第28話 姉妹登場

麗蘭は、胸を踊らせながら佐久間を待っていた。

佐久間と話をするようになってからというもの、麗蘭はとても楽しそうにしている。

それが、桃と春彦にはとても喜ばしいことだった。

毎日は会えないが、たまに会えるだけでも麗蘭は嬉しそうだ。


(佐久間さん、まだかな)


麗蘭はカウンター席に座り、頬杖をついた。

「ふふ、待ち遠しいわねえ」

「はい。待ち遠しいです」

麗蘭はふふっと笑って桃を見た。

「お?否定しないのか?」

春彦が驚いたように言った。

麗蘭は照れながら頷いた。

「佐久間さんの絵を見るのが、好きなんです」

「とか言っちゃって。本当は、佐久間さんに会いたいんでしょー?」

「そ、それは…」

もじもじとする麗蘭を見て、春彦は笑った。


カランコロンと音を立てて、ドアが開いた。佐久間だった。


「あっ!佐久間さん!」

麗蘭は小走りで佐久間の元へ駆け寄った。

「麗蘭ちゃん、来たよ」

「ふふ、嬉しいです。こっちです」

麗蘭は佐久間の手を引っ張り歩いたが、麗蘭の細い腕に鋭い痛みが走った。


「いた…」


麗蘭が自分の腕を見ると、誰かに掴まれている。


「おい、やめろよ莉子」

「だって、この娘、勝手に手を握るんだもん」

許せないし、と赤い髪を高めのツインテールにした女の子が麗蘭を睨んだ。

「離しなさいよ!いつまで握ってんのよ!」

その少女は、麗蘭の手を佐久間の手から引き離そうと強い力で麗蘭の手を引っ張った。


(いたい…いたいよ…それに怖い…)


麗蘭は佐久間から直ぐに手を離した。

佐久間は、麗蘭に手を離されたことに寂しさを感じていたのを、

佐久間の後ろにいる赤い髪の背の高い女性は見逃さなかった。


(…っ、いたい…!)


麗蘭の手は、ツインテールの女性に捻られて痛みを増した。


(どうしてこんなこと、されなきゃいけないの…?わたし、なにもしてないのに…

それに、どうして佐久間さんはわたしを助けてくれないの…?)


