第65話 総長の女

「麗奈ちゃん、麗奈ちゃん」

智和は自分の肩に寄りかかって離れない麗奈に何度も声をかけるが、起きる気配は全くない。

「…ったく、困ったな」

これじゃあ動けない、と智和がぼやくと、周りからこそこそと声が聞こえてきた。


「この娘が総長のお気に入りか…可愛いっすね」


「純情そうだな。人形みたい」


「けど、総長の女がこんなんでいいんすか?

こんな弱々しいしそうな純情な娘じゃ、総長の女は務まらないっすよ。

もっと美人で愛嬌のある女じゃねえと。

女はいわば、総長がどれほどの力を持っているかを示す、武器みたいなもんすよ。

それがこんな…美人には程遠い…」


「…ざけんな、雄平!」


冷たく怒りの篭もった声が室内に響いた。

智和は麗奈をソファーにそっと寝かし、

冷えてはいけない、と自分の上着を麗奈の体にかけた。

智和は雄平を睨みつけ、ソファーから離れて雄平の前に立ち塞がった。

「お前、何言ってるか分かってんのか?」

「分かってるっすよ、総長」

雄平は悪びれもせずに言った。

「俺が連れてきた女に文句つける気か」

「俺は、総長のために言ってるんすよ。ひいては組の繁栄のため」

雄平は智和の睨みに怯みもしなかった。

「俺は本気で好きな女を連れてきたんだ。それの何がいけない?」

「総長の女は、重要なんすよ?

どんな女かで、周りからどう見られるかが変わってくる。

それは総長もご存知じゃないっすか」

「反対なのか」

「もっと良い奴がいますよ」

雄平はにやりと笑った。


「トモくん」

雄平の後ろから顔を出した華奢な女性に、智和は驚いた。

園華そのか?」

「とーもくんっ」

智和は驚いて園華を受け止めた。

「お、おい…やめろって」

「どうして?良いでしょ?」

「だめだって」

「ん〜、トモくん?トモ、く…」

麗奈が眠そうにソファーから身を起こし、智和の声のする方を見た。

運悪く智和と園華が抱き合っているところを、麗奈は見てしまった。

「え…トモくん…?」

麗奈は口が震えて言葉がなかなか出せないようだった。

「こーんにちは、私はトモくんの許婚よ」

「おい、園華やめろ」

「だって本当のことでしょ?」

「いや…それは…」

智和の目が泳いだ。

「どういう、こと…?」

麗奈は震える声で言った。

「トモくんは私の許婚なの」

園華は嬉しそうに麗奈に駆け寄って言った。

「組長が決めた許婚だから、変更はできねーよ」

雄平が追い打ちをかけるように言った。

「知らなかった…」

「そんなことは知らなくていい!麗奈ちゃんは何も考えず、

俺の傍にいればそれでいいんだ」

「許婚がいたなんて…」

「麗奈ちゃん、信じてくれ。俺が好きなのは、麗奈ちゃんだけだ」

智和は麗奈に近づき、抱きしめた。

「嘘…嘘」

「嘘じゃない」

「トモくんに会わなきゃ良かったのかな…」

「麗奈ちゃん…!」

智和は身を離して麗奈の肩を掴んだ。

「そしたら、トモくんを好きになることもなかっただろうし…。

何だか私だけがトモくんを好きみたい。一方通行ね」

「そんなことない…俺は麗奈ちゃんのことが」

「こんなことになるなら勉さんと夫婦になればよかったのかも」

麗奈の口からそんな言葉が出てくるとは、智和は予想だにしていなかった。

「は?どういう意味?」

雄平が首を傾げた。

「麗奈ちゃん、親が決めた婚約者と結婚するはずだったんだ。

でも、俺がさらってきた」

「攫ってきた?」

雄平は麗奈をちらりと見た。

「ああ。麗奈ちゃんもそれを望んでた」

智和は天井を見上げた。

「園華がししゃり出たくらいでそんな弱音吐く女なんて総長には

相応しくないし、必要ない。その程度の覚悟なら、さっさと出ていけ」

雄平の言葉に、麗奈は泣き出してしまった。

「雄平、いい加減にしろ」

「純粋だけじゃ、やってけないんだよこの世界は。

あんたみたいな無口なお人形さんが来るとこじゃねーんだよ。

大人しく婚約者さんと夫婦になれば良かったものを」

『無口なお人形さん』という雄平の言葉に智和は怒りを抑えきれなくなり、

雄平の胸ぐらを掴んだ。

「ふざけんな!俺の麗奈ちゃんを傷つける奴は許さん!」

「総長が夢中になる理由がわかんないっすよ。なんでこんな娘が」

「雄平、お前な…」

智和は雄平を殴ろうとしたが、智和の拳は見事に交わされた。

「総長らしくないっすよ。今の攻撃も、この娘に夢中になるのも」

「俺らの人生の邪魔をするな」

智和はしゃがみこんで俯く麗奈の元へ歩み寄り、手を握った。

しかし、麗奈は涙をぼろぼろと零しながら智和の手を振り払い、走り去った。


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