第6話 隷属の輪

ひざまずきなさい!」


 王女の叫び声が室内に響き渡る。

 …………。


「え?」

 間抜けともいえる静けさが漂い、王女の喉から困惑の呻きが漏れる。

 が、曲がりなりにも王女である者としての状況判断の的確さか。

 戸迷いつつも、すぐさまさらに大きな声で命令の言葉を発する。 


「ペリシュ王国が王女、エールティア=ペリシュが命じます! リュウ! 私の前に跪きなさい!」

 …………。


 結果は、変わらない。

 何も、起こらない。

「な、なぜ……?」

 思い通りにならない状況に、私からの冷ややかな視線に、王女は思わず一歩後ずさる。

 そんな王女を眺めながら、私は口を開く。

 自らの腕に嵌ったブレスレット玩具がよく見えるよう、左腕を前に出しながら。


「お前が期待しているのは、これの効果か?」


「そんな!? そんな、どうして……?」


 なぜ、腕輪の効果を知っているのか。

 なぜ、腕輪が効果を発揮しないのか。

 王女の疑問と驚愕はこんなところであろう。


 隷従の輪。

 付けた者の反抗を許さず、使役者への絶対服従を強制させる輪。

 その効果は人間族に限らず、言語を解する者は命令通り服従させる。獣にさえも、使役者に対し危害を加えようとすると猛烈な苦痛を与える魔道具。

 これに反抗できる者は、一人も、一匹も存在しなかった。

 ――今、この時までは。


 王女にとって、あまりにも理解しがたい、認めがたい状況だろう。

 隷従の輪を身に付けたまま、受けた命令をまったく意に介さない存在の出現。


 しかし今、その現実が目の前にる。


 それはつまり――

 自身への敵意を隠さず、そして自身を害することの出来る相手が、すぐ目の前にいるということ。


 王女は無意識のうちに私から逃れるように、さらに一歩、また一歩と後ずさる。

 その顔には、驚きと焦り、そして恐怖がありありと張り付いていた。


 期待通りの反応に多少なり気が晴れる自分に、我ながら多少悪趣味だな、などと苦笑してしまう。


 ともあれ、次に移るとしよう。

 同じブレスレットをつけられ、王女たちの後ろで立っている彼女へと視線を向ける。

 彼女は先ほどからずっと私を食い入るように見つめているが、今はあえてその視線には関心を向けず、彼女のブレスレットに微量の魔力を注ぐ。

 ピシリ、と微かな音。

 直後にはブレスレットは塵となり、彼女の足元に散っていった。

「え?」

 彼女が小さく声をあげる。


「こんな玩具おもちゃ、私には何の効果もない」


 私自身がつけていたブレスレットも、彼女のブレスレットを壊す際に放った魔力の余波を受け、ついでとばかりに塵となり影も形もなくなっていく。

 王女たちは、後ろの彼女のブレスレットが消え去ったことには気付かない。

 ただただ、私の左腕に嵌っていたブレスレットが粉々に消え去る様子を信じられないといった表情で見つめている。


「こんなものを最初につけさせておいて『勇者様、世界をお救い下さい』とはよくも言えたものだ。どれだけ身勝手なのだ、お前たちは」


「――ッ! アヤ! この愚か者を取り押さえなさい!」


 最初に動いたのはまたこの王女か。やはり瞬時の状況判断においてはそれなりに優秀なのだな。もっとも――

 もう遅いのだが。


「アヤ、何をして――!?」

 背中越しに振り返った王女が、その視線の先、アヤと呼ばれた「勇者」の左腕からもブレスレットが消えていることに気付く。

 もはや優雅さなど一切感じられない、恐怖と憎悪の入り混じった醜い表情で王女が私に向き直る。

 が、私は王女を無視し、アヤに話しかける。


「混乱しているとは思うが、少なくともこの者らよりは信用して欲しい。ひとまず、こちらに来てもらえないだろうか」


 差し伸べるように右手を伸ばす。

「ッ! アヤを――」

 不本意ながらさすがと言える王女の声も、「勇者」の動きには追いつけなかった。

 王女が騎士たちに命令するよりも早く、また王女の意を汲んだ騎士が隣にいた彼女を抑えるよりも早く――アヤは私の前に現れ、差し出した手を取ってくれていた。


「ありがとう」


 私が声をかけると、アヤは驚いたような表情を浮かべる。

 が、今は状況を前に進める時だ。

 アヤには少し下がってもらい、私は彼女の半歩前に出るよう歩を進め、王女たちと再度相対する。

 とは言っても。


 すでに大勢は決し、後始末を残すだけなのだが。

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