彼女と僕のルール

信濃 賛

彼女と僕のルール

僕と彼女は、話さない。

これは、ルールであり、暗黙の了解。

僕たちの間には話さないことによって信頼関係が生まれていた。


彼女の名前は真帆。けど、いまはそう呼ばないので、ここでは彼女としておく。

ミディアムショートの黒髪に、黒目の割合が大きい瞳。鼻はすらっと長く、頬はチークを入れたようにほんのりピンク。顔は細長いというよりまるっこいという印象で、美しいより優しいという印象を受ける顔立ちだ。


小学校ではとても仲が良かった僕たちだけど、中学生になり少し自分を大人っぽく見せようとするようになってから、彼女とは距離を置くようになった。

クラスが違ったというのも大きかった。他クラスというだけで、男女の友達は会いづらくなる。

一回だけ、学校の廊下で話をした。中学校に上がって間もない頃。そのせいで同じ小学校出身じゃない同級生が「あいつらつきあってんじゃないの?」なんて何の根拠もないことを言いだした。それを小耳にはさんだ僕は、彼女と会うことをやめた。

何だか気恥ずかしくなってしまったんだ。

そしてこれはたぶん相手もだったんだろう。

いつの間にか、僕たちは話さなくなり、話さないことが不文律として定着した。


それから二年が経ち、中学三年生のクラス替えの時、彼女と僕は同じクラスになった。この二年間は彼女と会う機会がなく、彼女が今どうしているのか、どうなっているのか、気になった。

新しいクラスに初めて入った時、彼女はもう教室の中にいた。教室の後ろの方。誰だか名前のわからない女子と楽しそうに話していた。僕が入ったのにも気づかないようで友達との会話を続けている。

僕は教卓の方をまわり、自分の座席に座る。その際に、気づかれないようにちらりと彼女をみる。

(あんまり、変わってない)

容姿こそ中学二年分の変化はあるものの、記憶の彼女と、そこにいる彼女から受ける印象はあまり変わっていなかった。やさしくて、聡明。それが小学生の頃の彼女の印象。小学生のころから変わっていないなんて言われても嬉しくないだろうけど、僕は彼女がそのままでいてくれてうれしかった。

僕は席に座り、頭を回す。同じクラスになったんだから、ルールは消滅、話しかけてもいいのか。それとも不文律は今なお生きていて、僕と彼女とのかかわりを制限、話しかけちゃダメなのか。

答えは明白だった。僕と彼女の間には信頼関係がある。それを、破る訳にはいかない。このまま、話しかけない道を突き進む。同じクラスになった今も。


三年生になってすぐ、修学旅行の班決めをすることになった。それもそのはず、三年生の後半には高校受験があり、五月六月のうちに行っておかないと大事な受験に支障をきたすことになってしまう。

だからこそ、この、誰と仲良くするのか決めあぐねている時期に班を決め、一生のうちにそう何度もない同級生全員との旅行にいく。

ちなみに班は男子女子ともに3人ずつの計6人じゃないといけないらしい。


それが、いま、僕を苦しめていた。

修学旅行。中学随一の思い出作り。これをへたなメンツで行ってしまうと、後で後悔する。かといって、班に誘えるほど仲のいい人も少ない。いるとすれば、男子数人と、……彼女だけだ。

彼女とは小学校の修学旅行のとき、同じ班にだった。これはまったくの偶然で、僕たち二人とも驚いたけど、おかげでそのときの修学旅行はとても充実していた。

あの時の記憶が蘇り、僕は無意識に彼女の方を見やった。

「――っ!」

目が合った。彼女と。思わず、目をそらす。

(見ているのを、見られた)

恥ずかしさに顔が赤くなっていくのを感じる。昔は目が合うだけで恥ずかしくなってしまうなんてことなかったのに。

僕はいたたまれなくなって席を立った。その勢いで仲のいい男子に声をかけることにした。

そのあとクラスは男子の3人組が6つ、女子の3人組が6つに分かれた。旅行班になるためには女子の班とくっつかないといけない。けど、男子も女子もなかなか動き始めなかった。女子は誘われるのを待ち、男子は、自分があの女子たちを誘ったなんて浮き名が立つのを嫌って動かなかった。僕はといえば、ルールに縛られて彼女を誘えず、他の女子に声をかける勇気もなく、他の二人に「どうする? どうする?」って言って判断を任せようとしていた。

そんな様子を見た男の担任の先生が、

「決まらないんなら、くじ引きにしようか!」

そう言ってくじが入ったカンカンを取り出す。

「ここに1から12の数字を書いた紙がある。それを引いて1番だったら7番と、12番だったら6番とって感じでくっつく。これでいいか。あ、こっち側が女子でこっち側が男子な」

