僕は勇者。

天神シズク

勇者と世界のルール

 僕がこの世に生を受け、15年の月日が経った。母は誇らしげな顔で僕の15回目の誕生日を祝ってくれた。姉と弟も、僕の誕生日を祝うために飾り付けをしてくれた。人生で、一番豪華な祝福を受けたように感じた。

 明くる日、僕は国王様の元へと謁見えっけんすることになった。国王様は僕に告げた。


「この国。いや、この世界の『ルール』は知っているだろう。その『ルール』に従い、私は君に餞別せんべつの品を授ける」


 国王様は側近に目配めくばせすると、大きな箱を僕の目の前に運ばせた。それを開けると剣や鎧、薬草、地図、いくばくかの硬貨の詰まった袋があった。

 僕はそれらを手に取り、側近の人たち手伝ってもらいながら装備した。


「おぉ、よく似合っておるぞ。これで世界の平和が訪れそうだ。頼むぞ、勇者よ」


 国王様は僕にそう声をかけると下がっていった。数人の兵士が僕の横に付き、街の出口まで連れて行かれた。出口には家族をはじめ、友人や近所の知り合いが見送りに来てくれていた。僕は少し恥ずかしそうにしながら歩いていった。集まってくれたみんなに深々と頭を下げ、僕の旅は始まった。


 この世界の『ルール』。


 父親が勇者である家系は『敵』を倒し続け、世界の平和を取り戻さなければならない。僕の父は、一度旅に出たあと、深く傷ついた姿で帰ってきたらしい。弟が生まれたのを確認すると再び旅に出ていったきりだ。当時4歳だった僕は父の背中しか覚えていない。母や近所の人たちからは、父がいかに勇敢で正義感に溢れていたかをよく聞いていた。その父に恥じないように15年の間、生き続けて来たつもりだ。

 街の周囲には魔物が蔓延はびこっている。僕も何もせずに過ごして来たわけではない。王様からもらった武器を『敵』である『魔物』に振り下ろす。剣身けんしんが『魔物』に入り込むと弾けるように消えた。本で読んだ通りだ。『身体を保持できない程の傷を負い、生命を維持できないと判断された魔物は、魔王の元へと命が瞬間移動するようになっている。そのため、命が抜け落ちた魔物の身体は形を維持できず、弾けたように消えてしまうことが多い』と『魔物』の専門書に書かれていたのを記憶している。

 『魔物』との初めての戦闘は、街で棒を使って訓練していたときの方が手応えがあるくらいにあっさりと終わった。心なしか、自分の力が高まっているような気がした。

 僕は手のひらを見つめ、拳を握りしめた。そして、『魔物』を倒し続けた。地図を見ると、近くの村があるらしい。とりあえずそこを目指した。生まれてから初めての外界。ワクワクとドキドキの連続だ。

 村に着くと、住人の方が手厚く歓迎してくれた。なんて優しい世界なんだ。勇者という存在がとてつもなく大きく、期待されていることを実感した。


「これを食っていきな!」

「家にあった使いかけだけど、持っていって頂戴」

「おめぇの武器、しっかりいでおいてやったぜ」


 ずっとここにいたいと思ってしまう雰囲気だった。だけど、僕は勇者だ。世界の『ルール』に従い、『敵』を倒す旅に出なくてはならない。数日後、また一段と強くなった僕は村を離れた。

 村の住人から聞いた情報を元に、次の街を目指した。

 それから僕は『敵』を倒し、街を目指すことを繰り返した。故郷である街を出てからどれだけ時間が経っただろうか。僕は多くの経験をし、より一層力を手にしていた。

 魔王が居ると言われている穴の近くにある村へと着いた。そこも今までと同様に歓迎ムードだが、なんだか空気が冷ややかというか緊張感があるというか、とにかく何か違和感を覚えた。一通り食事をさせていただいて、その日は終わった。いつものように数日滞在させてもらっている間に、住人の話をたまたま聞いてしまった。ある日の夜。


「あの子。魔王への生贄いけにえになってしまうなんて、かわいそうね」

「そうねぇ。もう何回経験したか覚えてないけど、勇者っていうルールも残酷ね」


 どういうことだろう。生贄? かわいそう? 彼女たちがコソコソと話している内容が理解できなかった。2人は少し雑談すると、別れてそれぞれの家へと帰っていった。そのうちの1人を追いかけ、先程の話について聞いてみた。


「え? そ、そんなこと言ってないわよ」


 僕は剣を突きつけてもう一度聞いた。我ながら狂った行動だと思う。すると彼女は震えた声で話し始めた。


「ゆ、勇者様は魔王を鎮めるための供物くもつだと言われているわ。十数年毎に勇者と名乗る人が村に来ます。その人を歓迎し、魔王の元へと導く。それが私たちの『ルール』なの」


 意味を理解するのに時間を要した。剣を突きつけたまま、彼女の涙が枯れる頃、僕は気づいた。世界を平和にする勇者は、魔王に捧げられる供物のことで、勇者が魔王に身を捧げることで世界は平和になるのだと。国王様から授けられた装備は、供物に対する飾り付け。魔王までの道のりは上質な供物にするためだったのだ。曲解きょっかいかもしれないが、僕の中では納得のいく答えだった。

 彼女の服を掴んでいる僕の手が緩んだ瞬間、彼女は走って逃げていった。僕はしばらくそこに立ち尽くしていた。

 その日から僕の『敵』は増えた。奴らは人の場所に現れる新種の『敵』だ。僕はキレイに研がれ、切れ味の増した剣を握りしめていた。それを『敵』に振り下ろす。今までと同じように。


 『敵』を倒して、世界の平和を取り戻さなくてはならない。


 それが世界の『ルール』であり、僕の『ルール』だ。『敵』を倒して、倒して、倒して、倒して、倒し続けた。新種の『敵』は、今まで通り弾けて消えることはなかった。地に残った『敵』の身は、僕の気持ちを不快にさせた。赤く染まる剣を手にしながら、僕はまた強くなった。


 『敵』を倒さなくては。

 世界中にいる『敵』を、『魔物』を排除しなくては。

 それが『ルール』。


 僕は旅を続けた。世界を平和にするために。

 数年後、僕は魔王を追い詰めた。世界中の『敵』を倒し尽くした僕にとっては、魔王すらも脅威ではなくなっていた。魔王も今までの『敵』と同じように弾けて消えることはなかった。僕は『ルール』に従い、目標である魔王を倒した。


 世界は平和になった。


 勇者である、僕1人を残して。

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僕は勇者。 天神シズク @shizuku_amagami

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