第17話 殻の中
守はしばらくドアの前に立ち尽くしていたが、
美優が鍵をかけてしまったので入ろうにも入れない。
いや、入ろうと思えば鍵を開けることは出来るが、
そんな強引なことをして美優に嫌われたくはないと、
守は少しだけ美優を一人にしようと思った。
守は、リビングで溜息をついた。
「僕は…みーちゃんを傷つけてしまったんだな」
そんな呟きは静寂によって掻き消された。
確かに、美優には手を焼いていた。
朝の寝起きが悪いのがなければこんなにすれ違うこともなかっただろうに、と
思いながらもどうやって美優と仲直りするかだけが、今の守の課題だった。
守は、カフェ・テリーヌでの桃と春彦の会話を思い出していた。
「みーちゃんは、昔から朝が弱かったみたいなの」
「そうなんですか…」
「でも、いくらなんでも成人してるってのに、一人で起きれないっていうのも問題だろ?」
「確かにそうですけど…」
春彦の言うことは最もだと思った。
「みーちゃんには悪いと思ったが、言ったんだよ」
「言ったって何をですか?」
「いい加減、俺たちに迷惑をかけるのはやめろって」
「そんな…」
そんな言い方はないんじゃないか、と守は思った。
しかし、春彦が言うことは最もで反論のしようがない。
「それに、守くんにもすごく迷惑かけてるのよって言ったの」
「えっ?僕にも?」
「実際、そうでしょう?大変だったんじゃない、みーちゃんを毎朝起こすの」
「いや、それはそうですけど…」
桃の言い方にも、
桃と春彦の言い分は正しい。
しかし、少し厳しいんじゃないかと思ってしまうのは、
美優を甘やかしすぎているからなのだろうか、と守は考え込んだ。
「確かに、みーちゃんを起こすのには時間もかかったし大変でした。
なかなか起きてくれないから」
「そうだろう?はっきり言った方がいいんだよ、守くん」
「ですが…」
「そうよ。少しは強く言わないと!
甘えさせてばっかりじゃ、みーちゃんのためには良くないわ」
戸田夫妻の会話を再び思い出す。
はっきり言ったところで、どうなるというのだろうか。
はっきり言ったとしても、美優の機嫌が直るわけでもなく寝起きが良くなるわけでもない。
ただすれ違ってしまうだけ。
現に、すれ違ってしまっているのだから。
これ以上何を言っても、美優は受け入れてさえくれないだろう。
守は溜息を再びついた。
美優は、自分の殻に閉じこもってしまった。
一旦閉じこもると、こじ開けるのにも一苦労。
なかなか出てきてはくれない。
僕は一体どうしたらいいんだ?
頭を抱えた守は、テーブルに突っ伏した。
「ああ…どうしたらいいんだ」
せっかく二人でラブラブの同棲生活を楽しもうと思っていたのに、これじゃあ振り出しだ。
振り出しに戻ってしまったじゃないか。
思い描いていたものと現実とはかけ離れている。
上手くいかない。
守は、髪をわしゃわしゃと撫で回した。
困った時や悩んでいる時は、守はいつもこの動作を繰り返す。
「僕がもっと早くみーちゃんを起こせば、朝はばたばたしないってことだよな?」
でも、美優の目をどうやって覚まさせるかが問題だ。
起こしたとしても、眠ったまま座っていたら意味がない。
「ああー!どうする…」
良い考えが浮かばない。
仕事なら、いつも良いアイデアが降ってくるのに。
なかなかアイデアが出てこない時だって、少ししたら出てくるのに。
でも、今回は違う。
「どうすりゃいい…?」
美優は一週間ほど休みをもらっていて、守も少しばかり休みをもらっている。
本当はファッションプロデューサーは統括責任者だから、
急遽休むことなどありえないことなのだが、特別に休みをもらっているのだ。
仕事は順調。恋人との関係は停滞。
なんとも悩ましい…と守は思った。
美優は、リビングには近づかなくなった。
部屋にこもりっきりで、食事をしたらすぐに寝てしまう。その繰り返しだった。
「リビングに近づくのしばらく禁止」
守がそう言ってからというもの、美優は全くと言っていいほどリビングには行きたがらない。
守がどんなにリビングへ行こうと誘っても、美優は行こうとしないのだ。
守は、そんな言葉を発した自分を責めるも、状況は一向に変わらなかった。
「みーちゃん、今日から僕は仕事だから…できるだけ早く帰ってくるから」
守はそう言ったが、美優は布団にくるまったまま守に背中を向けた。
「行ってくるね」
守は、横になっている美優に近づき背中を優しく撫でた。
「早く帰ってくるから」
守はそう言って、美優のいる寝室をあとにした。
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