03
「あわさん、もうちょっと稼いできません?」
最終日の帰り道でひえがそう言ったのは、だからさほど以外でもなかった
「もうあらかたこの辺の作業は済んだろ、やることねえんじゃないか?」
「いや違いますよ、今度は町っす」
「何すんだ?」
「町で荷運びの単発があるんですよ」
「いつ?」
「あわさんさえよければ、今日の夜からでもありますよ」
「でもみろ、風が強くなってきた。もう今夜から暴風域に入ってくるんじゃねえか?」
「何言ってるんすか、仕事ってのは何時なんどきでもあるもんなんですよ。
それに今夜のは今日の倍出でますよ、だからやりましょうよ」
倍の言葉にフーンとつい興味深い声を出してしまった俺が少々情けなかった。
「そしたらここで、待ち合わせして行きましょう、時間は夜11時ですよ」
家と町と農家の境目のこの場所を指定すると、変わらぬ爽やかな声で別れを告げながら去って行った。
この糞炎天下のおかげで沸いた数々の入道雲に移りこむ夕日が
その後ろ姿を美しいシーンの様に切り取って見せていた。
メシ食って一眠りしたら10時を少し過ぎていた。
俺の予想通りもうりっぱな暴風域に入っているもんで
周囲の木が狂ったみたいに揺れてる。
しかも雨はもう絶対に許さないと叫ぶ女の声みたいな勢いで降りまくってる。
どっちにしても風呂は入らないつもりだった。出かけたらずぶぬれになるし出かけないなら誰にも会うわけじゃないから何の問題もなかった。
少し眠かったが、何だか久しぶりの約束に心奪われたし、倍にはもっと心奪われてたのも事実だ。
だが行くだけいってやっぱり仕事なし、なんて事もしょっちゅうだから何の気負いもせず普段の作業着セットで出かけた。洗濯にもなるし帽子は雨よけの気休めになる。帽子の紐だけちょっときつめに結んで指定場所まで歩いていった。
「やっぱ来てくれたんっすね、ありがとうございます」
ひえは待ち合わせの場所でこの雨と風でビニール傘をへし折られそうになりながら俺を待っていた。
「ひえ、こっから町ん中まで行くんだろ?」
「いえ道の途中で向かえが来てくれるんで、歩くのはちょっとで大丈夫っすよ」
久しぶりに作業以外で見るあわはちょっと新鮮だった。
固有種といわれるその辺に咲いてる花をでっかくプリントしたシャツに半ズボン、下はサンダルだった。
そういやこいつも「ワーホリさん」だっけなと久しぶりに思い出した。
暫く歩いて町境の自動販売機の前にゆくと、強風の中からトラックが一台走りこんで止まった。
ひえが一気に運転席に走りこんで行くと
「ケンさんケンさん! 御久しぶりでございます」と、この糞雨の中
股を落として深ぶかと頭を下げてた。
「おう、ひえ元気そうじゃねえか、まあ乗れや」
「はい、失礼しやーっす」と運転席の横にさっさと乗り込んでゆく。
それに遅れない様に俺も慌てて車に乗り込んだ。
「何だそいつ水浸しじゃねえか」
ケンと呼ばれた男は俺の姿をみるなりこうのたまった。
「いいじゃないっすか、どうせ荷運びん時は又濡れちまいますし」
ねーあわさん、とひえが同調を求めてきたので適当にあいまいな返事をした。
「まあいい、それじゃひえ、道知ってるって事だからナビやってくれよ」
「もちろんっすよ、人気が少なくてマジ近道っすから便利っすよ」
とポケットからガムを放り出して噛みながら「まずはこのまままっすぐ」と言った。
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