第18話 倦怠感
美優は、守が玄関へ向かい出ていったのを音で確認してから、ゆっくりと起き上がった。
守には感謝しかないのに、冷たい態度を取ってしまう。
そんな自分に嫌気がさした美優は、掴んでいた布団を見た。
自分が掴んでいた布団は皺になっていて、守を避ける自分が情けない。
そう思った。
「私、また守くんを困らせてる…」
美優は罪悪感にさいなまれていた。
守は、とてもよくしてくれていた。
でも、『リビングに入るの禁止』と言った時の守は
厳しいような冷たいような顔をして私を見ていた。
美優はそう思いながら泣きそうになるのを我慢した。
「どうすれば守くんの迷惑にならないかな。どうすれば…」
美優は座ったまま、考えた。
どうしたら、守に迷惑をかけずに起きることができるか。
それは自分の努力によってでしか解決できない問題だとわかっていた。
これ以上守を困らせないように守よりも早く起きなければ、と美優は密かに心に誓った。
体調自体は良くなっているのだが、食事をしたあとはすぐに寝床に入って寝てしまう。
守は、まだ体調が悪いと誤解しているようだが、美優の体調はもう万全なのだ。
食事をしてすぐ寝てしまうのは、眠くなってしまうということもあるが、
何もする気力がないので寝ているだけのことで、体調が悪いということではない。
「明日は頑張って早く起きなきゃ…今のうちに、たくさん寝ちゃお…」
そうして美優は、再び夢の中へ入っていった。
「…ちゃん、……ちゃん、…みーちゃん」
美優が目をゆっくりと開いた。
するとそこには、守がいた。
「おはよ。ただいま」
「おかえり、なさい…」
「ぐっすり、寝てたね」
「えっ?今帰ってきたんじゃないの?」
「うん。少し前から居たよ」
「そうなんだ…」
全然気づかなかった、と美優は思った。
「ぐっすり寝てたね」
守は、美優の手を握った。
「今何時?」
「午後九時」
「あれ?いつもより少し早い…」
「うん。まあね」
珍しいな、と美優は思った。
「起きれる?」
「うん…」
ゆっくりでいいよ、と守は美優の背中に手を差入れゆっくりと美優を起こした。
「今日は、何をしてた?」
「何って?寝てたけど」
「ずっと?」
「うん」
守は、そっか、とだけ言って美優の手を引き立ち上がらせた。
「ご飯食べよ。食べれる?」
「うん。たくさんは無理だけど」
「わかった。少し少なめに盛るね?」
美優は頷いた。
食欲はもとから旺盛ではないが
最近は食欲がなくなってきているように感じるな、と美優は思っていた。
でも、すごく体調が酷いわけではないし大丈夫だと思っていた。
無事に夕食を食べ終わった美優は寝室へ行こうとしたが、守はそうはさせなかった。
美優はいつもリビングでは食べず自分の部屋で食べるのだが、
守は美優の手を強く引っ張ってリビングへと連れてきた。
「守くん…」
「本当に今日は何もしてない?」
「どうしたの、急に」
「いや、いつもはさ、音楽聞いたりとかテレビ見たりとか、文章書いたりとかしてるじゃん」
「何もしてない。最近何の気力もわかなくて、何もやる気にならない」
「どこか、悪いのか?」
「ううん、そういうわけじゃないの」
「本当?」
「うん」
美優が頷いた。
守は、美優とソファーに体を沈めた。
繋がれたままの手を守は見た。確かに、前まではあったペンだこが美優の手にはなかった。
なかったというよりかは、文章を書くことがほとんどなくなった今の美優には、
ペンだこがまっ平になってしまっていたのだ。
守は、隣にいる美優を見た。
美優は、ただでさえ穏やかなのに脱力感がありすぎて、魂を失ったかのように
力を失くした感じがしてならなかった。
美優の笑顔はいつの間にか消え失せ、切なげで悲しげな顔へと変わっていた。
「ねえ、みーちゃん」
「なに?」
「明日から仕事?」
「うん、そのつもりだけど」
「大丈夫?もう体調はばっちり?」
「うん。もう大丈夫」
「でも、いつも寝てばっかりじゃないか」
守は、美優の体が心配だった。
食事が終わってすぐに寝てしまう毎日を過ごしている美優を間近で見ているからこそ、
心配になる。
「もう大丈夫なの。なんのやる気もないから寝てるだけ」
「仕事、できないんじゃないか?なんのやる気もないなら、尚更…」
「大丈夫。仕事は仕事で割り切るから」
「急がなくてもいいんだよ?」
「もう大丈夫なの。暇すぎて困っちゃう」
「そう?ならいいけど…」
守は、美優を見つめた。
夜になり、守はまだ仕事でやることがあるので自分の部屋で作業をしていた。
美優はというと、寝室に篭って寝てしまっていた。
作業をしながらも気がかりなのは美優のことだ。守はそう思った。
「本当に、体は大丈夫なんだろうな…」
美優は大丈夫だと言っていたが、
恐らく自分を心配させまいと言ったことなのではないのかと頭を悩ませていた。
それに、何もやる気にならないというのも気になる。
あれだけ大好きだった文章を書くという趣味。
その趣味をぱたりとやめてしまったということは、
やはり心に大きなダメージを受けているのだろうな。
守はそう思いながら作業を続行した。
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