第25話 真実

(怖いけど…なんでだろう。佐久間さんのことが気になる。

 どんな人なのか知りたいって思う…)


 麗蘭は、ゆっくりと階段を降りて赤ん坊のように両手両足で歩を進め、

 カウンターの中へと入った。桃と春彦と美優は驚いたが、知らないふりをしてくれた。

「どうしました?」

 佐久間が不思議そうに言ったが、春彦は何でもないと言ってその場をやりすごした。

「春彦さん」

 佐久間が春彦を見て言った。

「どうしたら麗蘭ちゃんと仲良くなれるんでしょうか」

「んー、麗蘭ちゃんが自分から来るのを待つしかないんじゃないか」

「そうですよね…あんなに怖がらせちゃったし」

 佐久間は溜息をついた。

「でも、佐久間さんはわるいひとじゃないってわかってくれるわよ、きっと」

「桃さん…」

「そうそう!なんてったって、倒れていた麗蘭ちゃんを助けたのは佐久間さんなんだからー

 あっ!!」

「みーちゃん…」

 春彦が肩を落とした。

「ごめん!つい…」

「墓穴を掘ったわね」

「ううー、やっちゃった〜」

 項垂れる美優の横からにゅーっと麗蘭が顔を出した。

「えっ!?麗蘭ちゃん!?」

 佐久間は勢いよく立ち上がった。

 麗蘭は目をぱちぱちと瞬かせていた。

「みゆ姉、それってどういうこと?」

 麗蘭は立ち上がって美優を見た。

「う、うん、あのね…」

「僕から話します」

 佐久間は麗蘭を見て言った。

「麗蘭ちゃん。僕は、倒れていた君を見つけて…ここへ運んだんだ」

「えっ…わたしを?佐久間さんが?」

「うん…ほっておけなかったし」

「佐久間さん…」


(佐久間さんは、わたしの命の恩人…)


 知らなかった。佐久間さんが、私を助けてくれていたなんて。

 それにしても、なんでわたしにそんな大切なことを隠していたの?

 隠す必要なんてないのに。


 麗蘭はそう思った。



(どうして、みんなわたしに隠していたの?こんな大切なこと)


「みゆ姉も桃さんも春彦さんも、佐久間さんも…どうして隠していたんですか?」

 麗蘭は、自分だけが蚊帳の外で孤独を感じていた。

 疎外感といえば良いのだろうか、と麗蘭は思った。


「麗蘭ちゃん…ごめんね」

 美優が麗蘭の手を握った。

 春彦も桃も、ごめんと謝った。

「ごめん、麗蘭ちゃん。これは僕からお願いしたことなんだ。桃さんたちを責めないでくれ」

 責めるなら僕を責めてくれ、と佐久間は麗蘭に言った。

「どうしてですか」

 麗蘭は唇を噛んで佐久間を見つめた。

「僕が助けたってことを知ったら、きっと気を使うんじゃないかと思って」

「そんなこと…気にしなくていいのに」

 麗蘭は呟いた。

「それに」

 佐久間は続けて言った。

「君を助けたのが、こんな僕じゃ……嫌だろう?」

「どうしてそう思うんですか?」

 麗蘭は首を傾げた。

「いや…だってさ、ほら。例えば、黒髪でしっかりした格好の

 イケメンだったら良いかもしれないけど、僕はこんなだからさあ…」

 佐久間は、自分の服装を見た。

 赤く染めた短髪、ピアス、じゃらじゃらとした銀のアクセサリー、そしてカジュアルな服装。

「明らかに、チャラ男だろ?遊んでるとしか思えないだろ。

 そんな男に助けられただなんて、誰が信じるかよ」

 佐久間は向かいに立っている麗蘭を見た。

「かっこ悪いだろ?」

 佐久間がそう言うと、麗蘭は予想外の言葉を発した。

「かっこいいです」

「…え?」

 佐久間は驚いて、素っ頓狂な声を出した。

「かっこいいって。よかったわね、佐久間さん」

 桃がにやにやしていた。


(えっ?どういうことだよ…?)


 佐久間の頭は混乱していた。

「佐久間さんは、かっこいいです」

 麗蘭がそんなことをさらっと言うから、佐久間は麗蘭への想いを更に強くした。


(それって、もしかしてもしかする?もしかして、脈、あり?)


 佐久間は少しばかりの期待を胸に麗蘭を見た。


「わたしのこと、助けてくださったんですもの。

 確かに、佐久間さんを初めて見た時はすごく怖くて」

 麗蘭は佐久間を見て言った。

「さ、最初はその、わ、…」

「いいよ。遠慮なく言って」

「わるいひとかなって」


(悪い人って…そんなに僕は、強面か?いや、強面じゃないぞ、僕は…)


「でも…佐久間さんが桃さんと話している時すごく楽しそうで、

 佐久間さんの目はとても優しくて…いい人なんじゃないかなあって」

「まだよくわからないけど、って言いたいんでしょ?」

「みゆ姉、どうしてわかったの?」

「まあね」

 美優はえへへと笑った。




「麗蘭ちゃん、隠し事をしていてごめん」

 佐久間は頭を下げた。

「頭を上げてください…そんな、佐久間さんは何も悪くありません」

「いや、こうやって麗蘭ちゃんに黙っていたことは、申し訳ないと思っている」

「佐久間さんは悪くないです。それに」

「それに?」

「佐久間さんのその格好は、確かに煌びやかですけど」

「…だよね」

 佐久間は溜息をついた。


「でも、佐久間さんのその格好は、個性なんだと思います」

「個性?」

「はい。だって、みんな同じ人ばかりじゃつまらないじゃありませんか」

「いや、それはまあ、そうだけど」

 佐久間は頷いた。

「佐久間さんには、その格好が似合ってるんだと思います」

「…ありがとう」

 佐久間は、麗蘭がそう言ってくれたことに嬉しさを感じていた。

「デザイン系?みたいな仕事をなさってるって…」

「ああ、うん。その通りだよ」

「だから、そういう…個性的というか」

「うん」

 佐久間は、麗蘭の言葉を聞いていると癒されると思った。

 しかし、個性的とはなんなんだよ、と肩を落とした。

「あ、っ…そ、そのえっと、ち、違うんです……」

 何が違うんだよ、と思ったが麗蘭を困らせたくない佐久間はその言葉を飲み込んだ。

「いいよ、その通りだしな。普通はこんな格好しないし」

 麗蘭の顔がみるみる曇っていく。

「違います…そんなんじゃなくて」

「じゃあなんなんだよ」

 麗蘭は佐久間の言葉にびくっ、と肩を揺らした。


「わたし…」

 麗蘭は、深呼吸して佐久間に言った。

「あなたは、わたしの命の恩人です。救世主なんです」

「そんな大袈裟な」

「大袈裟なんかじゃありません!

 佐久間さんがわたしを助けてくださらなかったら、どうなっていたか…」

 麗蘭の体は、少し震えていた。

「…麗蘭ちゃん」

「はい…」

 麗蘭の目の前には佐久間の手。

 しかし、麗蘭はまだ握手をするのが怖いらしく佐久間の手を握ることが出来なかった。

 佐久間は残念そうな顔をしていたが、

 出会ってまだ日も経っていない自分に簡単に心を開くような娘ではないと悟った。

 そう思いながらも佐久間は、麗蘭への想いを一途にぶつけようと決心したのだった。



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