第24話 赤い髪の客人

 今日も、カフェ・テリーヌは幸せな朝とともに開店する。



「いらっしゃいませ!何名様でしょうか?」

 美優は朝の開店時間早々、モーニングセットを注文する客の対応に追われていた。

 モーニングセットは非常に人気が高く二種類ある。

 朝は軽食で済ませたいという人だけでなく、

 時間をかけて食べる時間は少ないが栄養のあるものをしっかり食べたい、という人にも

 絶賛されているのだ。

 麗蘭は朝食が終わり部屋に戻ったのだが、

 下の方から賑やかな声が聞こえてきて気になってしまい、

 部屋のドアを少し開けて下の様子を見ようと思った。

 しかし、対人恐怖症でもある麗蘭は怖くて見ることが出来なかった。

 それに、賑やかな声が聞こえてくると麗蘭はその声が反響して、

 まるでその場にいるかのような錯覚に陥り恐怖を感じてしまうらしく、

 耳を塞がずにはいられなかった。


「うう、う…」


 麗蘭は耳を両手で覆いながら、ベッドの上でうずくまった。




 麗蘭が目を覚めると、既に窓の外は暗くなってきていた。

「あれ…?わたし、寝てた?」

 麗蘭は起き上がって恐る恐る部屋のドアを少し開け、僅かな隙間から顔を覗かせた。

 客はいないらしく静まり返っていた。

 時折、食器のかちゃかちゃとした音がなったくらいで、客の気配は感じられなかった。


「桃さん?春彦さん…?」


 麗蘭は、恐る恐る階段を降り桃と春彦を探した。

 階段を降りている途中で、麗蘭は固まった。まだ、客がいたのだ。

 しかも、一人だけ。

 その客は赤い髪の若者で、前髪はセンターで分けていた。

 白いシャツに黒いジャケット、ジーンズを履いていた。

 片耳にはピアスがきらりと光り、銀の煌びやかな十字架のネックレスを首から下げていた。


(誰だろう…おきゃく、さま?)


 麗蘭は息を潜めてその客を階段の上から見ていた。私より少し年上かな、と麗蘭は思った。派手なその格好は誰もが振り向くほどの煌びやかさだ。

 特にアクセサリーがきらきらと眩しく光っている。


「あ!麗蘭ちゃん」

 美優が麗蘭を見て人懐っこい笑顔を向け、麗蘭のところへ走った。

 麗蘭は怯えていた。

 この人は、一体誰なんだろうかと。

「あっ、私は星川美優。ここのカフェで働く店員よ。よろしくね」

 美優が差し出した手をおずおずと握った麗蘭は、美優の手の温かさにほっとした。

「わたしは…天野 麗蘭です。よろしくお願いします」

 麗蘭はぺこりと頭を下げた。


「へえー、麗蘭ちゃん、か」

 その客は、独り言のように呟いた。

 麗蘭にだけは聞こえていなかったようだ。

「ほらほら、来て!」

 美優が麗蘭の手を引っ張ってゆっくりと下へ降りてきた。麗蘭は遠慮したけれど美優に勝てるはずもなく下まで降りてしまった。

「あ、あの…」

 戸惑う麗蘭をよそに、美優は桃と春彦が立つカウンターへと麗蘭を案内した。

「ここがカウンターよ。ここでお客様の相手をしたりするの」

「お客様の、あいて…」

 麗蘭の目が泳いだ。やはり、怯えている。

すると、赤髪の青年が急に立ち上がった。麗蘭は驚いて青年を見た。


「僕の相手、してもらえるかな?」


 麗蘭はぶるぶると体を震わせた。


(怖いよ…怖い…)


