第26話 妖精の恩返し

 佐久間が帰っていったあと、麗蘭は佐久間が座っていた椅子に座った。

 佐久間は自分を助けてくれた救世主で、命の恩人。

 その佐久間に恩返しをしなければ、と思い立つものの、

 一体何をしたらいいのかと麗蘭は悩みに悩んだ。


「桃さん、春彦さん、みゆ姉」


 麗蘭がカウンターに立つ三人を見て言った。


「わたし、佐久間さんに恩返しがしたいの」


 麗蘭がそんなことを言うので、麗蘭以外の三人は絶句した。

「あらまあ、麗蘭ちゃんからそんな言葉が出てくるなんて思わなかったわ」

「俺もびっくりしたぞ。いいことじゃないか、やってみたらどうだ?」

「やってみたら、って何をですか?」

 麗蘭がきょとんとして言うので、美優は目を丸くした。

「何を、って。恩返ししたいんでしょ?何をしようとか決めてないの?」

「決めてない…」

「もう、麗蘭ちゃんったら」

 美優は溜息をついた。


「みゆ姉、わたしどうすればいい?」

「そうね…佐久間さん前言ってたじゃない。

 話し相手になって欲しいって。仲良くなりたいって」

「あ…そっかあ!」

 麗蘭はなるほど、と呟いた。

「そ。佐久間さんが来た時に話し相手になるだけでもいいと思うの」

「うん!みゆ姉、わたし佐久間さんとお友達になる」

「ふふ。なるんじゃなくて、友達になりたいんでしょ?」

 桃はカウンターに両肘をついて両方の頬を両手で包んでいた。

「う、」

「麗蘭ちゃん、興味が湧いたんじゃないか?佐久間さんに」

「春彦さんまで!ち、違います」

 麗蘭は桃から目を逸らした。

「顔赤くなってるぞ」

「ち、違いますってば!」

 麗蘭が膨らませた頬は、ほんのり淡いピンク色に染まっていた。



 麗蘭は、カウンターから佐久間をじっと見ていた。

 佐久間はそんな麗蘭に気づかずに、スケッチブックに何かを書いている。


(真剣な顔…何をしてるんだろう)


 佐久間が命の恩人と知ってからというもの、

 麗蘭は佐久間に恩返しをするべく、佐久間が来た時にはいつも佐久間とお喋りをするようになった。

 少しずつ、ではあるが。

 麗蘭がじーっと見ていることに、ふと顔を上げた佐久間が気づいて目を丸くした。


(あっ…見つかっちゃった)


 麗蘭はその場にしゃがみこんでしまった。

 佐久間の座るカウンター席には、うずくまっている麗蘭の姿は見えない。

 そんな子供がかくれんぼをするように隠れる麗蘭を、佐久間は目を細めてふっ、と笑った。


「麗蘭ちゃん」


 佐久間がそう呼ぶと、麗蘭の声が聞こえた。



「んうう、見つかっちゃったよ…」

 麗蘭はそう言いながらも、なかなか立ち上がろうとしない。

 すると、がたっと物音がしたがその場は静まり返った。

 佐久間はいつものように営業時間終了間際に来て、少しばかりのこの時間を楽しんでいる。


「麗蘭ちゃん」


 佐久間の声が、麗蘭の頭上から聞こえてきた。

 驚いて麗蘭が顔を上げると、麗蘭のすぐ近くに立っている佐久間がいた。


「い、いつの間に!」


 佐久間は、店員しか入れないカウンターの中へと入り、しゃがみこむ麗蘭を見ていたのだ。

 驚いた麗蘭は俯いた。


「驚かせてごめんね」


 麗蘭の目の前にしゃがんだ佐久間は、麗蘭と視線を合わせた。

 麗蘭は佐久間の声に顔を上げた。


「いいえ、わたしこそ、かくれんぼしちゃってごめんなさい」

「いいんだよ。でも、隠れてばかりじゃ困るな?」

「はーい」

 麗蘭はにっこりと笑った。

「あの、佐久間さん」

「ん?なに?」

「さっき、何をしていたんですか?スケッチブックに何か書いていたみたいですけど」

「ん?気になる?」

「そ、そりゃあ気になりますよ」

 麗蘭は佐久間を真っ直ぐな目で見つめた。

「ん、わかった。こっちおいで」

 そう言って佐久間は、麗蘭の手を取りカウンターの外へ出て先程座っていた席へと戻った。


「座って」

 佐久間は、自分が座っていた椅子の隣を指さした。

 麗蘭は頷いて座ろうとしたが、佐久間はやんわりと阻止した。

「?」

 麗蘭は首を傾げて佐久間を見た。

「はい、どうぞ」

 佐久間が椅子を引いて麗蘭に座るよう促した。

「あっ、ありがとう、ございます…」

 麗蘭が座ると、佐久間は麗蘭の隣に座った。

 佐久間の座った席のカウンターには、一冊のスケッチブックがあった。

 スケッチブックはそれほど分厚くはなかった。


「はい、これ」

 佐久間が麗蘭にスケッチブックを手渡した。

「えっ?あの、佐久間さん?」

「いいよ。見て」

「でも」

「見て欲しいんだ。麗蘭ちゃんに」

「わたしに…?」

「うん。素直な感想を聞きたい」

「感想…」

 麗蘭はスケッチブックを受け取った。

「感想っていっても、わたし素人だし何もわからない…」

「それでいいんだ。麗蘭ちゃんの素直な感想を聞きたいんだから、思ったことを言っていいよ」

 そう言って佐久間は、麗蘭の右手を握りスケッチブックを捲らせようとした。

 麗蘭は驚いて隣にいる佐久間を見た。

「ほら、早く見てよ」

「は、はい…」

 佐久間は静かに手を離すと、スケッチブックを捲り始めた麗蘭を見た。

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