ショートカット

犬甘

第1話

 タロちゃんは近所に住んでる一つ下の男の子で、女のわたしより、ずっと可愛い。

 もしも生まれ変わったら迷わずタロちゃんみたいになりたいと思うし、一日だけでいいからタロちゃんと入れ替わりたいなーと何度考えたことか。

 大きなくりっとした目に、大きな黒目。それを縁取る長いまつ毛。

 雪のように白い肌に、ぷっくりとした唇。

 それからなんといってもサラサラのストレートヘア。

「おめでとう、タロちゃん」

 そんなタロちゃんは小学校を卒業し、来月から中学生。つまり、うちの学校に入学してきて、後輩になるのだ。

 タロちゃんの学ラン姿、素敵だろうな。


 一ヶ月後。

 入学式に向かうタロちゃんを見かけて、唖然とした。

「どうしたの、それ」

 タロちゃんの。

 タロちゃんの、自慢の髪が。

「めっちゃ短いじゃん」

 タロちゃんは、言った。気に入っていたヘアスタイルは――肩につく程度の長さだったのだが――中学では校則違反にあたると。

 だから、入学前にバッサリ切り落としたのだ。

 なるほど。たしかにそうだ。

 これまでの髪型で中学に行けば浮くし、叱られる。そんなことは容易に想像がつく。

 それでも驚いたのは、タロちゃんが、別人にしか見えない程の変貌を遂げていたから。

 新しい髪型、とてもカッコいいよ。抜群に似合っている。相変わらずの美少年だねって言ってあげたい。

 けれど、髪を切ったのはタロちゃんの意志では、ないと。彼の表情を見て感じ、素直に褒められない自分がいた。

「アヤちゃんは、いいな」

 わたしを見て囁いたタロちゃんに『なにが?』と聞き返さなくても、その意味ならわかった。タロちゃんは“女の子は髪が伸ばせて羨ましい”と、言いたいんだ。

 男の子は目と耳に髪のかからない長さでなきゃならない。女の子は、長さに指定はないものの、肩にかかれば二つに結う。その場合のヘアゴムは黒のみ、飾りつきはNG。

 ソックスは膝より短い白いもの限定。真冬でもタイツやハイソックスは履けない。ワンポイント不可。

 指定外のセーターどころかブレザーの上にコートを羽織ることもできない。

 染髪禁止。そのせいで地毛が明るい茶色の子は疑いの目を向けられ、黒く染めてこいとまで言われてしまうこともある。

 こんな校則に、なんの意味があるんだろう。

 狭い世界で窮屈なルールに従って、みんな同じ姿でいなきゃならない。納得のいく理由なんて説明されず、聞いたところで『それが規則だ』『決まりも守れないようでどうする』などと言われるだけ。

 わたしたちは、集団生活を送る中で、場を乱さずに皆が過ごしやすい環境を作る努力をする必要がある。それは当たり前だとして。

 タロちゃんの髪が耳にかかって、なんの迷惑がかかるというのか。

 小さい頃は家のルールに。今は家と学校のルールに。そして、大人になったら今度は社会のルールに縛られる。

 規律の中には意味もなく押し付けられるものがある。昔からの風習だとか、誰かの考えによって、個性が消されることもある。

 わたしたちに与えられている自由なんて、あってないようなものなんだな。

 ……だけど、抗いたい。

「タロちゃん。わたし、髪切るよ」

「え?」

「いっしょにショートカット楽しむ」

 ――わたし、髪切るよ。



【終】

 

 

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