ルール

PeaXe

リーダーレース!

 古くから、ヒトとあやかしの世界は隔てられてきた。

 だから、ヒトとあやかしは、混じる事など無かったのだ。


 故に、本来ならば。

 それが生まれる事は、無かった。


 ヒトと、あやかし。


 本来混じる事のない存在。


 それらの、混血が。







 *◆*







 ちりん ちりん


 ヒトとあやかしが混じって暮らす、不可思議極まりない街、くりから町。

 そこかしこに、ヒトの形をしながら、ヒトならざる姿を持つ者が闊歩する。


 犬の耳。

 魚の鱗。

 緑の肌。

 額の角。


 ヒトならざる姿と能力を持つ、ヒトとあやかしの血をどちらも受け継ぐ者達。

 混血はヒトの形を持ちながら、親となるあやかしの能力も扱える。

 ただし。

 血の濃さと元となるあやかしの力によっては、ただヒトならざる姿となるだけ。


 猫又。

 長く生きた猫が、あやかしとなった存在。

 その特徴は、尻尾が途中で二股に分かれていること。


 黒い三角の柔らかな耳に、同じく黒い二股の尻尾。

 ちりん、ちりんと、首もとの鈴を鳴らしながら走る少年がいた。


 少年の名前はネコ。

 背丈は中学生程度だが、実際には高校生ほどの年齢だ。

 そんなネコが耳をピンと立てて、声を張り上げた。


「一緒に来てくれぇー!」

「いや、何でだよ」


 今日はとある理由により、街をあげての大運動会が開催されている。

 ただいま、所謂「借り物競争」が始まっている。


 猫又少年、ネコの目の前にいるのは、龍の血を引く青年、リュウヤ。

 青い髪に藍色の瞳。深緑の着流しに漆黒の厚い上着を羽織った彼は、目を細めて苦笑を浮かべていた。


「えっとー、借りる物の内容は」

「青髪で緑の着物!」

「ちょ、それ俺くらいしか条件合う奴がいないじゃんか?!」

「うん! だから来て! 頼む!」


 土下座する勢いで、ネコは頭を下げる。

 リュウヤはガシガシと頭を掻いた。


 そもそも何故大運動会が開催されたのかと言えば、先代の領主が亡くなったためだ。

 ヒトともあやかしとも言えない彼等が生きていくためには、この街が必要だ。その街の長を決める時、何故か大運動会の形を取るのが通例であった。

 そして、それぞれの種族の代表となる者が新たな長となる。


「そこまで急ぐ必要、あるのか? 猫又一族の長って言ったらお前だろ」

「血筋ではな! というか、血筋で言ったらリュウヤもそうだろ」

「まぁ。血筋ではな」


 2人は幼馴染だ。年齢は1つ違いで、どちらも学生。

 数がとても少ない種族の代表である。


「ちなみに、リュウヤのお題は?」

「黒耳黒尻尾の鈴身に着けた男子」

「俺じゃん?!」


 ぴゃっ、と飛び上がるネコ。

 その表情は太陽の如く輝く満面の笑みで、キラキラとしたオーラが漂った。


「じゃ、競争だな!」

「いや、だから何でだよ!」

「これ以上見下されたくないんだよ! 猫又は数が凄く少ない上に、前回は順位が下の方だったし」

「あれはお題が意地悪だったからな」

「うー……」


 大運動会は毎回競技が違う。そして前回の競技は棒倒し。

 少数派の種族に厳しい競技だった。


 今回は運動能力の高さと、コミュニティの広さ、判断能力の高さなどによる。知り合いが多ければ多いほど、条件に合うものを持っている者を見つけやすいからだ。

 そしてそれを見つけ、最初に持って来た者こそが、次代の長となる。


「まぁ、いいか。1位になる奴はもう出ている頃だろうが、最下位にはならないだろうからな。行くか」

「やりぃ! じゃ、じゃ、どっちが先に着くか競走しながら行こうぜ!」

「乗った」

「よっし! よーい、ドン!」


 ネコはその小さな身体を活かし、細い路地裏と塀の上を駆けて行く。

 リュウヤは音も無く建物の屋根を飛び越えて、屋根と屋根を伝っていく。


 ヒトにはできない動きだ。

 そんな動きを、この日は頻繁に見かける。中には空を飛ぶ者もいる。

 そんな中、ネコとリュウヤはゴールに向かって一直線に進む。


 ゴールラインは、すぐそこに。







 *◆*







「見えた!」

「おう」

「本気でやれよー?!」

「やっているさ。そっちもな」

「もちろん!」


 ゴールラインは目の前に迫っていた。

