第5話 第二戦~前半~


 2番ゲートが開く

 「荒木ハワード雄一様、2番ゲートへお入りください」という声が聞こえる。


 「行ってくるわ。」と荒木が言うと、岸桃香だけが「いってらっしゃい」と答えた。


「それでは皆さま、モニターでご覧ください」


 モニターを見ると、部屋の中は木製の四角い机が1つ。机を挟んで丸い椅子が2つだけある。木製の机の上には緑色のマットが敷かれている。


 ゲートから出てきた荒木の対戦相手は、中肉中背の白髪頭のサラサラしたロン毛。リストバンドは赤だ。


 東郷が顔しかめながら独り言のように呟く 「黒田か」

「おっさん、あんた相手のやつ知ってんのか。」


「あいつは頭脳中心で第2ステージまで行った男だ。まず勝てんだろう」

「第2ステージってなんだ?」


「簡単に言うと、こことはレートが1桁以上違う会場だ。家賃も一けた違う。リストバンドが青になると入場する資格がある」

「マジか。でもあいつのリストバンド赤だぞ」


「負けたんだろう。第二ステージは化け物揃いらしいからな。あいつでも無理だったんだろ。残高がいくらなのかはわからんがな。あいつらは3人組だった。残りの奴らがダブルスで間違いないな。そうか……。あいつらでも負けるのか」


 東郷が顔をしかめながら「やっぱりダメか」と呟いた。


 椅子に座った荒木と黒田の傍にはまたしても初老の紳士、小泉がいる。

 が、非常につまらなそうな表情をしている。


「はぁ~、高い参加費を払って審判になったのにこんなクソつまらない試合に出くわすとは。ザコ対初戦で出戻りの負け犬。いくら新人戦とはいえ、さすがの私もまったくやる気が起きませんな」


 先程までの紳士な姿はなく、ゴミを見るような目で黒田と荒木を見る小泉。


 黒田は怒りで肩がプルプルと震えているが、第2ステージで『初戦』で負けている為言葉を返さない。

 一方荒木は顔を真っ赤にして反論している。


 「おいおい、聞き捨てならんで小泉さん。ワシは此処にいる中でも上位に位置するはずじゃぞ。無職と違う。大手で働いてたんだからの」


 小泉はまたしてもつまらなそうな顔で

「はいはい。荒木様はケチな横領がバレてここにいるんですよね。パーソナル情報で知ってますよ」と吐き捨てるように言った。


 『お前には全く興味がない』という感情を無くした目でため息を吐いた後ルールを説明する。


「はぁ。。。勝負内容は「3つの質問」にしましょう。その方がスグに終わりそうですしな。一度しか言いませんよ。お互いに質問をして、答えられたら1ポイントです。答えられなければ相手にポイントが入ります。3ポイント先取で終了です。1問目は荒木様先攻、以後、質問に正解できたれば出題者に、不正解なら続けて質問が出せる事としましょう。問題に対する縛りは2つだけです。『考えれば必ずわかる事』つまり、富士山の高さは? 等の『知っているので答えられる、知らなければ答えられないような問題はNG』です。が、ある程度の一般常識は許容範囲内と致します。2つ目、回答時間は1分以内。はい荒木様からどうぞ」


 小泉が投げやりにルールを説明し、荒木へと質問を促す。


 荒木は大きく深呼吸をしている。どうやら小泉に対する怒りを抑え、冷静になろうとしているようだ。少し考え問題を出す。

 荒木は計算が得意だ。幼い頃に時代遅れのソロバンも習っている。暗算では一般人に負けない自信がある。計算問題であれば考えればわかるが、1分以内に解くのは難しい。

 大丈夫だ。今日も冴えてる。荒木は息を大きく吐き問題を出す。


「85726×27562は?」

荒木の顔は自信に満ちている。『どうだ。無職なんぞに答えられまい』と。


 一方の黒木は少し考えるような顔をすると。

「23億6278万12だ」と答えた。

 荒木はポカンとした表情になる。


『そんな馬鹿な。無職にこんなに早く計算できるはずがない』荒木は相手を侮っていた。ニート執行法=無職という安易な考えをしており、ここへ望んで来るものも多くいるという事実を認識していなかった。


 ショックを受けている荒木をよそに、小泉は荒木へ回答促す。

 「荒木様、いかがですか?」

 小泉の顔からはっきりと『正解だろ?早く次に行けよ』という表情が読み取れる。


「ぐ。正解だ。」自身のプライドを打ちひしがれた荒木は、再び大きく深呼吸をする。

 次の質問に正解すれば良いだけだ。優先すべきは気持ちを落ち着かせる事だと。


 一方の黒田は少し考えたあと、右ポケットからハンカチを取り出し、それを左手でテーブルの上にのせた後、右手で何かをハンカチの下へ入れるような仕草をして元に戻し、お題を出した。


「このハンカチの下に何があるか答えてくれ。3回まで俺に質問していい。俺はそれにYesかNoで真実を答える」


荒木は絶句した。たった3回の質問でハンカチの下に何(なに)があるかをあてるのは不可能であると考えたからだ。まず、相手がどんなものを持っているのかもわからない。初日の荒木には此処で何が手に入るのかも知らない。


『こんな問題の答えが考えた所で分かるわけがない』と思ってしまった。人間の思考上1度決定したものを自力で覆すことは難しい。荒木の様な男であれば尚更だ。

 そして残念ながら、そうなると『自分が考えている事が正解だと思い込む』人が多い。


 黒田がハンカチの上にのせている左手を振り払えば暴力の可能性もあると考えた荒木は、迷う。

 迷いに迷った荒木は出口のない迷路を歩いている感覚に襲われながら、『こんな問題の答えが考えた所で分かるわけがない』という至高の元、ある回答に行き着いてしまった。


 荒木は質問をする。「答えは酸素か?」「Noだ。」「答えは物質か?」「Yes」

「決まりだ。小泉さん。この問題は不成立だ。考えた所でわかるはずもない。反則だ。」




 部屋でモニターを見ていた莞爾が東郷に尋ねる。


「荒木のやつ終わったな。なあ、おっさん。こんな簡単な問題を出すような奴が第二ステージに行けるのか?」

「ほう? 俺にはさっぱりなんだが、お前にはハンカチの下に何があるかわかるのか? 黒田と組んでたやつらが優秀だったってものあるが、黒田も中々のはずだ。」


「簡単だろ。『質問すれば真実を答える』って時点で答えは出てる。ちなみに、黒田が出す次の質問は『昨日、日本で消費された使い捨てのシャンプーボトルの数は?』だな。ニュアンスは違うかもしんないけど、たぶん似たような問題だと思う」

「ホントかよ。なんで次の質問までわかるんだ?」

「まあ、見てればわかるっしょ。解説は後な」

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