異存はなかった。

「じゃ、代表者は教卓まで来てくれ」

僕は代表者としてくじを引きに教卓へいく。彼女も代表者になったようで、ここに来ていた。心なしか、顔が赤くなっているように感じた。

「はい、じゃ、取ってってくれー」

担任の声とともにくじに群がるクラスメイト。彼らの気迫に圧され、少し教卓から退く僕。横を見ると、彼女も少し引いた所でみていた。

「男子1枚くじ落ちたぞー!」

担任が声をあげる。僕もそれを見ていた。ひらひらと宙を舞ったくじは、ひらりと僕の前に落ちてきた。僕はそれを拾い上げ、開く。数字は9。3番の女子と班を組むということになる。

「全員くじ取ったな。じゃ、班の相手を確認しようか。呼ばれたら代表者は立ち上がってくれ」

1番と7番が呼ばれる。彼女はそこにはいない。

2番と8番が呼ばれる。そこにも彼女はいない。

次だ。もし彼女と一緒なら……。胸が高鳴ってきた。これならルールに反していない。合法的に彼女との時間を楽しめる。

3番と9番が呼ばれる。僕は立ち上がり辺りを見回す。

そこに、彼女はいなかった。

というより……。

「齋藤、何でお前立ってんの?」

立っている男子に言われる。

男子が立っている? それはあり得なかった。これは男女の班を組むためのくじ引き。男子同士の班はできない。まして。

クラスの中には僕と他の男子と女子の3人が立っていた。

「あー、齋藤。お前、何番?」

担任に聞かれる。そのきき方から担任は原因をつかんでいるようだった。

「9ですけど」

「やっぱか。それ6だよ。7番から12番は女子の番号」

紙に書かれた数字をよく見てみる。確かに9だと思っていた数字は6だった。

「あ、ほんとだ」

どっと笑いが起きた。力が抜けたようにすわる僕。それ、さきに言ってよ。

穴があったら入りたい気分だった。

僕が羞恥心に打ちひしがれている間に二組分進み、次に5番と11番が呼ばれていた。まだよく知らない女子とあまりかかわりのない男子が立っていた。

そして、今度こそ本当に僕の番になる。6番と12番が呼ばれる。僕は多少びくつきながら立ち上がる。

「齋藤と真帆だな。よし座っていいぞ」

担任はそういって黒板に名前を書く。

――真帆?

僕は勢いよく後ろを振り返る。そこには立ち上がっている彼女がいた。彼女は僕を見て少し微笑むと軽く会釈をしてきた。僕はぎこちなくそれに反応する。

なんだか、信じられなかった。また、何かの間違いが起こったんじゃないかとも思った。でも、確かに彼女の名前は、僕の名前の隣にあった。


班、初の顔合わせ。目の前には彼女がいた。

「えっと、じゃあよろしく」

僕はぺこりと頭を下げる。彼女以外の女子ふたり――佐々木と松本――が「よろしくねー」と返す。

「今日決めるのは、班長と副班長ってことだけど、どうする?」

「代表者でいいんじゃない? 二人ともしっかりしてそうだし。あ、でも齋藤君のさっきのやつは笑っちゃった」

「それは、忘れてください。っていうより先生が悪い。あれ分かりづらいよ」

言い訳がましく言う僕に対しまた笑いが起こる。

「てかさ、さっきから真帆ぜんぜんしゃべってないけど、どうしたの?」

佐々木が彼女に問う。

「え、そんなことないよ。そんなこと」

彼女は両手を横に振り、否定する。懐かしい声だった。

「そんなことあるって。さっきまで楽しくしゃべってたのに班が決まってから急に静かになっちゃって。どう思う、齋藤君?」

松本が話を振ってくる。とても答えづらかった。

「班に、あんまり、満足してない、とか?」

しどろもどろに答える僕。

「え、そうなの? 真帆?」

「いや、、そうじゃないけど」

「けど?」

「なんか、やりづらいなって……」

彼女は目を伏せそういった。

やりづらい。その言葉が僕の脳をリフレインする。

やりづらい。それは、きっと、僕のせいだ。

僕が同じ班だから、どうするべきなのか分からないんだ。

僕らにはルールがある。それで築いた信頼関係がある。

それを破るべきなのか悩んでいるんだ。

それを悩んで。

「……」

こんな不文律で君が悩むくらいなら、僕は彼女と――真帆とのルールは破る。

信頼関係が壊れたっていい。浮名が流れたっていい。

「真帆!」

僕は声を上げる。

「は、はい」「下の名前! しかも呼び捨て!」「マジで!?」

「班長は僕がやるから、副班長やってくれないかな!」

2年近くぶりの会話。ルールを破ってするそれは、なんだか心地よかった。

「――うん。いいよ。ナオキ君」

真帆は頷き、にっこりと笑った。

「こっちも名前呼び?」「えちょっとまってわかんない」

修学旅行が、楽しくなりそうな予感がした。


僕たちの間に流れていたルールは消えてなくなった。いや、ひょっとしたら、そこにルールなんてなかったのかもしれない。

僕たちは僕たちの間で起きていたよく分からない牽制のしあいをいつの間にかやめられなくなり、ここまで来てしまったのかもしれない。

あれは何のためのルールだったんだろうか。思うに、僕と彼女を縛っていたルールは人を寂しくするためだけのものだ。そんなものはいらない。あっちゃダメだ。

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