第27話 救世主は天才画家

「わあああ〜!」

 麗蘭が高い声を響かせた。

「すごい!」

 麗蘭がきらきらと目を輝かせているのを見て、佐久間は頬を緩ませた。

「すごい!」

「麗蘭ちゃん」

「すごい」

「麗蘭ちゃん」

「あ、はい…」

 佐久間のスケッチブックを見て夢中になっていた麗蘭は、佐久間が肩に触れたことに気づき我に返った。

「どうかな?」

「すごいです!」

 目を輝かせながら麗蘭は佐久間を見た。


「例えば、どこが?」

「全部です!」

 佐久間はぷっ、と吹き出して笑った。

「どうして笑うんですか〜!」

「いや、だってさ、全部って」

「だって全部すごいんです」

「ありがとう」

 再びスケッチブックに目を落とす麗蘭に、佐久間が言った。

「特にどこが?」

「まるで…写真を見てるみたい。観察力がすごいと思います。繊細なタッチ、っていうんでしょうか…」

「なるほど」

 他には?と佐久間は麗蘭に尋ねた。

「うーん、すごいとしか言いようがないんですけど…」

「けど?」

「臨場感?って言うんでしょうか…。まるでその場にいるような感覚になるんです。

 本当にすごい…画家みたい」

「嬉しいなあ、そんなふうに言ってくれるのは」

 佐久間は照れていた。

「本当のことを言っただけです」

「それでも嬉しい。ありがとう」

「いいえ…」

 麗蘭は床を見つめた。

「ま、僕は画家なんだけどな」

「えっ?」

 佐久間の呟きを麗蘭は聞き返した。

「……僕は、画家だ」

「ええっ!?佐久間さん、画家なんですか!?」

 麗蘭が驚いてスケッチブックの絵と佐久間を何度も見比べていた。

「あのさ…そんな信じられない?」

「いえ…そうじゃなくて」

「じゃなくて?」

「佐久間さん、お洒落だからファッションとかそういうのだと思ってて…」

「よく間違われるけどね。ファッション業界の人かって」

 佐久間は苦笑いした。

「この絵、とてもすごいです…さすが、画家さん」

 麗蘭はスケッチブックに書かれた、鉛筆で書いたであろう風景画を見つめた。

「そんなことないよ。これでも、試行錯誤したりしてるんだよ?」

「えっ?そうなんですか?」

 そんな風には見えない、と麗蘭は思った。

「そんな…だって、こんなに完璧そうな絵なのに…」

「自分が思い描いたものじゃなかったら、最初から書き直す」

「最初からですか!?途中で直すとかじゃなくて」

「そうだよ。納得いかないし最初から書き直すよ」

 大変ですね、と麗蘭は言った。

「次のページも捲ってごらん」

「次のページ?」

 麗蘭は、スケッチブックを捲り、二枚目の絵を見た。


 二枚目の絵は、どこかの店の中を描いていた。

「すごい…これは、どこの絵ですか?」

「わかんない?よーく見てごらん」

「えっ?うーん」

 麗蘭は、佐久間が書いた絵と睨めっこをし始めた。

「佐久間さん、どこですか?教えてください〜」

 麗蘭は絵に書かれた場所がどこなのか見当がつかない様子だった。

「ここだよ」

「ここ?」

「このカフェ・テリーヌの店内を書いたんだけど…わかりづらかったかな」

 麗蘭は店内をぐるっと見回したあと、

 佐久間の絵をじっくりと眺めた。

「ん…!あ、ここがドアで、ここがカウンターだ!」

 佐久間は笑顔だった。


「わかってくれた?」

「はい!すごくお洒落な店内になってます!すごいなあ…色をつけたら、本当に写真みたい」

 麗蘭は、スケッチブックの絵の輪郭を指でなぞった。

「他にも書いてあるんですか?」

「ん?ああ、あるけどこのスケッチブックは最近買って絵を書いてたから、

 今まで書いてた絵は家にあるけど」

 どうかした?と佐久間が不思議そうに尋ねた。

「わたし、佐久間さんの絵が欲しいです」

「麗蘭ちゃん…」

「佐久間さんの絵を見ていると、癒されるというか…」

 麗蘭ははにかんで言った。

「今度持ってくるよ」

「本当ですか?嬉しい!」

 ふふ、と笑う麗蘭に佐久間は釘付けになった。


「佐久間さんは、風景画の他にも何か書いたりするんですか?」

「あー、そうだね。基本的には風景画が多いかな」

「そうなんですね」

「この絵みたいに、店の中みたいなのも書くけど、基本的に自然を描きたいって思っていてね」

「自然…」

 麗蘭は、佐久間のすごさに感激していた。佐久間には才能があると心からそう感じた。

 才能のある人間とは佐久間のことを言うのだなと麗蘭は思った。

「自然っていいですよね。気持ちが和らぐというか」

「うん。いろいろなところへ行って絵を書くのは、とても楽しいよ」

「そうなんですね」

 麗蘭は絵を書くのが苦手だ。絵は全般的に書けないのだが、特に風景画は上手く書けない。

 小学生の時、授業で風景画を書くことになって書いたものの、

 全く書けず中途半端で終わってしまったことを思い出す。

 だからこそ、佐久間のように繊細な絵を描ける人が、麗蘭は羨ましいのだ。



「次来てくださる時は、佐久間さんの絵をもっと見せてください!

 たくさんでなくていいので…待ってます」

 麗蘭は恥ずかしいのか、声が小さくなって言った。

「うん、わかった。持ってくるよ」

 佐久間は麗蘭の頭を撫でた。

 麗蘭は驚いたが、照れ笑いを浮かべていた。


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