リュウという名の男

あき

召喚

第1話 始まり

 重厚な石を、幾重にも積み重ねて造られた空間。

 そこに足を一歩踏み入れた瞬間、誰もがその荘厳さに目を奪われるだろう。


 中央に向かって緩やかな弧を描きながら、ひたすら緻密に組み上げられた丸天井。

 そこには、美しい女神と、女神に付き従う幼い天使たちが描かれている。

 間接照明となるよう絶妙に配置された魔術の灯りに照らし出され、まるで女神たち自らがやわらかく神々しい光を放っているかのようだ。


 鏡のように磨きこまれた壁の一画には、馬に跨り雄々しく剣を掲げる英雄のレリーフが彫り込まれている。

 光り輝く宝珠を先端に戴いた杖を持ち、魔獣の群れに対峙する乙女の絵画。金糸銀糸がちりばめられ、紋章が刺繍された旗。

 様々な芸術品が、華美に流れぬよう巧みに配置されている。


 果たしてこの構造物、この空間を造り上げる際に注ぎ込まれた知恵や労力、あるいは権力や財力はいかばかりか。そんなことに思いを馳せずにはいられない見事な手際である。


 この空間を形造ることに携わった者たち。

 彼ら、彼女らが、ひとりひとりは非力で矮小な「人間」であるからこそ、その偉業に対し、畏敬の念を禁じ得ない。


 現在、その空間においてひと際異質な「ある状況」が進行している最中――であることを考えれば些事ではあるが、ひとつ違和感を感じるとすれば、それは、窓がない、ということだろうか。


 この空間と外界を繋ぐのは、広間を囲む壁の1か所に設けられた両開きの扉のみ。

 今は固く閉ざされたその扉もまた、外からの騒音など完全に遮断してしまうであろう厚みと重みを感じさせるものだ。

 両脇には、全身板金鎧フルプレートアーマーに身を包んだ騎士が蟻一匹も通さぬとばかりに厳戒の体勢で立っている。


 そこから金糸で縁どられた真紅の絨毯が広間の中央へ向かって敷かれており、その絨毯は数段の段差を上りつつ、同じく真紅の絨毯が全面に敷き詰められた「舞台」へと伸びている。


 外界から隔絶され、空間の存在そのものを秘匿するような構造。

 反面、これを目の当たりにする機会を得た者に対しては、所有する者の栄華と権力を誇示するかのように凝らされたぜい

 ――そこは、なんとも矛盾し、不自然な空間であった。


 そして今、そこで「ひと際異質」と評しても異論は皆無であろう「ある状況」が終息しつつあった。


 広間中央の舞台の上で、真紅の絨毯の上に浮かび上がった巨大な光の魔法陣がその輝きを弱めているのだ。

 召喚魔術師が見れば、その規模と複雑さに言葉を失うであろう魔法陣。

 しかし、それはすでに役目を果たし終え消え失せつつあり、同じくして渦巻いていた膨大な魔力が起こす風もどんどん弱まっていく。


 ――やがて、光と風が収まり、静寂が訪れる。

 魔法陣が完全に消え失せた舞台の中央に出現したのは――。


 ひとりの男、であった。


「…………成功、か?」

 静寂を破り、その場で最も高位であろう者の喉から思わずこぼれた声。

 他の者たちも我を取り戻しつつ、舞台の上に現れた男を見つめている。

 高貴な衣装に身を包んだ者たちも、またそれらの者を守るため、いつでも前に飛び出せるよう後ろに控える騎士たちも。


 魔法陣にひと際近い場所。

 舞台の淵にも、その「現れる誰か」を待ちわびていたかのように、ひとりの少女が佇んでいた。


 彼女もまた、華やか且つ艶やかな衣装に身を包んでいる。

 その衣装と煌びやかな装飾品が醸し出す高貴な雰囲気、美しいと称賛を得るにふさわしい容姿は、彼女が王族に連なる者であると感じさせるに十分なものだ。

 そしてその少女は、間違いなく、この広間が設けられた城の主である国王――先ほど最初に声を上げた者――の娘。

 つまりは王女であった。


 それらの者たちが固唾をのんで見守る中に現れた、いや、「召喚」されたひとりの男。

 少々毛色が違っているように見えるのは、召喚された者が落ち着き払っているせいだろう。

 周囲を軽く見まわした後、あごを撫でつつ、男はひとり、したり顔でつぶやいた。


「ふむ」

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