 麗蘭は怖くて、カウンターを思わず掴んだ。カウンターを掴んだその手は、震えていた。


「…っ!」


 青年は麗蘭の手に自分の手を重ねた後、麗蘭の手をゆっくりと撫でた。

「ごめんね?…怖がらせてしまったみたいだね。そんなつもりは、なかったんだけどな…」

 青年は申し訳なさそうに左手で髪をかきあげながら言った。

「僕は…佐久間 和哉。この店には何回か来ているんだ。よろしくね」

 佐久間は麗蘭から手を離し、麗蘭の目の前に手を差し出した。

 麗蘭はまだ怖いらしく、なかなか握手に応じようとしない。

「んー…参ったな…嫌われ、ちゃったかな」

 佐久間は苦笑した。

「こんな急に言われても困るよね。ごめんね」

 麗蘭は俯いたままだ。埒が明かないと思ったのか、佐久間は財布を出した。

「桃さん、勘定お願いします」

「はい、わかりました」

 勘定を終えたあと、しばらく佐久間は麗蘭を見つめていたが、

下ばかりを向いている麗蘭に声をかけた。

「麗蘭ちゃん、だよね」

「…!」

「何も、とって食おうってわけじゃないんだ。

 僕はただ、君に話し相手になってもらいたい。それだけなんだよ。

 その…仲良くなれたらなあって」

 麗蘭は、やっと佐久間の顔を見た。

「おっ、僕のこと見てくれた。嬉しいな」

 それを聞いた麗蘭はすぐに視線を逸らしてしまった。

「んー、…やっぱ、僕のことは嫌いかな」

 佐久間は寂しげに笑った。

「そりゃそうだよな。こんな格好してる男なんて、ろくでもないとでも思ってるんだろうな」

 春彦が麗蘭の背を押し、佐久間の近くへと行かせた。

「今度来た時、話し相手になってほしいなー、なんて。

 もし嫌なら言って?無理強いはしないから。なんか、ごめんね、怖がらせて…」

 佐久間は、ドアを開けた。

「美味しかったです。また来ます」

「ありがとうございました!」

 美優が笑顔で佐久間を見送った。



麗蘭は、手の震えが止まらなかった。

「大丈夫?びっくりしたでしょ」

美優は麗蘭の背中を擦った。

「い、いまの人は」

「佐久間 和哉さん。なんの仕事をしているかは詳しく話してくれないんだけど、

デザイン系の仕事をしてるみたい。アート系みたいな?」

美優が言った。

「そうなんですか…」

デザイン系の仕事をしているというなら、

なんとなくあの派手な格好をしているのもわかる気がする。

でも、やっぱり怖かった。

雰囲気はクールだけれど、悪い人ではなさそうな感じがする。

でも、話してみないとどんな人なのかはわからないし、なんだか怖い。麗蘭はそう思った。


「麗蘭ちゃん、大丈夫。嫌ならはっきり断ればいいんだし」

桃が言った。

「うんうん。無理することはないんだぞ」

春彦は頷きながら言った。

麗蘭は黙って頷いた。


麗蘭は部屋に戻って先程の出来事を思い出した。

なんだか、どっと疲れが出たような気持ちになる。

あの佐久間という青年は、格好が派手だったから強引な人なのかと思ったけれど優しい人なのかもしれないと思った。でも話してみないと人柄はわからないし、

猫を被っているということも有り得る。男の本性なんてものは恐ろしい以外の何物でもない。

麗蘭は再び、ぶるると身体を震わせベッドに潜り込んだ。



それから1週間程だった頃、再び佐久間がカフェ・テリーヌにやってきた。

「あら、いらっしゃい!」

「桃さん、来ました」

佐久間はにこっと笑ってカウンター席の椅子へ座った。

「佐久間さんはいつも、営業時間終了間際に来るのねえ」

「あ、いや…はい」

佐久間はきょろきょろとしていた。

「麗蘭ちゃん目当てでしょ?」

「え、ええ、まあ…」

佐久間は、へへ、と笑った。

「ばれちゃいましたか」

「いやいや。最初からバレバレだって」

春彦が吹き出した。

「あの、麗蘭ちゃんは?」

「あー、佐久間さんに会ってからというもの、更に引きこもっちゃってな」

「……僕が悪いんですよね。麗蘭ちゃんを怖がらせてしまったから」

佐久間は耳たぶを触った。

「申し訳ないなあ。麗蘭ちゃんを怖がらせるつもりなんて、これっぽっちもなかったのに…

僕はただ、麗蘭ちゃんと仲良くなりたくって…」

うーん、と佐久間は頬杖をついた。


その時、麗蘭は部屋から出て階段から桃と佐久間たちが談笑するのを黙って見ていた。


(佐久間さんは…悪いと思ってる?

わたしと、仲良くなりたい…?)


麗蘭は階段の手すりに掴まって佐久間を見ていた。

佐久間が悩ましげな顔をしていたのが、麗蘭には見えた。




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