第2話 勇者召喚の儀

 ――大きな召喚魔法の発現に興味を惹かれて乗ってみれば、人間の使ったものだったか。

 私は、期待半分、落胆半分といった心地で周囲を見回す。


 計算しつくし造形された空間と至高と呼ぶにふさわしい芸術品の数々に、思わず感嘆の息がもれそうになる。

 これこそが、「人間」の作り出す文明であり、文化だ。

 素晴らしい。


 続けて、そこにいる人間たちが目に入る。 

 まず、ここにいる者たちの中で、最上位者。それは間違いなく、武装した者たちの前にいるあの者であろう。

 頭に王冠を載せていることから、この国の王と考えて間違いない。

 側には身なりの良い非戦闘員――王族に連なる者か、重要な執政に関わる高位の貴族だと思われる者が3名ほど、王の側に控えている。

 その王と貴族たちの後ろに控えているのは、近衛騎士か。10名ほどが銀色に光る金属鎧を身に着け帯剣し、横一列に並んで立っている。


 そして、その騎士たちの列の中央、ちょうど王の斜め後ろ。

 そこに、ひとりだけ軽装の部分鎧を身に着けた者が立っている。この者も帯剣しているが、騎士というよりも「冒険者」然とした出で立ちであり、他の者たちからは明らかに浮いている。


 華奢な体格の女性だ。

 もっとも、魔力による身体強化が十全に働くこの世界において、性別や外見で能力を判断するのは愚者の振る舞いである。

 事実、この者からは人間としては突出した魔力量が感じられる。

 その魔力量をもって行使される身体強化や魔術は、人間としては破格に違いない……のだが、なぜか手首のあたりから発する淀んだ魔力に全身を薄く包まれている。

 この者自身が持つ魔力そのものはなかなかに清冽な気配を放っているだけに、そのような魔力が纏わりついているのは不釣り合いなのだが、さて。

 そんなことを考えつつも――


 これは、やはり、アレ、なのだろうな。


 心の中で呟きつつ、考えを巡らせる。

 次元を超越する規模の「魔法」を人間が成したとは少々驚きだが、先ほどの魔法陣と感じた魔力量から見るに、これは送還を一切考慮していない、未完成の「一方通行」な召喚魔法だ。


 ちょうど鍛錬のために周囲への影響を考えこの世界と次元をずらしていたせいで、たまたま私のいた次元を異世界と捉えて経路が繋がったのだろう。

 この者たちにとっては想像の埒外だろうが、実のところ私は元々この世界の者であり、自身が鍛錬用に生成した異次元から「戻ってきた」にすぎない。


 しかし……。

 人間が、こうした儀式を行っていることは承知していた。

 それが、


 【勇者召喚の儀】


 などと大仰な名が付けられていることも。

 そして、いざそんなものに自分がそれに乗ってみると、だ。


 この魔法が、一方通行の未完成なものであるのは身をもって証明済み。

 となると、異世界から喚ばれた者が自身で元の世界に還る手段を持っていなければ、送還は実質不可能である。

 そして、ほぼすべての場合において、その手段を持つ者はいないだろう。

 それに、このような不完全な召喚魔法を使って喚ばれてしまった以上、万が一運よくその手段を持っていたか、あるいは見つけたにしろ――。


 これは、あまりにも身勝手な召喚ではないか。


 召喚された者は、ある日突然に、何の前触れもなく、これまで生きていた世界から身ひとつで引き抜かれこの世界へ連れてこられるのだ。


 それは、その者から、快適な住まいも、寝心地のいいベッドも、肌触り良く仕立ての良い衣服も、調味料をふんだんに使った食事も、社会的な地位も築いてきた資産も、趣味も娯楽も、一切合切を奪い去る。

 何よりも大切な、恋人あるいは伴侶、家族や友人、ペットに至る他者との関係まで根こそぎだ。


 私は、決して人間を嫌っていない。

 むしろ、その矮小で脆弱な存在が生み出す類稀な文明や文化に惹かれ、それを学ぶために自身も今、人の姿をとっているほどだ。


 人間は、己ひとりの弱さを知るからこそ、寄り集まって社会を形成し、文明を発達させ、文化を生み出す。

 辛苦の中にあっても希望を見出し、今日よりもより良い明日を求める。

 その在り方には、むしろ敬意さえ抱いている。


 そんな人間たちが作る一国の王であるあの者とその取り巻きが、このような行為によって何をしようとしているのか、いったい何を得ようとしているのか。

 まずは聞いてみるのも一興だろう。


 私は、目の前まで歩み寄ってきた少女に目を向ける。


 するとその少女は、私の目を見返し、期待を存分に含ませた表情で、にこりと微笑み……こう話しかけて来た。


「初めまして、勇者様。この世界をお救い下さい」

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