 白い布の帯が横へ一直線に伸びている。


「よっしゃ、リュウヤより先にテープを切ってやるぅー!」

「うん、行け」

「……うん?」


 トン、と押される感覚が、ゴールテープの直前であった。

 横や後ろではなく。

 前方に、全速力で駆ける身体が倒れる。


 ビリッ、と破れる音が聞こえる。


『―― 決まったぁあああ!』


 司会者のマイク越しの声が、スピーカーを通して街中に響く。倒れこんだネコに、観客達が歓声を投げかけた。


「え、え?」


 キョロキョロと、状況がよく飲み込めないネコは目を見開いて周囲を見渡す。

 やがて、後ろで無表情ながら上機嫌なリュウヤを見つけて、目を瞬かせた。


「リュウヤ。これ」

「あー、あれだ。長就任オメデトー」

「?!?!?!」


 にっこりと微笑むリュウヤに、ネコは思わず顔が引き攣るのを感じた。


「……1位が出る頃だって言わなかった?」

「出たじゃん。ネコが」

「うっ」

「そもそも、長就任コールの花火がまだ上がっていなかったろ?」

「そうだけど……そうだけど!」


 ネコは猫又一族の立場を良くしたかっただけで、決して長になりたいわけではない。


 この街の長は、いわゆる万屋のようなものだ。喧嘩を止める、罪人を裁く、イベントを企画するなど、雑務から実力行使まで何でもやる何でも屋だ。

 どう考えても、身体能力が高いだけの猫又では役不足。

 そう、ネコは視線だけで訴えるが、リュウヤ以外の者達には当然伝わるわけも無く。


 リュウヤも顔色を変化させてから、ネコの肩に手を乗せた。


「おめでとう。そして、諦めろ。これがここのルールだ」

「わざとだな?! わざとだろー!」

「が~んばっ☆」

「こんな時だけ明るい口調になるなよ?! しかも無表情で!」


 ぷんすか怒るネコを片手間にあしらいつつリュウヤはネコの小さな身体を抱き上げた。そのまま、目に付く高い建物に登る。

 すると。


「若き長に祝福を~」

「ちょ?!」


 わぁっとギャラリーが湧いた。

 途端、ネコの毛が総毛立つ。


「俺、長なんて向いてないよ?」

「いや、お前は向いてるよ。だから推したわけだし」


 物理的に、とネコにだけ聞こえる音量で、静かに呟いた。


「むぅ。こうなったら、とことん手伝ってもらうからな!」

「了解~」


 にぃ、とリュウヤは微笑んだ。

 これから始まるネコとの毎日を考えれば、どう考えても退屈など無さそうだから。


 これから生きる長い年月を、ほんの一瞬も退屈せずに済みそうだから。


「これからよろしくな、ネコ」

「むぅ。釈然としない」

「何、釈然なんて言葉、知ってたの」

「しっつれいだなお前!」


 降ろせ! と、小声で叫ぶなどという器用な真似をしながら、シャーッと威嚇する。

 するだけで、爪を立てたり牙をむいたりは絶対しないが。


 こうして、ヒトとあやかしの混ざった街の新たな長は、決まった。







 *◆*







 ちりん ちりん


 首もとの鈴が、今日も鳴る。


 完全なヒトも、完全なあやかしも、この街にはいない。


 本来混ざらないはずのそれらから生まれた彼等が住む街、くりから町。


 猫又の少年は、龍の青年と共に空を駆け、街中を飛び回る。


 今日も、明日も、明後日も。


「今日も頼むぜ、リーダー!」

「はいよ~!」

「がんばれー!」

「おうとも~!」


 街の人々の声に応え、手を振る。

 そうすれば、街の住人達も笑顔で返してくるのだ。


 ネコはいつもどおりの満面の笑みを浮かべていた。


「リュウヤ、次の仕事場、一番に着いた方が書類整理を引き受けるってどうよ」

「乗った」

「よーい、ドン!」


 世界のどこより雑多な街。

 それ故に、弱肉強食が当然のように成り立ってしまう世界。

 その頂点に猫又が君臨する世界。


 毎日のように起こる問題解決に奔走する。そうして、長としての勤めを全うする。


 とんっ、と。


 軽い音と共に少年は飛び上がる。


 今日もちりんと音が響く。

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ルール PeaXe @peaxe-wing

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