青春禁止令ー生徒の男女間の交際を禁ずー

虹色

第1話


「神田ーー貴様何を考えている!?」


全校生徒が集まる生徒総会、

学園長は、その巨躯を震わせ壇上の僕らに凄む。

僕らの決断を捻じ曲げようと、

僕らの決意を圧し折ろうと、

僕らの願いを消し去ろうと、語威を強める。


「この儂を眼前にして、交際発言をするとは!辞世の句を読み上げるにはまだ人生を謳歌していないように思えるがっ!」


学園長は続ける、

僕をじっと見据えて。

だが僕は怯まない、

彼女が握ってくれる手から何か途方も無い力が伝わるのを感じる。


「神田君、ファイト!」


鈴のような彼女の美声が立ち向かう勇気をくれる。

きっとこれが、『愛』ってものんだろう。



「学園の絶対の校則、ルール、『青春禁止!』ーーすなわち男女間の交際の禁止、これを貴様は破ろうとしているのだぞ!?」


僕は理解している。

ルールを破ればどうなるのか、

僕と、僕の愛する人がどうなるかを理解している。


『学園生活全ての記憶を奪った後、両者とも退学処分』


だけど、気づいてしまったから仕方がない。

愛する人がいることの素晴らしさに。

愛する人がいることを隠す悲しさに。

誰も愛してはいけないと縛られるルールの虚しさに。


「神田君、その発言は取り消した方がいいよ。校則はバレなきゃセーフなんだから。無駄リスクとコストを負うなんて君らしくもない。老婆心ながら忠告するーーやめたまえ」


神代先生の制止も僕の気持ちを動かすには足りない。


「みんな聞いてください!」


全校生徒が注目するなか、僕は叫ぶ。


「僕はーー」


全力で、


「納戸さんとーー」


報告する、


「付き合ってますーー!」


言った、

言ってしまった。

これで、本当に戻れない。

僕と彼女は道を踏み外す。

この学園での輝かしい未来から踏み外す。

だけど、僕らに後悔はない。


「神田ぁ……納戸ぉ……言ったな、確かに聞いたぞ。貴様の交際宣言!貴様らは優秀な生徒だから、目をかけていたつもりだが、青春禁止は絶対のルール!その前に天才も馬鹿も区別しない!等しく裁き、罰するのみ!」


学園長の悪鬼のごとき叫びに呼応するように現れる黒衣の特殊部隊。

かのデモ隊も秒速で沈黙させた、圧倒的戦力。

これらの前に、僕らの2人の戦力などクワガタムシ程もないだろう。

だが、別に問題ない。

ルールは絶対、

しかし、そのルールを作る人間は『絶対』なんて言葉が当てはまる程完璧な生き物じゃない。

失敗するし、

後悔するし、

無駄に頑張るし、

意味ないことに力を注ぐし、

阿呆だし、

嫉妬深い。


つまるところ、完璧足り得ない不完全な『人間』が作ったルールの『穴』をつくことは、同じ不完全な人間である僕らにもできることだ。


「さて、学園生活最後の時間だ。お別れの言葉くらいは言わせてやろう」


学園長の言葉に、僕らは首を左右に振って否定する。

まぁ、正しくは半部はずれ、程度のものだけれど。これがテストの問題ならば、ぺけがつく答えだろう。


「皆さん、僕と納戸さんは昨日をもちまして自主退学しました。今まで、ありがとうございました」


2人でぺこりと頭を下げて、壇上からゆっくりと降りていく。

一瞬の沈黙、

そしてどよめき。


「どういうこと?」

「退学させる前に逃げればオッケーってこと?」

「学園長の負け?」

「青春禁止のルールが崩れる」

「これからどうなるんだ?」


耳を流れる群衆の声。

僕らはそれを無視して歩く。

自然と生徒や黒衣たちは道を譲る。

モーセの十戒の如く、人の海は割れ、道ができた。


「いこうか、納戸さん」

「そうだね、神田君」


僕たちは進む。

自ら選んだ道が、幸せ続いていると信じて。


ーー

「……詭弁だ、こんなものは詭弁。退学処分前に自主退学だと?そんな行為がまかり通ってたまるかっ!」


「それ以上はお控えください、学園長。これはルールの穴です。学園長の圧倒的戦力と、その単純明快なテーマ故に、破るものがこれまでいなかった、ただそれだけの理由で破られなかったルール。校則である以上、それは我が学園の生徒にしか適用されない。彼らは自主退学した。もう私たちの生徒ではありません。つまり、ルールの範囲外なのですよ」


「だが、自主退学を儂は認めておらんぞ!」


「書類上は、認めたことになっております」


神代は、学園長のサインがされた2人の退学届けを見せた。

学園長は、その字が自身の筆跡であること、そして神代にそれを作成する手段とタイミングがあったことに気づく。


「神代、貴様もか……」


憤慨する学園長の肩を、神代は優しく抱いた。


「古いのですよ、ルールで恋愛感情を縛り付けるとか。それにいいじゃないですか、自由恋愛、これで私も自分の気持ちに正直になれる」


そして、学園長の頬に接吻をした。


「私は教師ですからね、ある意味校則の範囲外の立ち位置。まあ破っても何のお咎めのないルールですが、やはり口火は生徒に切ってもらわないと居心地が悪い」


と神代は妖しく笑った。

学園長は、放心ーー心ここにあらず、といった状態だった。


ーー


神田君の行為と、その後に起こった事件によって学園は青春禁止の呪縛から解き放たられた。

だが、忘れてはいけない。

ルールが消えるということは、それに庇護された側にとっては火中に放り込まれるも同じだということを。

つまり、世の中には二つの人間がいるということだ。

自由を喜ぶものと、

持て余す自由を嘆くもの。


「自由になっても、俺がもてなきゃ、意味ないんだよー」


モテない男たちの悲痛な声。

彼らの叫びは、

彼らの嘆きは、

学園中に響き渡った。

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青春禁止令ー生徒の男女間の交際を禁ずー 虹色 @nococox

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