第61話 けがの理由

すると、玄関の方からドアをどんどんどん、と叩く音が響いた。

と同時に、麗奈の手にある携帯が鳴った。

「は、はい…!」

「お嬢様?なぜ開けて下さらないのです?僕は10分ほど前から

ここで立ち尽くしているのですが?」

「あっ…!ご、ごめんなさい、今開けます!」

麗奈は慌てて階段を降りた。

「きゃっ…!」

慌てて階段を降りた麗奈は、階段を踏み外してしまい、踊り場まで転げ落ちた。

異変に気づいた勉は、携帯から声をかけ続けるも、何も出来ずにいた。

「いたた…」

麗奈はゆっくりと起き上がって階段を降り、床に落ちていた携帯に手を伸ばした。

「お嬢様…!?大丈夫ですか!?」

「大丈夫です…今、開け…ます」

麗奈は痛みに耐えながら、玄関のドアを開けた。

「お嬢様…!」

勉は、直ぐに中へと入り手に持っていた花束を床に落とした。

麗奈は、勉の胸にしがみついた。

「お嬢様、お怪我は…!?」

勉は、麗奈を抱きしめながら言った。

「いたい…です。転んでしまいました」

「僕が急かしたから…お嬢様をこんな酷い目に…」

「いいえ。それは違います。勉さんは悪くな…んっ」

勉は麗奈の頬に手を添え、唇を塞いだ。

「いいえ、僕のせいです」

勉は麗奈をじっと見つめ、再び唇を重ねた。

「お嬢様。お詫びといってなんですが、今夜は貴女と過ごしたい…」

「あ、あの、それって」

「お詫びとして、お嬢様と添い寝したいと」

「だっ、だめです…」

「なぜです?」

麗奈は勉から身を離したが、勉は少しふらついた麗奈を支えるように、

麗奈の両手をしっかりと握った。

そんな気遣いが優しい勉の姿に鼓動を高鳴らせた麗奈は、床に落ちていた花束に視線を向けた。

「あっ…花束」

花束を拾い上げようと、勉の手を離した麗奈は、花束をそっと手に抱えた。

「綺麗…これを、私のために?」

「ええ、貴女のために」

「嬉しいです」

「この花束よりも貴女の方が綺麗です、お嬢様」

勉は麗奈の腕を掴んでゆっくりと腰を下ろした。

隣同士に座った二人は見つめ合っていたが、麗奈が先に視線を逸らした。

「お嬢様は、とても綺麗です」

勉は麗奈の左手を握ったまま言った。

「そんなことありません。私よりも、お姉様の方が綺麗です」

「いいえ。確かに亜里紗さんは美しい方です。ですが、僕はお嬢様…麗奈お嬢様を

お慕い申しております。お嬢様は、とても優しく心の広いお方です。そして、心も清く美しい。真っ直ぐで素直な貴女に、僕は…翻弄されています」

勉は麗奈の唇を指でなぞった。

「んっ…くすぐったい…」

麗奈が勉の手を右手で掴むと、勉は麗奈の右手を見て眉根を寄せた。

「お嬢様、これは?」

「えっ?あっ…!」

麗奈は慌てて右手を引っ込めるも、勉に阻止された。

「ご説明いただけますか?お嬢様」

麗奈は覚悟を決めて、勉を見つめた。

「実は、前にも階段から落ちてしまったことがあって。

その時に怪我をしてしまったんです。大怪我ではないんですけれど、念のため包帯を…」

「…なるほど」

勉は溜息をついた。

「原因は、ハイヒールでは?」

麗奈は、外出する際や勉に会う時は決まってハイヒールを履いているのだ。

「大丈夫ですから…」

「無理をすると、足を痛めることにもなりかねません。

あまり無理をなさらず、そのままのお嬢様でいてください」

「勉さん…ありがとうございます」

麗奈は勉に頭を下げた。

「お嬢様のそういう…謙虚なところが好きです」

「勉さん…」

勉の射抜くような視線に麗奈は困惑していたが、勉のストレートな言葉は素直に嬉しかった。

「お嬢様の…」

勉が麗奈に顔を近づけていく。

「柔らかく眩しい、素敵な笑顔が好きです」

麗奈の頬に勉の手が添えられたかと思うと、すぐに勉と麗奈の唇は重なった。

「きらきらとした綺麗な目で、貴女は僕を見てくださいます。その目も、好きです。

ずっと僕を見続けてほしい…。いつも、僕に笑顔を向けてくださる貴女が僕は

どうしようもなく大好きです。愛しています」

「勉さん、嬉し…んッ」

勉は再び麗奈の唇を塞いだ。二人の唇はなかなか離れずにいたが、

大きな咳払いが二人の甘い時間を中断した。

「勉くん、君は夜な夜な何をしているのかね?」

「申し訳ございません、彰人様。お嬢様の体調が芳しくないとお聞きしたので、お見舞いに…」

「思っていたよりも体調が良さそうで安心して、

我慢できずに接吻をしていたというわけだな?」

「はい、申し訳ございません。大切なお嬢様を…」

「いや、いいんだ。麗奈は大切でもなんでもない」

「彰人、様…?」

彰人の思いがけない言葉に、勉は驚きを隠せなかった。

「勉くん、麗奈を貰ってくれるか?」

「彰人様?」

「麗奈は、私達の実の子ではないのだ。養子なのだよ」

「養子…?」

勉は麗奈を見た。麗奈は、俯いていた。

「ああ。麗奈は小さい頃からマイペースで、手を焼いたものだ。

亜里紗に似ず無愛想で、頭も悪い。迷惑ばかりかけて、私達を困らせてばかりだ」

溜息をついた彰人は、麗奈を冷たい目で見ていた。隣にいる麗奈をちらりと見た勉は、

麗奈の手が震えていることに気づいた。麗奈は涙を必死で堪えていた。


「いえ、お嬢様はとても素敵な方です」


その言葉に、麗奈は顔を上げた。


「ほほう、そんなに麗奈が好きかね」

「ええ、愛しています」

「それでは、麗奈を貰ってくれるね?」

勉は麗奈の顔を覗き込み、右手を優しく擦りながら言った。

「はい、勿論です。お嬢様は僕が幸せにします。お嬢様を…僕にください」

勉は立ち上がり、深々と彰人に頭を下げた。

「良かったな、麗奈。…勉くん、麗奈をすぐにでも持ち帰って構わないぞ」

「彰人様、申し訳ございませんが色々と準備もございますので…」

「そうだな。準備が出来たら言ってくれ。すぐにでも麗奈をやるからな」

彰人は満足げに笑った。

勉は、座ったまま黙りこくる麗奈を見た。麗奈の頬には、涙が伝っていた。

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