 あくどい笑みを作りながらそういうと、今度は顔面を蒼白にしつつ派手に引き攣らせる。


 示威と脅しとしてはこれで十分だろう……しかし、後から追手やら手出しして来られるのも鬱陶しいことこの上ない。

 もうひとつ保険をかけておく。


「お前たちに『制約オース』の魔法をかける。内容は――」


「【勇者召喚の儀】を行うことを禁ずる」

「これによって召喚された者へのいかなる接触も禁ずる」

「この2点は『強制』の影響下にある者が他者を使役して行おうと命令指示する際にも適用される」


「以上だ」

 言い終わると同時に、私とアヤ以外のすべての者たちの首に輪をかけるように黒ずんだ痣が浮かび上がる。

 その痣は、すぐに体内に染み込むように消えて見えなくなっていった。


「こんなところか」

 目の前で一方的に片を付け終わったかのような私の物言いに、反感か危機感を抱いたか。

 王女が我を取り戻し何か言おうとする。

 が、その瞬間――

「はっ、がっ、……ギぅ」

 一言も発せないまま、首を押さえてその場に倒れこむ。

 前に出ようとした騎士たちも、その瞬間足元から崩れ落ちていく。

 倒れた者たちの首には、くっきりと黒い輪の痣が浮かんでいる。

「もう魔法は発動している。迂闊に私に話しかけようとするからだ。私やアヤに接触しようとするすべての行為が対象となると知れ」

「効力は今思い知っただろう? その魔法は、お前たちの魔術でどうこう出来るものではない。無駄な足掻きはせぬことだ」

 王女を助け起こしながらこちらを睨みつけてくる王と、へたり込む貴族と騎士たちに一方的に告げる。

「喋らなくていいから聞け」


「何でも自分たちの思い通りになると思うな。お前たちのくだらん欲望のために異世界の者まで巻き込むな。いかに自分たちが傲慢だったか、その首輪を見て思い出せ」


「アヤを知る者には、『女神さまから今はその時ではないと啓示があり送還された』とでもいっておけ」


 ――終了だ。

 多少無理やりでも、これ以上はもう私の知ったことではない。


「さて」


 私はアヤに向き直る。

「えっと……あの……」

 急激な状況の変化に戸惑うのも無理はない。

 しかしいずれにしろ、彼女もこのままではいられない。

「すでに君は自由の身だが、まずここを出て、一度はしっかり落ち着いて私と話をしてくれないか? 私にとっても君にとっても、その方が利があると思う。その後の君の身の振り方については、もちろん束縛などしない。私にできることがあり、君がそれを望むならば協力もしよう」

「…………」

「君のブレスレットを壊したのは、私が巻き込まれたついでだ。だからもちろん、そのことで代価を要求するようなことはしない。約束しよう」

「いえ、そんな……」

「それに……そうだな。まぁ正直、自分でも得体の知れない奴だと思われて当然だとは思う……とはいえ、壊しておいて勝手な言い分だが、ブレスレット隷属の輪の制約が無くなった君は、あの者たちにとって脅威となる。ここにいるのは、その身を危険に晒すことになるのではないか? 私を警戒するのももっともだが、とにかく、今は一緒にここを出ることをおすすめする」

「そんな――でも、はい、そう……ですよね。分かりました」

「ありがとう。では――城内を歩いて出るのも面倒の種になるし、さっさと外に跳ぶか」

「っ……転移、ですか?」

「もちろん。では、すまないが私の手を取ってくれないか?」


 ほぼ選択肢のない状況下で申し訳ない気もするが、同意してくれたアヤに、私は笑顔になりつつ手を差し伸べる。

 アヤも、弱々しくもその顔に笑みを浮かべ、私の手を取ってくれた。


「――よろしくお願いします。リュウ、さん」

「ああ。こちらこそ。よろしく、アヤ」


 そして、私とアヤは、城の外へ転移した――。


 さて、まずはアヤとの話し合いだが……どうなるにしろ、もののついでだ。しばらくは、人としての生活を楽しんでみるのも良いかもしれない。

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