麗蘭は悲しくなった。

それにしても、佐久間と入ってきた赤い髪の二人は誰なんだろうかと麗蘭は思った。

「莉子、やめろ」

「わかったよ」

ぷい、と莉子は麗蘭から手を離した。

「なるほどね。和哉がここに入り浸る理由がわかった」

佐久間は、カウンター席に座った。佐久間の左隣にはツインテールの女性、

右隣には真っ直ぐなロングヘアの背の高い女性が座った。

「なんでも頼んでいいよ」

「やったー!ありがと!」

「こら、莉子。はしゃぐんじゃない」

三人は楽しそうに話していた。

そんな様子を見た麗蘭は、佐久間が遠い存在に思えてならなかった。

「佐久間さん、そのお二人は?」

「ああ、桃さん。このツインテールの子は、僕の妹で莉子。それで、こっちは姉の理沙子です」

「ああ、だから仲良かったのか」

「ええ、そうなんです」

そう言ったあと、佐久間は後ろに立っていた麗蘭に気づき、手招きした。

「おいで、麗蘭ちゃん」

麗蘭は、足がすくんで動けなかった。

麗蘭は、莉子に掴まれた左手がとても痛かった。

それなのに、佐久間は助けてくれなかったと失望していた。

その上、莉子には睨まれるし嫌になってきた。


「麗蘭ちゃん?」


佐久間が心配して麗蘭のもとへ歩いてきた。

麗蘭の顔を覗き込むようにして、佐久間は麗蘭を見つめた。

麗蘭は目を逸らし、2階へ上がろうと佐久間から離れて歩いていったが、

佐久間は麗蘭を追いかけた。

「ねえ、麗蘭ちゃんってば。どうしたんだよ?」

麗蘭は佐久間の言葉には耳も貸さず歩いていたが、佐久間は麗蘭の目の前に立ち塞がった。

「ねえ、麗蘭ちゃん。せっかく来たんだからさ、話そうよ」

麗蘭は、とてもじゃないがそんな気分にはなれなかった。

佐久間が来る時までは、幸せな時間が漂っていたのに空気は一変してしまった。

「妹さんとお姉さんと、ごゆっくり」

麗蘭はそう言って2階の階段へ向かおうとしたが、佐久間は麗蘭の手首を掴んだ。

「…っ!いたいっ!」

麗蘭がいきなり甲高い声で叫んだので、佐久間は驚いて手を離した。

「あ、ああ…ごめんよ?痛かった?」

佐久間は麗蘭の手首を擦ろうとするも、麗蘭は拒否した。

「ごめん、麗蘭ちゃん…」

「ちょっと!かずにいが謝ってんのに、何よその態度!」

莉子は、かつかつとヒールを鳴らして麗蘭に迫った。

自分を思い切り敵視して睨む莉子に、麗蘭は怯えた。

「やめろよ、怖がってるだろ」

「だって、かずにいが謝ってんのに!」

「いいんだよ、僕が怖がらせるようなことしたから」

「もー!そうやって甘いからダメなのよ、かずにいは!」

「はいはい」

佐久間は苦笑いした。

「ごめんなさいね、麗蘭さん。莉子は、根は悪い子じゃないの。許してね」

「いえ、そんな…悪いのはわたしです。ごめんなさい…」

佐久間は再び麗蘭ちゃん、と呼んだが、

麗蘭は三人にお辞儀をして2階への階段を登ってしまった。



佐久間はー佐久間 和哉はカウンター席に座ったが、項垂れてしまった。

「あらあら。しっかりしなさいよ」

「姉さん…僕…」

「大丈夫よ。すぐ仲直りできるから」

「そうかなあ…」

理沙子はとても優しかった。

一方の莉子はというと、

「かずにい、あんな子がタイプなの?まじでどうかしてんじゃないの?あんなブス女」

「こら!莉子、なんてこと言うの」

「だって、そうじゃん。りさねえもそう思うでしょ?」

「あの子はとても優しそうで可愛い子じゃない」

「そうなんだよ。優しくて可愛いんだよ、麗蘭ちゃんは」

和哉は笑った。

「あの女のどこが良いのよ」

莉子がそう言い捨てると、和哉は莉子の肩を掴んだ。

「莉子!いい加減にしないか!今度麗蘭ちゃんを馬鹿にするようなことを言ったら、

いくらなんでも許さない。妹でも容赦しない」

莉子は文句を言いたくなったが我慢した。

こだわりの強い和哉のことは、よく理解しているから何も言っても無駄だと、そう思った。

「はあ…麗蘭ちゃんに嫌われたらどうしよう」

「大丈夫よ、和哉」

「姉さん…」

「和哉。ずっと、どこをふらついてるのかと思ってたけど、ここに入り浸ってたのね」

まあね、と和哉は笑った。

「あの子のこと、好きなの?」

「うん……好き」

「頑張りなさいよ。応援する」

理沙子は、和哉の背中をびしっと叩いた。

「ありがとう、姉さん」

和哉は溜息をついた。

「随分深い溜息ねえ」

桃が静かに言った。

「ええ、まあ。麗蘭ちゃんが前、僕の絵をもっと見たいって言ってくれて。

それで、前に書いた絵を見せたくてスケッチブック三冊持ってきたんですけど」

「ええっ!?そんなに!?」

桃は目を見開いた。

「ええ、たくさん見てほしいなって。

でも、麗蘭ちゃんに見せる前にこんなことになっちゃったから」

和哉は、鞄からスケッチブックを三冊取り出した。

「本当に三冊…」

春彦も前のめりになって和哉の目の前にあるスケッチブックを見た。

「見せたかったのにな…」

和哉は、スケッチブックを手に取り唇を噛んだ。

「まあ、また今度来た時に見せればいいだろ」

「春彦さん…」

「元気出せよ。麗蘭ちゃんだって、いつまでも怒ってるわけじゃないから」

「そうですね。…また、日を改めて来ます」

「ねー、かずにい、頼んでもいいんでしょ?」

「いいよ」

「じゃあ私は、ホットケーキ!」

「莉子…この時間にホットケーキって」

「悪い?」

「…どうぞご自由に」

理沙子は溜息をついた。

莉子のご機嫌な声が辺りに響いた。





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