02
「阿波野さんって、切るの上手いですよね」
ひえに声をかけられたのは農家の日雇いが始まって十分後の事だった。
「ん、根っこのとこがヤワだからそこ目がけて鉈おろしゃいいんだよ」
ひえはいかにもワーキングホリデーで来ました! と全身で発声してるみたいな溌剌な顔で俺の言葉に尊敬の眼差しをむける。
真っ白なタオルを頭に巻いて、トレーニングで鍛えてきましたと言いたげな腕を自慢げに見せるノースリーブに軍放出品の作業ズボン。
歯まで真っ白なもんだから健康ドリンクのCMみたいな爽やかな声までしてる。
農家から借りた幅広の帽子によどんだ色の作業つなぎを着た俺
あさましいぐらい野暮ったく見える。
「慣れてるんですね」
「ああ、まあ」
「今日はどの辺までやるんですか?」
「ん、休みっていわれるまでか」
「これ、ここの農家さんの作物なんですよね?」
その言葉を気にせず作業を再開した俺の態度を
自己紹介がまだで先輩のご機嫌をそこねたと勘違いしたひえが慌てて名乗り出た。
「自分、比江井です。よろしくお願いします!」
それから一時間もしない間にひえの顔色が悪く、作業スピードが落ちていった。
「具合わりいの?」
「いや、大丈夫です。でも手がちょっと…」
この竹に似た作物は丈が俺たちぐらいにもかかわらず根元5センチ以外が恐ろしいまでに硬い。
しかも葉が細く長いのでちょっと気まぐれに触れるだけで
紙で手を切ったような痛みと共に何でも切ってしまうやっかい物だった。
誇らしげな腕は切り傷が無数に付いている。
手袋をはずさせると肉刺がつぶれて出血しているにもかかわらず
手のひらから血の気が全くなくなっていた。
「んじゃ休むか」
「あ、あの、すみません…」
「どうせ気分も悪りいんだろ?」
「…はい……実は…」
畑を出ると、かろうじて生き残ってたような木陰。
そこでひえは脂汗も拭かず変な息つかいを繰り返しつつへたりこんでいる。
俺はその横でぬるい水を飲みながら寝転んでいた。
暫くして遠くから休憩を知らせる声が聞こえ、今日の作業はこれで終了になった。
それから何日かひえの姿が見えなかったので
よく来る「ワーホリさん」達と同じと、そのまま何の気にも留めなかった。
「夢いっぱい」の「ワーホリさん」なんてこの辺の食い物なんかより沢山とれてそれ以上に腐って無くなってゆく。
再び以前の時間に戻った俺は半日だったり、一日中だったりと不規則な時間を往復しながら畑の仕事を繰り返していた。
久しぶりの一日仕事が終わって作業着を農家へ返してる所へひえの顔があった。
農家の主にとにかくあやまりたおしている。
主のじいさんはといえば「問題ないさ」と方言で優しく繰り返すだけ。
「明日から又来ますのでよろしくお願いします!」
といやにでかい声で言って、主の姿が自分の視野から見えなくなるまで最敬礼で立ち尽くしていた。
そんな現場をそっと回避して出て行った俺をひえが後からすかさず追っかけてきた。
先日のお詫びがしたいと言ってメシをおごるという。
断る理由もないので街まで歩きながら、メシを食いながらやつの話を聞いていた。
ひえは観光で来て以来この島が大好きになった事、その好きな島の為に役に立ちたいと思ってこの農場に来た事、ところが初日で激しい熱射病になり昨日まで寝込んでいた事、その事に落ち込んでいたがやはり志半ばで去るのはつらく農場主に謝りに行った事、明日からはがんばって働きたい事。
非の打ち所のない素直な心を俺の前に晒してくる。俺はふんふんと老犬の息の様な返事をしていた。
この島の特産になってる度数の高い酒を次々と飲みつつも、俺にも無理ない範囲で酒を注いでゆく。
白い歯に笑顔。酒で少しご機嫌になってる所作なんかは
どのぶつくれた親父でさえもてめえの娘を嫁に出しちまう様な素敵さがあふれ出す。
お互い、いい気分のところで切り上げて
「明日から又よろしくお願いしまっす!」
とひえは農場主に見せたのと同じ最敬礼でいつまでも俺を見送っていた。
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