第2章 妖精を拾った男

第21話 閉店時間間際の青年

「今日は随分、繁盛してましたね」

 美優が桃に笑顔で言った。

「そうねえ、ありがたいことよ」

「ああ、そうだな」

「でも、大変だったでしょ?みーちゃん、あちこち走り回ってたし」

「えー?そんなに走り回ってませんよ」

 美優は抵抗した。

「いいや、してたな。走り回る子供みたいに」

「春彦さんまで!ひどい!」

 美優が頬を膨らませた。

 カランコロンとドアの鈴が鳴る。

「あ!守くんっ!いらっしゃい」

 美優は嬉しそうに守のもとへ駆けていく。

「あらまあ。仲の良いこと」

「わかりやすいなあ、二人とも」

 春彦が美優と守を見て微笑んだ。

「迎えに来たよ。帰ろうか」

「うん!帰るっ」

 桃と春彦がにやにやしていたのに、美優がやっと気づいて照れていた。



 帰る支度を整え、美優と守が帰ろうと思いドアへ向かおうとしていると、ドアが荒々しく開いた。


「あ、あの…もう閉店時間なんですけど」


 美優がそう言うと、そのドアを開けた主はこう言った。


「あの…僕、この娘、拾いました」


 美優と守は驚きのあまり互いに顔を見合せ、桃は手に持っていた皿を落としたが、

 春彦が受け止めた。

 営業時間終了間際に入ってきた、この謎の青年。

 その青年は可愛らしい女性をお姫様抱っこして立っていた。


 一体、この青年は何者なのか。

 そしてこの女性は誰なのか。


 戸田夫妻と美優、守には全く見当がつかなかった。




「あのう…失礼ですが、どちら様でしょうか?」

 桃が不思議そうに尋ねると、青年ははっとして、自分の名前を名乗った。

「申し遅れました。僕は、佐久間 和哉と申します」

「それで…その、抱えている女性は…」

 春彦が佐久間を見て言った。

「ああ。この喫茶店の前で倒れていたんです。

 それで、このお店のドアを開けさせていただきました」

「なるほど」

 春彦は頷いた。

「それにしても、この娘拾いました、ってなんですか」

 守は意味がわからないとばかりに首を傾げた。

「あなたは?」

「関係者です」

「そうなんですね」

 青年は、女性をカウンター席の椅子に座らせて、ぐっすりと眠っている女性の隣に座った。

 桃と春彦の立つカウンターの向かい側に青年と女性がいる。

「倒れていたこの娘を見て、助けなきゃって思ったのと同時に、びびっと来たんです」

「び、びびっと?」

 守が尋ねた。

「ええ。ほら、たまにあるじゃないですか。何かこう、びびっと来るような出来事というか」

「びびっと来るような出来事…?」

 美優は、わかるようでよくわからないな、と思った。

「例えば。ある女性を見てびびっと来て、運命だって思う、みたいな」

「運命ねえ…」

 春彦が腕を組んだ。

「女性だけじゃない。びびっとくる物とかありません?

 時計だとかアクセサリーだとか、いろいろ」

「うーん、まあそれはわかるような気がしますけど」

 桃はうーん、とうなっていた。




「僕にとっては、この娘なんですよ」

「ん?どういうことですか?」

 美優は佐久間に言った。

「つまり、僕は…この娘にびびっときたんですよ」

「はあ…」

 桃もさっぱりわからないと言いたげな顔をしていた。

 そんな桃の顔を見た青年は、溜息をついた。


「わからないかなあ。僕は、この娘に一目惚れしたんですよ」


「ひとめ…」


 美優は目を見開いていた。


「まあ、でもこの娘はそんなこと夢にも思わないんでしょうけど」


 青年は、立ち上がって桃と春彦を見た。


「お二人は、この喫茶店を経営なさってるんですよね?」

「ええ、そうだけど」

「お願いがあるんです」

「お願い?」

 春彦が聞き返した。

「はい。この娘を、ここで働かせてもらえませんか」

「えっ?いや、うーん…」

 春彦は、急にそんなことを言われても、と思い悩んでいる。

「不躾なお願いだとは重々承知しております。

 ですが…この娘は行くところがないようなので…」

「そうなのか?」

「ええ。目撃者の話では、誰かに追われていてとにかく必死で逃げていたようで。

 恐らく悪質な人間に追いかけ回されて疲れ果てたんでしょう」

「なるほどな」

 春彦は青年にくるりと背を向けた。

「お願いします」

 佐久間はこれでもかというくらい頭を下げていた。

 ずっとずっと頭を下げたままだった。

「顔を上げてくださいな。…わかりました」

「本当ですか!?ありがとうございます!」

 佐久間は笑顔になった。


「あ、あと、皆さんにもう一つだけお願いしたいことがあるんです」

「なんだ?厄介なことか?」

「いえ。簡単なことです」

「簡単なこと?」

 美優は何だろう、と佐久間の言葉に耳を傾けた。

「この娘には…僕が助けたということは言わないでください」

「なんでよ」

 桃は腕組みをしていた。

「いえ…そんなこと知ったら、たぶん気を使わせてしまうだろうし。

 僕は一からこの娘と距離を縮めたい」

「んー、そういうことならいいが…」

「ありがとうございます!」

 佐久間は深くお辞儀をしてドアの方へ向かった。

「あ!そういえば」

 まだあるのか、と春彦は思った。

「たまに様子見に来ます。僕は、ただの客、ってことで」

 失礼しました、と佐久間はドアを開けて出ていった。




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