第5話 上昇した格付け

 それから数週間経ち、美優は相変わらずカフェでの仕事に忙しくしていた。

 しかしあれ以来、優介には一度も会っていないし平田は全く店に来ることはなかった。

 美優は平田に会いたいと思ったが、自分のせいで平田を怒らせてしまったと

 後悔するも遅かった。平田は、とても優しかった。

 平田が自分のことをどう思っているのかはわからないが、

 平田に一度だけでも会いたいとそう思っていた。しかしそれは叶わない。

 ずきんと痛む心の傷を気にしないように、今日も美優は働いていた。


 その頃ー平田が街を歩いていると、非番の優介に会った。

「あの、いつもあのカフェに来ている人ですよね」

 先に声をかけたのは優介だった。

「…そうですけど」

 平田はぶっきらぼうに答えた。

「僕、美優ちゃんに告られました」

 平田は目を丸くしたが、納得したように言った。

「……そうっすか」

「でも僕、美優ちゃん振りました」

 平田は優介を睨んだ。

「振った?」

「はい。彼女いるんで」

「みーちゃんの好意を知りながら、振ったって?」

「美優ちゃんは良い子だと思います。でも、僕は彼女がいるし、彼女が一番なんで」

「確かにそうかもしんねえけど…」

「美優ちゃんは、あなたを待っていると思いますよ。

 あれから美優ちゃん、部屋にこもることが多くなって朝と昼しか出ないみたいですし。

 美優ちゃんは、あなたのことが好きなんですよ。

 あなたのこと、気になっていると思いますよ?会いに行ったらどうですか」

「もう行かないと決めたんだよ。みーちゃんを泣かせたのか…?」

 平田は優介を睨んだ。

「行きたいけど、行けないんでしょう?

 会いたいけど、どうやって会ったらいいかわからない。違いますか?

 それに、あなたは美優ちゃんを心底愛している。

 美優ちゃんは失恋したばかり。失恋したから自分の方に気持ちが向くのが嫌なだけだ。

 僕の代わりに自分を選んだって思いたくないんでしょうね?」

「…あなたに言われたくないっすね」

「素直に会いに行けばいいでしょう。

 また、カフェに通いつめて美優ちゃんを振り向かせればいいんじゃないですか」

「…あなたに言われなくても、僕は…!」

 平田は優介に言った。

「そうですよね?美優ちゃんを心底愛しているのは、自分だけだと言いたいんでしょう?」

「何を言いたい」

「僕の美優ちゃんを振って傷つけて、泣かせるなんて許さない、そう顔に書いてありますよ」

「……」

「図星ですか。…早く行かないと、他の男に取られちゃいますよ。

 美優ちゃん、お客さんにモテモテだから」

 優介はへらへらと笑った。

「あー、言っときますけど、悪気はないですよ?

 ただ、美優ちゃん、あなたが来ないって言った時、すごく悲しい顔してました。

 あなたのこと、少しは気になってたと思いますよ?じゃ」

 優介は去っていった。


 平田は走って美優の働くカフェへと向かった。

 荒々しくドアが開き、平田がカフェに入って来た。

 閉店時間が近いためか、客は誰もいなかった。

「あら!いらっしゃい!お久しぶりね」

 桃が言った。

「あ、あの……、みーちゃんは…」

 平田が息を切らしながら言った。

「呼んでくる」

 春彦が上へと上がっていった。

「みーちゃん、実はね…」

「知ってます。あいつに、振られたって」

「そうなのよ。それから元気なくて」

「僕…みーちゃんを振り向かせます。今は失恋したばかりだから、

 僕とのことを考えてくれといっても無理でしょうけど、僕は本気でみーちゃんのこと…」

「それより先は、みーちゃんに言いなさい」

「えっ?」

「みーちゃん、確かに優介くんのこと好きだったみたいだけど、諦めたみたい。

 あなたのことは気になっていたみたいよ。

 あんなに優しくて素敵な人、何で好きにならなかったんだろうって。」

「じゃあ、僕にもチャンスは」

「あるわよ」

 桃はにこりと笑った。美優が一階に降りて来た。

「みーちゃん」

「……平田、さん…」

 美優は平田を見るなり立ちすくんだ。

「みーちゃん」

 平田は美優に近づき、優しく抱きしめた。

「泣きたいなら、泣けばいい。ただし、僕の胸でね。他の男の胸で泣くことは許さない」

「平田さん……」

 美優は平田の胸に顔を埋めた。

「泣いていいんだよ。つらいだろう、好きな人に振られるのは」

「つらかったです。でも……私、それ以上に辛かったのは、平田さんに会えないから…」

「あいつが好きだったんじゃないのか」

「好きでした。でも、優介さんに彼女がいるってことがわかって、諦めたんです。

 それから少し時間が経って、平田さんに会いたくなったんです。

 いつも優しくて、素敵な平田さんに…。

 思えば、平田さんに惹かれていたのかもしれません…。

 でも平田さん、もう来ないって、そう仰ったから会えなくて、辛くて…。

 こんなに辛いだなんて思ってなかったんです。これって、恋なのかしら…

 私、矛盾してますね…。優介さんのこと、好きだったのに振られて諦めて、

 数週間経っただけで、平田さんに惹かれるなんて…私、酷いですよね」

 美優は平田の胸で言った。


「ひどいよ」

「そう、ですよね…」

「僕がどれだけ君を愛しているか」

「平田、さん…?」

「僕はずっと君が好きだった。あいつよりもずっと、ずっと…」

「平田さん…」

「誰にも負けない。君への愛情は」

「いいんです、そんな同情…」

「同情じゃない!愛情なんだ!」

 美優の肩を平田は掴んだ。

「平田さん…そんな」

「僕は本気だからな。君が振り向くまで、君が好きだと言ってくれるまで僕は待つ。」

「平田さん…」

「まずは、友達ーというか、もう友達か…。よろしく」

「はい、よろしく、お願いします…」

 美優は照れながら平田が差し出した手を握った。

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